空色少女 再始動編
373 報告
小学三年生に進学。
またもや紅奈と綱吉は、クラスが別。
紅奈はへそを曲げては、綱吉は泣きべそをかいた。
実は、クラス分けでは、大いに議論されたらしい。
何故なら、紅奈は教師陣にとって恐怖の対象なのである。
一年休学していたかと思えば、登校したその日に喧嘩。いじめられた弟を助け、いじめの加害者を殴った。関係ある生徒の親達が集まったのだが、いつの間にか紅奈が身内以外を説教していたのだ。いじめ加害者の生徒は涙目で怯え、親達は責められて反省でしなだれた。挙句、いじめを見てみぬふりをしたクラスの担任は、紅奈の鋭い責めに耐え切れず辞職。
生徒達も恐ろしいという認識をしていたが、双子の弟にさえ危害を加えなければ、普通に頭がよく運動の出来るクールな女子生徒だとわかり、忽ち人気者に変わった。
紅奈と同じクラスになった生徒達は歓喜したが、担任となった教師は胃痛。しかし、隣のクラスの綱吉の担任となった教師も、油断は禁物。いじめなど起きようものなら、教師人生が終わりかねない。三年生を受け持つ教師二人に、大いに同情が集まった。しかし、明日は我が身なのである。
「コウちゃんと同じクラスがよかった……」
「ぼくも……」
「三人一緒がよかったねぇ」
とぼとぼとした足取りの帰り道。
綱吉も正一も、同じクラスではあるが、紅奈が別である。
「二人とも………仲良く頑張ってね?」
物凄く心配であるが、正一に綱吉を頼むしかない紅奈。
「「うんっ!」」
元気がよろしい。
それから、ベルがひょっこり遊びに来たので、首根っこ掴んでは稽古に付き合ってもらった。
小学生ライフをこなしつつも、毎朝のランニングはかかさない。体力作り。
遅れを取り戻すように。
駆けて駆けて、駆け抜けた。
しかし、どんなにコンクリートを力一杯に蹴っても。
全力疾走をしても。
「ハァ……ハァ……っ」
まだ足りない。全然足りない。
乱した息を吐いては整える努力をして、落ちる汗を拭う。
足りないなら、補ってやる。
絶対に。
強くなる。
先を見据えた紅奈の瞳は、橙色に煌めくブラウン。
強い意志があった。
それはある日、突然だった。
自分の宿題をサクッと片付けて、綱吉の宿題を見ていた紅奈は、新調した通信機が点滅していることに気付く。
スクアーロから渡されたそれから、着信。相手は、スクアーロだけだ。
妙な予感を覚えつつも、イヤホンを耳にはめて、紅奈はボタンを押して電話に出た。
〔う”ぉおい。紅奈。今平気か?〕
「家光が昨日出掛けたばかりだから、全然平気。そっちは、まだ朝じゃなかった? おはよう、スク」
〔おう、おはようさん。報告だぁ〕
ぽすん、とベッドに腰を下ろす。
〔例のファミリー。見付けたぞ〕
自分でも、空気をピリッと張り詰めさせたとわかった。
コタツテーブルで宿題をしていた綱吉が振り返るが、紅奈はカーペットを一点に見つめる。
「で?」
〔まだ残ってやがるぜぇ。XANXUSが突き止めかけた隠れ家は、潰されていたが、手掛かりがあった。色々探ってみれば……あと二つか、三つだなぁ〕
ゴクリ。紅奈は、息を呑んだ。
まだ。
まだ間に合う可能性がある。
〔一つは、もう見付けた。どうする? 指示をくれ。ボス〕
どうする、か。
XANXUSに頼んでいた、とあるファミリーを見付け出しては潰す件。
スクアーロに引き継ぎさせては、調べてもらっていた。
骸達が逃げ出しては、復讐で潰そうとしているエストラーネファミリー。
まだ潰されていない。よって、骸達の復讐は完遂していないのだ。
ドクドクと、素早く心臓が血を巡らせていくために高鳴る。
目を閉じれば、この部屋に来ていたXANXUSが浮かぶ。
深刻そうな顔で、見下ろしていた。熱に魘されていたせいで、ぼやけている顔だ。
それから、再会して嬉しそうな微笑を見せた骸。おごったピザをたいらげる犬と千種。
交わした、契約という名の約束。
「迎えに来てほしい。今すぐ」
〔…了解だぁ、ボス〕
通信を切る。そして、深く息を吐き出した。
