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頂き物小説
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-B
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-B

(PART-Aからの続き)



「うぅぅぅっ……痛い……痛いよぉ……」
 顔や腕に管と思われる筋が枝分かれするように浮き上がり、彩は自分の顔を抑えながら苦悶の声を上げていた。
 さながら奇病に身体を蝕まれ、施しようのない内なる激痛に苦しむ者のように。
「彩……どうしたんだよ彩!!」
 呆然としていたイヴが我に返ると、慌てて蹲った彩の背中に手を置く。
 改造人間としては、リジェクションが起こらない唯一の成功例であるイヴには何故彩が突然苦しみだしたのか理解出来なかった。
「うぅ……うぅ……痛………いぃぃ……痛い……げほっ……げほっ、げほっ!!」
 総身を駆け巡る痛みを訴えながら猛烈に咳き込むと、再びせり上がってきた血を吐き出す。
 それと同時に、リノリウムの床がペンキでもぶちまけたかのように、一ヶ所だけが赤に染まった。
 だがそれは、本来人間が吐くような血ではない。
 普通、人間は喀血すると清流水のようにさらさらとした鮮やかな色の血を吐く。
 それに対し彩の吐いた血は、まるで泥水のように粘性を含んでおり、色も死人の血のように濁っている。
 恐らくは、これも人工物の類なのだろう。
「しっかりしろ、彩っ!!」
「零……次……痛い…………痛いよ………助けて………零次……」
 口を衝いて出たイヴの叫びに、彩は弱々しく言葉を紡いでいた。
「お前……今……」
「零次……助けて……零次……どこに……どこにいるの……?」
 身体を丸め、虚空を掻き毟るように手を伸ばして彩は助けを求める。
 双眸から涙を溢れさせ、悲壮な眼差しで彼の名を呼ぶ表情は、はぐれた親を探し求める迷い子のようだった。
「彩……」
 小刻みに震えるその手を、零次はそっと掴もうとする。
 だが……。
「い、いっ……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突如、彩はイヴの手を振り払い、顔を涙でぐしゃぐしゃに汚したままパニック状態にも等しい悲鳴をエントランスに響かせる。
「返して……ボクの身体返してよぉっ!!」
 その絶叫は、ヒューマンサイクロプスではなく、他ならない美島彩の声。
 普段の彩なら、絶対に発する事の無い悲痛な叫び。
 彼女はリジェクションの痛みによって、洗脳が一時的に解除されつつあった。
 だが、中途半端に洗脳が解けてしまった故に、身体を改造された事や今までの記憶全てが一気にのしかかる。
 それは、彼女にとって余りにも精神的負荷が大き過ぎた。
 身体を改造されたとはいえ、心は生身のまま。
 当然、過剰なストレスが加われば簡単に崩壊してしまう。
 人間の心というものは、それほどまでに繊細かつ脆弱なのだ。
 はたして彩が泣き叫ぼうとも、彼女の身体を改造した者は訴えを聞き入れるつもりなど毛頭なく、静観を決め込んでいる。
 所詮は実験台。
 必要が無くなれば捨てられるもの。
 そんな理由だけで、彼女は人として生きる権利は愚か、夢も将来も仲間とともに過ごす平穏も全て剥奪されたのだ。
「彩、俺だ……零次だ。分かるか?」
 半狂乱で泣訴する彩の手を今一度握り、イヴは自分が傍にいる事を告げるべく柔らかな声音で呼び掛ける。
 一刻も早く彼女を安心させてあげたい……その思いが考えるよりも早く行動に移していた。
「俺は……ここにいる」
「零……次……」
