空色少女 再始動編
379 正体
「ベル邪魔」
「やだ。紅奈といる」
「邪魔だから助手席にいろ」
「嫌だっ!」
「邪魔すんなってーの」
バンに乗り込むなり、ベルが紅奈を抱き締める。紅奈は押し退けるが、ベルはそれでも粘った。
結局、怒った紅奈に、足で助手席に突っ込まれる形になる。
「……」
その最中に、いつの間にか、呆気なく解けた手を、骸は呆けて見つめた。
「よし。約束通り、あたしの正体を話そう」
ベルが乗り込まないように、遮るように前の方にボックスを置いて座る紅奈。
骸を真ん中にして、犬と千種が並んで座る。
短パンを穿いた足を組んで、紅奈は正体を明かした。
「あたしの名前は、沢田紅奈。今回、ファミリー潰しに手を貸してくれたのは、ボンゴレファミリーの独立暗殺部隊ヴァリアーのスクアーロと、ベルフェゴールだ」
「!! ……ボンゴレ? あの、ボンゴレ、ですか……?」
当然知っている。
知らない方がおかしい、とんでもないマフィアだ。
「しかも、その暗殺部隊……? どこまで、紅奈は……僕達を驚かせるのですか?」
冷や汗が、落ちる。
目の前の少女は。想像を超える。
そんな紅奈が、ニヤリと不敵に笑ったものだから、骸達は身構えた。
まだまだ、何かあると悟ったからだ。
今まで、紅奈に抱いていた不鮮明さが、明らかになっていく。
「あたしはまだ非公式ではあるが……ボンゴレ10代目ボスの候補者だ」
告げられた事実に、言葉が出ない。
反応さえも出来なかった。
それなのに、紅奈はニヤニヤと楽しげだ。間違いなく、骸達を眺めて楽しんでいる。
「非公式であくまで候補者でも――――あたしがボンゴレ10代目になる」
揺るがない自信しか感じない声。
強い意志が宿る瞳。
堂々と胸を張る美しい少女。
「……クフッ……クハハハッ!」
骸は噴き出した。一度は口を押さえようとはしたが、耐え切れず、お腹を抱えてしまう。
「てめー! 何笑ってんだよ!?」
助手席で聞いていたベルが骸に飛びかかろうとしたのだろうか、身を乗り出したが、紅奈は頭を掴んでは押し込める。
「す、すみませんっ…! もうっ…! 笑うしかっ! クハハハッ!」
「ゲホッ!」
「大丈夫? 千種」
ツボに入っている骸に、バシバシと背中を叩かれてしまい、千種は噎せた。
「ハハハッ………ん?」
「……」
目じりに涙までためた骸を、怒るわけでもなく、紅奈が組んだ膝の上で頬杖をついていることに気付く。
じっと見つめてきた紅奈は、にっこりと笑った。
「会えてよかった」
紅奈は安心したのだ。骸がこんな風に笑えていることに。
自分がマフィアだと明かしても。そのボス候補だと知っても。
驚きを超えて笑うしかないと、お腹まで抱えてしまう骸を見て。
間に合った、と力を抜いた。
そんな紅奈を見て、骸も力を抜いたように、ホッとした笑みを零す。
「ふぁあ。でも。ちゃっかり、さっき、マフィアって名乗っちゃったけれど。あたしの立場は曖昧なのよねー」
「え?」
安心したら、眠くなってしまい、紅奈は大欠伸をした。
「非公式だって言ったでしょう? 今はあたしが選んだ部下にしか、知らないのよ。まぁ……9代目達は、流石に候補だって知っているけれども……あたしを支持する部下と水面下で動いて、好機を待ってるところ」
ひょいっと紅奈は振り返ることなく、運転席と助手席を指差す。
ベルがまた身を乗り出すから、それもまた見ることなく押し込んだ。
「好機? なんの?」
「表舞台に乗り込んで、10代目ボスの座にどっかりと座る好機」
骸に言い退けては、紅奈は欠伸を噛み殺す。
「でも、ほら。あたしはまだ子どもだし、まだまだ弱いからね……下準備中ー」
「は、はあ……」
まだ子ども。確かに見た目はそうだ。
しかし、先程のベルの攻撃を止めた動きからして、弱いという分類に入るのだろうか。
