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頂き物小説
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-C
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-C

(PART-Bからの続き)


「零……次」
 消え入りそうな声で、彩は少年の名を呼んだ。
 電子義眼が故障した所為で霞む視界。
 そこに映る少年は、悲痛な面持ちで自分を腕に抱き寄せている……本当なら、彼を悲しませるような事はしたくない。
 なのに、心の片隅では彼がこんなにも間近で自分を見てくれている事に、喜悦を感じている。
 泡沫の恋はついに成就しなかったが、それでも彼女はこうしているだけで幸せだった。
 先刻の爆発によって下半身と右腕が吹き飛んだ彩の身体は、特殊合金の骨格フレームや酸素を送り込む事によって膨張と収縮を繰り返す人工筋肉、血管の役割を果たすために張り巡らされたカテーテル、神経回路を刺激する電極配線や半導体、そして心臓の代わりに埋め込まれた小型動力炉が剥き出しになった無惨な姿に変わり果てている。
 そして、大破したボディからは人工血液が漏れ出て床に血溜まりを作っていた。
「これが……今のボクの身体だよ。あはは……ボク、もう人間じゃなくなっちゃった」
 完全に洗脳が解けた彩は、失った半身を見ながら渇いた笑い声を発する。
 自嘲めいた笑いではあったが、不思議と彼女に悲壮感は無かった。
「ボク……零次にいっぱい酷い事しちゃったね……タマちゃん、ユメちゃん……りーちゃん達にも……たくさん心配掛けちゃった……」
「もういい……もう……いいから……気にするなよ………そんな事」
 対して、彩を介抱する零次は嗚咽混じりに泣き続けている。
 彼女を討つ……彼女を解放させる……懊悩した末、そう決意して力を振るったはずなのに、零次の心には今になって言い様の無い悔恨が押し寄せていた。
「本郷さんや一文字さんなら、きっとお前を直してくれる……死にかけていた風見さんを仮面ライダーに改造して命を救ったって話してたから、きっとお前だって……」
 もう一度、彩と同じ時を過ごしたい……エゴだと分かっていながらも、その想いを止める術など今の彼には無い。
 残された僅かな希望に必死になって縋り付こうとしていた。
 しかし零次の言葉に、彩は何も答えず静かに微笑む。
 恐らく、彼女は自分の死期を悟っているのだろう。
 じきに費えようとする自分の命を前にしても表情に恐怖の色はなく、寧ろこれ以上ないくらいに清々しかった。
「零次……これ」
 人工皮膚か完全に破れてしまったが、辛うじて原型を留めていた左手を震わせて、彩は零次にずっと渡そうと思っていたものを差し出す。
 それは、小さな箱だった。
 包装紙とリボンで綺麗にラッピングされていたであろう箱は、人工血液によって赤く汚れ、固い紙で作られた箱も潰れて無惨な形になり果てている。
「これ……は?」

「ケホッ……ケホッ…………誕生日……おめでとう……」
 蝶の羽ばたきにも似た小さな咳き込みの後、彩は万感の想いを込めて彼を祝った。
 本当なら、ちゃんとした形で渡したかったのだが、もうそれは叶わない。
 こうしてる間にも、死の影は刻々と迫っているのだから。
「似合うかどうか分からないけど……一生けんめい……れいじに合うかなぁって……おもって……えらんだんだよ」
「彩……」
「ほんとうは……ケーキといっしょに……わたしたかったんだけど………ケーキ……つくれ……なかったから………ごめんね……」
 申し訳なさそうな呟きに、零次は無言のまま、しかし首を横に振るった。
「じゃあ……今度完成した奴を喰わせてくれ……そのケーキ作る前に死んだら許さねぇからな!!」
 途切れ途切れの言葉に対し、零次は満足に声を発する事が出来ぬまま叫ぶ。
 激昂から出た叫びではなく、大切な者を失いたくない一心で……。
 だが、彩はその言葉にも黙って笑みを浮かべるだけ。
 言葉を紡ぐだけの力が、彼女にはもうあまり残されていなかった。
「あけ……て……み……て……」
 プレゼントを受け取った零次が、ただ口を動かすだけにも等しくなっている彩の言葉に頷き、歪んだ箱を開けると、中にはシルバーのネックレスが入っていた。
 瀟洒なチェーンのトップには、精緻なデザインが施されたベルが付けられており、それが零次の手の中で揺れて、ちりん……っと、儚くも慎ましく、澄んだ音色がネックレスから奏でられた。
 まるで零次の悲しみを癒そうとするように、意匠を凝らした小さな鐘は、暖かみのある音を響かせている。
「良……かっ……た……ちゃん……と……渡……せ……て……ボ……クね……れい……じ……の……こと……だい……す……き……だ……よ……」
 彩が言い終えた後、零次はそのネックレスを首に下げようと試みる。
 慣れない止め具に悪戦苦闘していると、ネックレスが揺れ、再び優しい音が響いた。
「彩……付けてみたぞ。似合うかどうか見てくれ」
 その言葉に、答えは返ってこなかった。
「なぁ彩、頼むよ……俺こういうアクセサリーとか……付けた事無いからさ、自分じゃ……似合うかどうか分からねぇんだ……似合わないんなら馬鹿みたいに大笑いしてくれよ……だから……」
 滂沱の涙で顔を濡らす零次の声が、震え、最後は言葉にならない。
 もう一度だけ、その声を聞きたい……彼はそう願った。