「ツナ」
「帰ってくるよね?」
「え?」
顔を上げれば、不安げな顔で見つめてくる綱吉がいる。
離れようとすれば、敏感に悟っては引き留めてくる綱吉。
焦る。今から、行かなくてはいけない。
綱吉に、引き留められても。
あたしはきっと。
行かないといけないんだ。
ギュッと、紅奈のズボンを綱吉が握り締めた。
「ちゃんと……帰ってきてね? コウちゃん」
「……ツナ…」
涙目ではあるけれど、綱吉は引き留めるのではなく、帰りを待つと言う。
胸が締め付けられた。
「うん。もちろんだよ。ツナくん。必ず……ツナくんのところに帰ってくるから」
紅奈は手を伸ばしては、綱吉は両腕で抱き締める。
「大好き、ツナくん」
「ぼくも大好き、コウちゃん」
綱吉も、力一杯に抱き締めてきた。
綱吉が行かせてくれるならば、ちゃんと行ける。
だが、もう一人。許可をもらわないといけない人がいる。
綱吉を置いて、一階に降りた。
鼻歌をしながら夕食を作っている母・奈々がいるキッチンに入る。
「お母さん」
「あら? コーちゃん。もうお腹空いたの?」
「ううん。お願いがあるの」
首を振って紅奈は、奈々を見上げる。
「お母さんにも、綱吉にも、いっぱい迷惑かけたし、心配もかけた。なのに、また困らせることをお願いしちゃうけれど、どうしても許してほしいの」
「紅奈ちゃん……」
奈々のエプロンを握り締めて、頼んだ。
「一年前、事故に遭う時より前に、イタリアで友だちが出来たの。同じぐらいの男の子達。この前、イタリアに行った時に、捜したけれど見つからなくて……家がないみたいで、会えなかった。でもスクアーロお兄ちゃんが捜してくれてて……見つかりそう。でもでもっ、警察も動けないような事件に巻き込まれちゃって、大変みたいなの。学校のお休みもないのに、ワガママなお願いだってわかってる。でもっ、あたしは助けに行きたいの! 行かせてほしい! 許してほしいの、お母さん! 友だちを見付けるまで、イタリアに行かせてほしい」
「……」
「大事な友だちなの。あたしはっ……行かないとっ! 今、行かないと絶対にっ! 死ぬまで後悔しちゃうっ!」
真摯に頼む。許されなくても。
先ずは、真剣に伝える。
前のように、黙ってイタリアには飛べない。
同じような目に、家族を遭わせてしまわないように。
ちゃんと前もって、伝える。
許されなくても、行くことは決めてしまっていても。
「……わかったわ、コーちゃん。行ってきていいわ」
「……本当に?」
紅奈は、奈々の返答に目を見開く。
無茶なお願いだ。イタリアに行き、警察も動けないような事件に巻き込まれた少年達を捜す。
「ええ! 紅奈ちゃんなら、きっと見付けられるわ!」
「…でも、どれくらいかかるかわからないよ? 何日もかかるかもしれない」
「大丈夫よ! だって一年も休学してても、コーちゃん、お勉強は百点満点だもの!」
そういう意味ではないのだが。
「お父さんに言わないで行かせたら……また怒られちゃうよ?」
「大丈夫! ママのことなら気にしないで! でもちゃんとご飯は食べてほしいわ。あとちゃんと寝てほしいの。あとあと、毎日電話もしてほしいわ! コーちゃんは無理しちゃだめなのよ? そのお友だちを助けるためにも、無理はだめです! それを約束できるかしら?」
にこっと、おおらかに笑いかける奈々。
目をぱちくりと瞬かせたが、紅奈は腕を伸ばす。
奈々はしゃがむと、同じく腕を伸ばした。
そして互いに、むぎゅっと抱き締める。
「約束するっ。絶対にご飯も食べるし、寝るし、無理はしない。スクアーロお兄ちゃんに聞いて」
「ええ、わかったわ。ちゃんとスーくんにも電話してもらうから」
「…うん。大好き、お母さん」
「わたしも、コーちゃんが大好きよ」
「お母さんもツナくん、大好き」
「ふふっ。大好きよ、だいだいだーい好き」
きついくらいに、母と娘は抱き締め合った。
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