 顔を上げてイヴの顔を確認すると、僅かに安堵したのか先ほどに比べて表情が和らぐ。
「ごふっ……がほっ!! あぁ……あぐうぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 だが、感極まった彩を嘲笑うかのように、再びリジェクションの激痛が彼女に襲い掛った。
 人工器官を通じて逆流してくる血が口腔から迸った後、彩は頭を抱えて顎骨が外れんばかりに大口を開け、喚き、床を転げ回る。
「お、おい彩っ!!」
 イヴの呼び掛ける声に応じる余裕さえ、今の彩にはなかった。
 大量の血泡を口から吹き出し、白目を剥きながら痙攣する様は、水を見せると恐怖でのたうつ狂犬病のそれに近い。
 誰の目から見ても正気を保っていられるような状態ではなかった。
 暫しの悶絶の後、彩は突然、ぴたりと動きを止める。
「メイレイ……カメンライダーイヴヲ……ハカイ……ストーン・イヴ……カイシュウ」
 そして、床に仰臥していた状態から身を起こすと、光を宿さなくなったティーブラウンの瞳をイヴに向ける。
 一度は解けかけていた洗脳プログラムが、皮肉にも再び起きたリジェクションの激痛とショックで起動してしまったのだ。
 もっとも……既に彩の意識はなく、彼女はインストールされたプログラムを実行するだけのマリオネットとして『動かされている』だけになってしまったが……。
 埋め込まれた電子デバイスや機械化された神経回路全てが停止したため、関節部分から金属が擦れる耳障りな異常音を鳴らし始める。
 それでも拳を固めた彩は、ふらつきながらイヴに接近して彼の胸に拳撃を放っていく。
 だが、その拳は先ほどのような威力は完全に失っていた。
 かつてストリートで梨杏が賞賛したその拳撃は、今では動物の一噛みにすら劣りを見せている。
 小さな拳が強化皮膚の身体を叩くたび、カツン……カツン……という鋼鉄扉をノックするような滑稽な音が響き渡っていた。
「ぐぶっ……げほぉっ! ゴフッ……!!」
 何度目になるであろうか……?
 吐き出した血が自分のドレスだけでなく、イヴの身体にも飛散し、銀色のボディに赤い斑点がこびり付く。
「彩……もういいよ……もういいだろう!!」
 彩の惨めな姿を、これ以上見るに耐えられなくなったイヴは、声を限り叫んだ。
「カメンライダーイヴ………ヲ……ハカイ……スル………ソレガ……トライバルエンドサマノ……メイレイ……」
「ぐっ……彩……」
 制止の言葉を聞き入れる事すら出来ず、彩は機械的な口調で植え付けられた命令を声で告げる。
 その様は、スクリプトを読み込んで音声をアウトプットするだけのコンピュータ同然だった。
 ダメージなど被るはずもない拳撃を放つだけの無意味な行動を、ひたすら繰り返す彩の身体に、イヴは前蹴りを奔らせる。
 もう防ぐ余力さえ残っていないのか、彩はただ胸元を蹴られるまま後方に吹き飛ばされ……その後、小刻みに身体を振動させながら再度立ち上がった。
 総身を駆け巡る紫電、硝子を爪で掻く音に似た異常音、夥しい吐血、磁器人形のような無表情、痙攣する肢体、おぼつかない足取り、そして虚ろな眼差し。
 もう彼女らしさは微塵も無い。
 利用価値すら失い、ガラクタにまで成り下がった人形……今の彩を差すならば、そういった表現が妥当であろう。
「はぁぁぁぁぁっ……」
 もう……これ以上苦しませはしない。
 全てから解放してやる。
 苦悩した末に頑強な決意を固めたイヴが、双手を広げて両膝を僅かに折ると、ストーン・イヴのエネルギーが右脚に集中し、彼の脚部はシルバーメタリックのボディよりも更なる輝きを纏った。
 その構えは、彼が必殺技を繰り出す為のスイッチ。
 幾度となく敵を撃破してきたその技を、彩に放つ……彼女を苦痛から解き放ち、安らぎへと導かせる為に。