……うん、ぴったりだよ。



 その声は、いつ聞こえたのか分からない。
 だが、零次には確かに聞こえた。
 あの爛漫な声音が……。
「彩……彩っ!!」
 何度身体を揺すろうとも彩はもう、何も答えなかった。
 笑う事も。
 怒る事も。
 泣く事も。
 忙しなく表情を変える事を……もう彩はしなかった。
 ただ穏やかな表情だけ浮かべて……彼女は眠りについていた。
 今、零次の腕の中に『ある』のは、心なき者によって身体を辱められ、実験という形で使い捨てられた少女の亡骸……だが、表情に苦しみや悲しみはない。
 まるで、赤子のように無邪気な『寝顔』を浮かべて安堵した様子を見せて眠っていた。

「彩……」
 その名を呼べば、いつも純粋無垢な笑顔が返ってきた。
 だが今は、声を届けても虚しく消えゆくだけ。
 それは、零次が再び突き付けられた現実。
 もう彩という少女はこの世にはいないという……残酷な現実。

「ぐっ…………ぐぅぅぅ………うっ……うっ……ぐぅ………うぅぅぅぅぅぅああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!」
 もう抑える事が出来なかった。
 彩の亡骸を抱え、激情に駆られた零次が、声の限りに慟哭する。
「何が仮面ライダーだ! 何が正義だ! こんな力があったって……結局、結局大切なものを守れなかったじゃねぇかっ!!」
 辺りに瓦礫が降り注ぐ中、零次はただひたすら感情を叫びに変えていく。
 振り向ける所のない彼の激情は、暴走して止まる事を知らない。
 喉が潰れ、声がかすれようとも、零次は叫び続けた。
 怒り、悲しみ。自分の中にある負の感情全てを爆ぜさせるように……。
「いったい……何の為に……今まで強くなろうとしてきたんだ? 何の為に……今まで戦ってきたんだよ」
 零次の慟哭に今は答えを与えてくれる者は誰一人としていない。 
 彼の名を叫ぶ二人の青年が駆け付けても、零次は彩の頭をかき抱いたまま、そこから動く事は無かった。



 明野宮市にある小さな霊園に零次達が訪れてきたのは、あの戦いから丁度二ヶ月が経った日の事。
 慣れない土地なので少し迷ってしまったが、珠音と由芽に場所を聞いて何とか無事に辿り着く事が出来た。

“そういえば、アイツと初めて出会った時も道に迷ってたんだよな……”
 友人の眠る前で、零次はそんな事を考えながら雲一つ見当たらない快晴の空を見上げる。
 寒さが一層強くなっているというのに、陽光はこれ以上ないくらいに暖かった。
 羽織っているフェイクレザーのジャケットや首に巻いた細いストールが鬱陶しく思えるほどに。
「アーヤ、カツサンド持ってきたよ。後でゆっくり食べてね」
 かつてその渾名で呼んだ友人の墓前に、大好物だといって幸せそうに食べていたものを供えたスバルは、いつもの明るい調子で語り掛ける。
 外見に似合わず気弱な面もあるというのに、悲しむ素振りは全く見せていない。
「花より団子なアンタがこんなもん喜ぶとは思わないけど……ここに置いておくわね」
 持ってきた白百合の花を淡々と花立に差すティアナは、気丈に振る舞ってはいるものの、やはりまだ気持ちの整理が付いていないのか少し目を伏せる。
 だが、スバルでさえ耐えているのに自分が耐えない訳にはいかないと自身に言い聞かせ、わざとらしくドライに徹した。
「アーヤ……わたし、とうとう世界ランキングに入ったんだよ。まどかにはまだ全然届かないけど、でもようやく世界チャンピオンになれる為の橋が掛かったよ」
 水鉢に水を供え、小分けした線香束に火を点けてから香炉に置いた梨杏は豊かな黒髪を耳に掛け、笑顔でこれまでの戦績を報告する。
 彼女もまた、決して涙を見せまいと微笑んでいた。
「ほら、零くんもアーヤに何か言ってあげて」
「あぁ……」
 後ろで空を見上げていた零次に声を掛けると、零次は短く呟いて墓前に歩み寄る。
「彩……悪かったな……しばらく来てやれなくて」
 もう帰ってはこない少女に、零次は言葉を紡ぐ。
 あの後、零次は駆け付けた剣崎と渡の手助けによって崩壊する研究所から脱出できたものの、彩を失った悲しみに打ちひしがれていた。
 基地へと帰還した零次を待っていたのは天道の労いと、仲間達の必死な励まし。
 それが無かったら、彼は今ごろ現実から目を背けて絶対ここには来なかっただろう。
 壊滅状態に陥っていた新宿の復興と救助活動、そして事後処理もようやく一段落し、ちゃんとした形で墓参りに来れるまで随分と時間は掛かってしまったが……。
「俺……やっと分かったよ。何のために戦うのかっていうのが」
 悩み抜いて、ようやく辿り着いた思いを少女に告げるべく、零次は一呼吸置いてから語りだす。
「それは……お前がいつも俺達に見せてくれたような笑顔を……この世界にいる人達の明るい笑顔を守りたい。その人達の大切な居場所を守りたい……そう誓って今は戦ってる」
 軽く拳を握り締め、静かかに語る零次は、未だ終わる事を知らないダーククライムとの戦い続ける事を新たに決意する。
 零次の語りに、スバル達も黙って耳を傾け、そして彩が眠る墓をじっと見つめていた。
 ひとしきり零次が語り終えると零次達は両手を合わせ、目を閉じる。その瞼の裏には……今でも鮮明にあの笑顔が蘇る。
 ちりん……耳を澄ませば、零次の胸元で揺れるシルバーのベルが、優しげに囁く。
 彼らの言葉に答えるように、暖かい音色が───そこに響き渡っていた。


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