「それでさぁー。救うって大見得を切って、悪いんだけれどさぁー……ぶっちゃけ、ノープラン」
「えっ」
「ごめんね?」
許して? と潤んだ目で見てくる紅奈は、小首を傾げる。
骸は目を点にしてしまった。
……可愛い。
あざとい仕草。
「は!? はぁああ!? なんらぴょんそれ! お前ら救うって言ったらろ!?」
隣で声を上げた犬の言う通りだ。
我に返った骸は、どういうことかを目で問う。
「ごめんてー。一年前にエストラーネファミリーを潰すように頼んだ奴に、丸投げしようとしたんだけどさぁー……まぁ色々あっちゃって……」
(丸投げって、う”お”ぉおおい)
運転中のスクアーロは、丸投げされたXANXUSを憐れに思った。
「それで……一年もすれ違ってしまったのですか?」
犬が騒がないように、骸は口を押えて、尋ねる。
その瞬間、バンの中の空気が重くなった。
スクアーロもベルも、何も言わない。
紅奈は俯いてしまい、顔が見えなかった。
「……紅奈?」
骸が呼んでも、紅奈は伏せた顔を上げない。
「すまない、骸。あたしは……一年、イタリアに来ていなかったんだ」
ただならぬ雰囲気。
「……何が、あったのですか?」
たった三回しか会っていないが、紅奈が約束を破る人間とは思えない。
いや、今日再会して、確信していた。
堂々と胸を張って、言い放てば、それを必ず果たすと思える。
そんな頑ななはずの紅奈が、会いに来なかったのは、それ相応の理由があるのだろう。
「あー……そうだな……」
くしゃくしゃっと紅奈は自分の髪を掻いた。
「一年前に、あの約束の場所で……予定が狂ったって、伝えようと待ってたんだけど」
ズキ、と骸の胸が痛む。
その日。約束の場所に行かなかったばかりで。
一年以上も、音沙汰なしになってしまったのか。
「会えなかったから……日本に帰ったんだけどさ。その飛行機が墜落しちゃって」
目を見開いてしまう。
「事故に……飛行機、事故に、遭ったのですか?」
「うん」
やっと顔を上げた紅奈は、情けなさそうに苦笑を零す。
紅奈に、目立った外傷はなさそうだ。
事故に遭ったのならば、大怪我をして入院していたのだろうか。
足元から頭の上まで見たが、どこを怪我をして入院したのか、見てもわからない。
その骸の視線に気付いた紅奈は、目を背けた。
「んー。まぁ、言い訳だな。とりあえず、君達をどうするかって……」
「紅奈。教えてください」
骸は、問う。
卑怯な手ではあるが、知るべきだと思って、問いただす。
「一年以上待たされた僕達に、知る権利があるはずでしょう?」
本当なら、ない。あの約束の場所に、足を運ばなくなった骸に、そんな権利などない。
それでも、紅奈が一年以上もイタリアに来なかった理由を知りたいのだ。
言い訳だろうとも。それは小さなことではないはず。
紅奈は嫌そうな横顔をする。しかし、待たせた身としては、話すべきだと思ったようだ。
さっきよりぐしゃぐしゃと頭を掻いては、頬杖をつき直した。
「飛行機が、海にズボンッて落ちて沈んだ。脱出しようとはしたけれど、あたしは……死にかけた」
骸は、息を呑んだ。
犬も、千種も、何も言えなかった。
「病院に運ばれても、何回か心肺停止状態を繰り返して……退院しても、そうだな……一年は引きこもってた。立ち直りが遅くて、こんなに待たせたんだ。ごめん」
心肺停止状態を繰り返していたのに。
そんな目に遭ったというのに。
紅奈の方が、謝る。
事故に遭ったのは、紅奈のせいではないじゃないか。
何度も死にかけたのなら、無理もないじゃないか。
苦しんでいたことも知らず、ただ待っていた。それから、待つことをやめた。
そんな自分達に、謝る必要なんてない。