『助けてくれてありがとう。ボクは彩、美島彩だよ』

『うん、この辺でストリートファイトやってるから、ああいう風にボクに挑戦してくる人多いんだよ』

『今度ボクも零次が住んでる東京へ遊びに行ってみるね』

『おはよう零次、今日もトレーニング? 朝から早いね〜、こっちに来て話しようよ』

『零次……中途半端な気持ちで戦い方を教えてってボクに言ってるの? だったら怒るよ』

『零次が仮面ライダーでも、ボクにとって大切な友達なのに変わりは無いよ。だって零次は零次だもん』

『零次が本当に強くなりたいって思ってるならボクも協力するよ。だけど約束して……絶対に死んじゃダメだからね』

『梨杏ちゃん、大人っぽくて綺麗だったね〜。それにすっごく強かったし。零次は幸せだね、梨杏ちゃんみたいな娘が幼なじみで』

『この料理、天道さんが全部作ったんだって。凄いよね〜。あ、この麻婆豆腐おいしそう! 零次も一緒に食べようよ!!』

『梨杏ちゃん負けちゃったね……でも、最後まで諦めずに闘ってたんだから本当に凄かったよ!』

『零次……目大丈夫? ごめんね、ボク何も出来なくて……』

『やったね、零次。あとはフェイトさんを助けるだけだよ! 頑張って!!』

『零次……ユメちゃん、どうしちゃったんだろ? ボク、ユメちゃんを怒らせるような事しちゃったのかな……?』

『ありがとう、零次……大切にするね』

『えへへ……むぎゅ〜』


 そう思った刹那、彩と過ごした日々の情景が脳裏を去来する。
 彼の記憶にある少女は、いつも表情豊かだった。
 そう思った刹那、彩と過ごした日々の情景が脳裏を去来する。
 彼の記憶にある少女は、いつも表情豊かだった。
 笑って、泣いて、怒って……目まぐるしく表情を変える彩の姿が、なおいっそう彼の中で鮮明に映し出される。
 決して彼女と長い時を共に過ごした訳では無い。
 彼女の全てを知っていた訳では無い。
 そして……彼女の気持ちには、ついぞ気付けなかった。
 大切な友達……そう思っていただけに、彩の告白は彼に衝撃を与えるには十分なものだった。
 だが、そんな彼女の純粋な気持ちすらも敵対する者達に体のいい道具として利用され、こんなにも残酷な結末を迎える……。
 なぜ彼女がここまで運命を狂わされなければならないのか?
 なぜ全てを奪われなければならないのか?
 そんな思いに苛まれたイヴが、素顔を覆う仮面の奥で声を殺し、慟哭する。
 止める事は愚か、抗う事すら叶わない悲劇と絶望を前に、彼は余りにも無力だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 悲嘆を振り払うかの如く咆哮するイヴが、膝を僅かに曲げた状態から地を蹴って高らかに跳躍する。
「ライダァァァァァァァァァァァァキィィィィィィィィィック!!!!」
 叫びながら繰り出されるそれは、彼の刺客として送り込まれたサイクロプスシリーズを悉く破壊してきた必殺の飛び蹴り──ライダーキック。
 流星の如く輝線を描いて放たれるその蹴りが彩の胸に叩き込まれ、その小さな身体を貫く。
 二〇トンという絶大な破壊力とストーン・イヴのエネルギー全てを真っ向から受けた彩の身体から……一瞬の閃光が煌めき、そして爆ぜた。
 途方もない轟音が耳をつんざき、真紅と橙が混じった高温の爆炎がドーム状に広がる……そして、粉塵まじりの爆風と焦げ臭い黒煙に身を晒されながらも着地したイヴ──いや、変身を解除した零次が、その様相を声すら発さないままじっと見つめていた。
 枯れる事を知らぬ雫を頬に伝らせて……。




