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空色少女 再始動編
376 黒い少女は




「――片付けが終わったのか?」


 黒い背中を見せるその人物が、声を発した。他に人はいない。

 間違いなく、骸に向けられた言葉だ。気付かれた?


「一人で考えさせてくれって言ったでしょ。外で待ってて」


 しっしっと振り返ることなく、右手を振って追い払おうとする。

 苛立ちが含まれたその声は、女の子のものだ。大人びた口調ではあるが、幼さを感じる。


 いや。待ってほしい。違う。


 その声は。忘れかけたはずの声に、思えてしまった。


 そんなはずはない。こんな場所に。いるはずはないのだ。

 黒いコートを聞いたその人物は、黒髪。

 思い浮かべる少女は、茶髪だ。

 違う。違うはず。


 違いますよね?


 ドクドクと心臓が高鳴る。

 期待が、昂る。


「考えてるって言ってんだろ」


 鋭い声が、また振り返らずに放たれた。

 それでも骸は、吸い寄せられたかのように、部屋に入って、その人物に近付こうとしたことに気が付く。


 後ろから見る限り、彼女は丸腰。自分には三叉槍がある。

 けれども。どうしても。攻撃をする気にはなれなかった。


 確認するべきか。しないまま去るべきか。

 確認をして、違ったら、幻滅する。

 しかし、確認しないまま、去ることが出来そうにもない。


 約束の場所に、フラッと行ってしまったばっかりに。

 あの場所で、赤い林檎を見付けてしまったばっかりに。

 骸は混乱した。頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。


あ〜っ!!


 黒い少女が、苛立った声を上げたものだから、骸は震え上がって驚く。


「考える邪魔をするなって言ってっ……!?」


 黒い少女が、振り返った。


 黒い少女は、目を見開く。骸だって同じだ。


 内側にはねた髪は小さな顔を包み、あとは外側にはねたショートヘアー。知らないはずの黒髪。

 けれども、顔。振り返った顔には、見覚えがあった。

 大きく見開かれた瞳だって。彼女を思い浮かべずにはいられなかった。


「……骸……?」


 びくっと身体が震えてしまう。

 名前を呼ばれた。心臓の高鳴りをまた、自覚する。うるさい。聞かないといけないというのに。心音がうるさい。


……骸っ!


 ポカンとした顔が、花が綻ぶかのような笑みに変わった。

 無邪気な、笑みが。忘れかけた記憶の中の笑みと重なる。


「やった! 潰したはいいけれど、骸達を見付ける手立てがなくって! あーもうっ。今考え込んでたところ! 骸が来たってことは……やったね。あたしが先を越したってことでしょ? ギリギリあたしの勝ち!」


 黒いブーツでカツカツと歩み寄る黒い少女は、安堵した笑みから、一転、ニヤリと勝ち誇った笑みを見せる。

 そして、骸の目の前に立った。


エストラーネファミリーの残党は、ここで最後。潰したところ。そーいうことで! 君達は、あたしに救われろ!


 これは幻覚なのだろうか。それとも夢?


 あの約束の場所に、赤い林檎を見付けた時から始まった長い夢?


 それならば、何故、彼女は、真っ黒い姿なのだろうか。


……紅奈……?


 やっと、その名前が、口から零れた。

 久しく口にしなかった名前。


 きょとん、と見上げてくる瞳は、一致している。
 大きなブラウンの瞳。心の奥まで見透かしているような。惹きつけられる瞳。


……紅奈、なのですか……?


 声が震えてしまう。伸ばした手は、あの林檎の時のように、一度は躊躇してしまう。

 触れれば、消えてしまうかと思った。

 目の前の少女の頬に触れる直前で、止める。これが夢だったら、どうすればいいのだろうか。

 触れるなり、彼女が消えてしまったら、どうすればいいのだろう。


 怖い。


 それなのに、少女は首を傾げるようにして、骸の手に頬を当てた。


 触れる。

 消えない。

 柔らかな、頬。

 温もりが。その手にある。


「あたしの顔。わからないくらい忘れてたってこと? 悪かったよ、遅くなって。ほんと」


 むすっと不機嫌な顔をする少女は、否定をしているのか、肯定をしているのか。


 混乱している骸には、わからなかった。


「それにしても、背が高くなったね、骸。みんなして、伸びやがって……犬と千種も来てる? 一人で乗り込むわけないもんね」

「……紅奈?」

「ん? 何?」


 自分と背を比べては、不満げな顔をする少女の確認のために、もう一度呼んだ。


 ぱちくり、と目を瞬かせた少女は、ああ、と声を零した。


「ごめん。ウィッグ。着けてるの、忘れてた」


 自分の頬に手が添えられたままなのに、気にすることなく少女は自分の黒髪を掴んだ。


 さらっと外れた黒髪。それから、髪留めを外してしまえば、ふわっとカールした長めの髪が舞いおりる。


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 肩から垂れ下がる栗色の長い髪は、知らない。それでも、記憶の中の少女と一致する。

 彼女だと。確信した。







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