聞き出す権利なんてなかった。それでも、それは知っておくべきことだ。
「そんなこんなで、言い訳終了。今後を」
「待ってください、紅奈」
「んだよ、骸」
今後の話に移りたい紅奈は、唇を尖らせる。
死にかけて一年も引きこもっていたとは思えない。
再会してから、紅奈に弱さなんて感じられなかった。
それでも、その間はずっと。苦しんでいたはずだ。
そうとも知らずに……。
骸は自分自身に怒りを感じた。
「いつですか? いつから、イタリアに戻ってきたのですか?」
目を丸める紅奈。
「ええーっと……冬。ね? スク」
「お、おおう」
いきなり話を振られたスクアーロは、少し驚きつつも、答えた。
「それから何回、イタリアに来たのですかっ?」
「……一回」
「……林檎を……あの場所に置いたのは、貴女ですか?」
約束の場所に。林檎を置いたのか。
希望を置いて行ったのか。
「なんだ」
紅奈は、噴いて笑う。
「まだ、あそこに来てくれてたんだ?」
おかしそうに笑うから、骸の胸が締め付けられた。痛い。
「……違う……違います、紅奈」
ただ。偶然。気付いたら、そこに行ってしまっただけだ。
「………僕達は……とっくに……待つことをやめていたのです」
知る権利があると言ったその口で、白状した。
「そりゃそうだ」
あっさりと紅奈が言うものだから、骸達は三人揃ってギョッとして震え上がる。
「近いうちって言っておいて、一年も待ってるわけないじゃん。そう罪悪感に押し潰されそうな顔をしなくていい」
気を遣われてしまった。
そこまで、自分達は、情けない顔をしてしまったのだろうか。
「やめないとぶん殴る」
「えっ……紅奈が、殴るのですか?」
「「えっ!!?」」
気遣いの笑みではなく、上っ面な笑みで言い放つ紅奈に、骸は戸惑ってしまう。
そこで声を上げては振り返るスクアーロとベル。
運転中のスクアーロのせいで、キュルルッとバンが揺れた。
紅奈は、スッと眇めた目をスクアーロに向ける。
「安全運転。よそ見厳禁」
「わ、わかっているがぁあ……。う”ぉおおい! 真ん中の餓鬼! まさかお前は、紅奈に殴られたり蹴られたりしたことないのかぁ!?」
スクアーロが、骸に問う。
「え? 当然じゃないですか……」
「な、なんだとっ!?」
紅奈が暴力を振るっていない事実に、スクアーロは驚愕してしまった。
それに困惑してしまった骸は、紅奈に目を戻す。
じとっと運転席を見ている横顔。
「スク。あたしが誰構わず殴る蹴るをすると思ってんの?」
「……」
「思ってんだな?」
「……」
にっこり、と笑みを深める横顔は、怒りを感じ取って、骸も犬も千種も口元を引きつらせた。
スクアーロは、黙秘した。
「逆に、お前らはどうやって紅奈と過ごしてたんだよ!? てか、いつ会ってたんだよ!?」
後ろから紅奈の頭を抱き締めるようにして、ベルは問い詰める。
ぴくっと、骸は眉を上げた。
「普通に、お喋りをしたり、鬼ごっこをしたり、食事をしたり……あとぴったりと添い寝をしました仲ですが、何か?」
ニコニコと、骸は言い放つ。
ベルの方が明らかに紅奈のことを知っている上に、過ごした時間は多いとは予想出来る。
だがしかし、そんなベルも、骸達と過ごした話を聞いていないようだ。
ならば、深い仲だと仄めかしておく。
「ぴったりと添い寝、だとっ……!?」
「ぐえっ」
殺気立つベルは、紅奈の首を絞めるような形で抱き締める力を込める。
骸とベルは、バチバチと火花を散らせた。
恋敵認定の瞬間である。
「苦しいっ! 大人しくしてろって言ってんだろ!?」
「うぐっ!?」
「う”お”ぉおおい! 暴れんじゃねぇええっ!」
ベルは背負い投げられて床に叩き付けられた。またバンは不安定に揺れる。
「まったく! あたしだってキレさせなきゃ手足も出さない!」
「ギブっ! 紅奈! ギブギブっ! 大人しくするからっ!」
ベルの左腕を引っ張るくせに、足を絡めては肩を押さえつけるため、肩が外れそうになる。
ぺいっと紅奈はベルを放すと、再び助手席に押し込めた。
その間、犬は助けを求めるように、骸の裾をくいくいっと引っ張る。
骸は、適当に宥めておく。
意外なことに、紅奈は暴力的だった。そこは、流石マフィアと言えるのだろうか。
助手席から威嚇するように睨んでいるであろうベルを無視しておく。
「どこまで話したっけ? んー。一年前に任せた奴が集めた情報を基に、このスクアーロに改めてエストラーネファミリーを調べさせたんだ。三週間前にアジトを見付けたっていうから、すっ飛んできた」
「前回の……アジトは、やはり紅奈達が」
「ん。とにかく、エストラーネファミリーの残党をぶっ潰すことが先決かと思って、奔走してたわけ。考えてなかったわけじゃないけどさぁー……本当にアイツに丸投げしようと思ってたんだよ。アイツなら金あるだろうし……んー、別荘を使わせようかな?」
「う”お”ぉい……オレも入れない別荘に、入れるのかぁあ? だいたい、まだ9代目の所有物だろうがぁ」
「そーなんだよなぁ……最終手段にもならないもんな……。どうしたものか……」
XANXUSの別荘なら、使えなくもないが、使えば9代目に筒抜けになるだろう。
スクアーロも入れない約束だ。出て来たら、怒りを大爆発するに決まっている。
「……あの、紅奈。無理をしなくてもいいのですよ?」
「は? 何? 撤回する気? ふざけんなよ、救われろよ」
「………はい」
紅奈の負担にならないように、と骸は遠慮しようとしたが、紅奈の目が鋭く尖って、怒りを込めた声を放たれた。
骸は引き下がる。
なるほど。
恐らく、このまま食い下がれば、紅奈の手足が出るわけだ。察した。
(コイツ……賢明な奴だなぁ……)
まだ紅奈に力で叩きのめされていないのに、学習してしまった骸に、バックミラー越しに見ては感心してしまったスクアーロだ。
「眠い、のですか?」
「ふあ? んー、ちょっとね」
紅奈が、また欠伸を漏らす。これで三回目だ。
「紅奈ぁ、もう寝とけ。着いてから、また話せばいいじゃねぇかぁ」
「ええー……んー。でもマジで骸達の今後を考えないと……あたしは元々、骸達をヴァリアーに入れる気はなかったからなぁ……どうしたものかぁ」
スクアーロが寝ることを勧めたが、紅奈は頬杖をしつつも、うとうとと呟く。
「紅奈。少しは寝たらどうでしょうか? 僕達のことですし、一緒に考えましょう。そうやって子ども扱いして、自分達だけで考えないでください」
どうやら寝ることを勧めることには怒らないと勘付き、骸はそう促す。
今後など、一緒に考えればいい。
もう復讐の日々に終止符を打ってくれて、救ってくれたのだ。
「でも……あたし……」
こくり、と紅奈の頭が落ちる。眠気に負けかけている。
「んぅー。寝る」
睡魔に降参したかと思えば、紅奈は腰を上げた。
そして骸と千種の間に入り込んだかと思えば、骸の膝の上に頭を置いて、千種の膝の向こうに立てた足を置く形で寝てしまう。
たらり、と左腕が垂れた。
「……!!」
その速さに、止める暇もなかったベルは絶句する。
骸達も、驚きのあまり、固まってしまった。
膝の上には、すやすやと眠っている紅奈。
「絶対に起こすんじゃねぇぞぉ……」
静かに響いたスクアーロの声は忠告。
起こしたら、ただではすまない。
だから、恋敵の膝に上に寝られても、ベルも乗り込まないのだ。
犬も千種も、息を潜めたまま、固まった。
骸は苦笑を浮かべる。
どうやら、恋をした少女は、小さな暴君だったようだ。
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