「もうここはお終いか……逃げるとしよう」
 凄まじいエクスプロージョンが研究所を揺らした後、その衝撃で崩壊の兆しを見せはじめたラボの中で独りごちると、シークはデータ転送を完了したPDAをパソコンの接続端子から外して脱出を図ろうと準備を整えた。
「残念だが、貴様はこの研究所と一緒に消えてもらう」
 一刹那の間に、背後から不遜かつ尊大な声が彼の鼓膜に響き渡る。
 トライバル・エンドとは別の意味で凍えるような冷たさを含んだその声は、シークに対して包み隠す事なく殺意を剥き出しにしていた。
「───ッ!!」
 シークが振り返った先には……墨染の反物のように黒い巻き髪を緩やかに跳ねさせ、顔立ちは幾分か日本人離れした長身痩躯の男が立っていた。
 自らを天の道を行くものと称する───まさに天上天下唯我独尊を地で行く男、天道総司。
 ダーククライムにとって最も忌むべき男である。
 顔を強ばらせるシークに対し、天道は眉一つ動かす事なく彼に歩み寄ると、自分の周囲を飛び回っていた昆虫型変身ツール、カブトゼクターを無造作に掴む。「変身」
 そして、あらかじめ装着していたライダーベルトのバックル部分にカブトゼクターをセットすると、天道は仮面ライダーカブト・マスクドフォームに変身した。
最強のライダー……そう渾名された鉄面の騎士。
 重厚な鎧を全身に纏ったその姿は、カブトムシの蛹を彷彿とさせる。
「美島は俺の料理を美味いといって喜んでいた……あの嬉しそうな顔を見ていると、樹花やひより、蓮華と過ごした日々を思い出す」
 過ぎ去った追想に浸りながら静かに語るその声音は、先刻の殺意に凍えた態度とは対照的に、ひどく穏やかで、柔らかなものになっていた。
「貴様は……あいつの尊厳を踏み躙った。だから俺は、貴様の全てを容赦なく踏み躙る」
 だが、それも一瞬の事。
 再びシークを見据えて底冷えするような声で言い放った後、握り締めたカブトクナイガンの照準をシークの腕に定め、撃鉄を引く。
「がぁぁぁっ!!」
 カブトクナイガンの銃口から放たれた高エネルギーイオンビームは、シークの前腕部もろとも打ち抜き、ヒューマンサイクロプスのデータを詰め込んだ電子デバイスを一瞬の内に蒸発させた。
「フンッ……いい加減化けの皮を剥いだらどうだ? 貴様のような奴がそんな姿をしていると、見ていて虫酸が走る」
「貴様ぁ……!!」
 自分の研究成果を葬られた事、そして冷然と鼻を鳴らす天道の態度に激昂したシークの身体が、突然姿を変える。
 それは、毒々しい色の羽が生えた餓のような異形の怪物──ダーククライム科学者であるシークの正体、それは人間に擬態していた成虫型ワームだった。
「やはり……あの時の生き残りか」
 短く呟いてから、彼はカブトゼクターのホーンレバーを反対側に切り替える。
『Cast─Off』
 その直後、カブトを覆っていた装甲が弾けて飛散し、残骸となった装甲がワームに無数の『つぶて』となって衝突。
『Change─Beetle』
 アーマーが弾けると顎部分のローテートを基点に、ゆるゆると動くカブトホーンが定位置である正面に定まり、水色の複眼が発光するとカブトはマスクドフォームからライダーフォームへと姿を変えた。
 その様相はカブトムシが蛹から成虫へと進化する過程……まさに羽化を連想させる。
『1……2……3……』
 そして、カブトはゼクターのスロットルボタンを淡々と押してからホーンレバーを再び元の位置へと切り替える。
『Rider─Kick』
 レバーが切り替えられ、ゼクターの電子音声が必殺技の名を告げると、カブトゼクターを通じて膨大なタキオン粒子がカブトの総身を駆け巡り、やがて脚部に集中した。
 しかし、妙な点が一つだけある。
 カブトの戦法は大方、クロックアップという超高速移動を使用して相手を打撃で圧倒し、一定のダメージを与えてからライダーキックを必殺の手段として用いる。
 なのに今はクロックアップを使う事なく──それどころか散歩を思わせる緩慢な動作で歩を進めているのだ。
 しかし、歩みこそゆったりではあるが、それは他者に動くという概念すら忘れさせてしまうほどの威圧感に満ち溢れている。
 まるで悪鬼羅刹のような……そんな威圧感が今の彼にはあった。
 スペースデブリの威力にも匹敵する破片の嵐を受けて怯んでいたワームだが、それが収まると体勢を整えようとして───いや、整えられなかった。
 理由は簡単。
 ワームは恐れおののいてるのだ。
 クロックアップさえ使えば、彼も多少の時間は延命出来たかもしれない。
 だが、ワームは動けなかった。
 眼前に迫り来る最強のライダーの圧力に気圧されて……。
「はぁぁっ!!」
 互いの間合いから二、三歩離れた場所で足を止め、烈帛の気合いとともにカブトは華麗な上段回し蹴りを叩き込んでワームを一瞬の内に撃破した。
 敵を一撃のもとに粉砕したカブトは、様相を確認するまでもなくせを向けたまま。
 ワームの消滅を確認したゼクターが、役目を終えたと言わんばかりに資格者から離れると、ライダーシステムの強化スーツが剥ぎ落とされてカブトは元の姿に戻る。
「いずれダーククライムは俺の手で壊滅させてやる……二度とふざけた真似が出来ないようにな」
 平素、クールな態度を崩す事の無い天道が、双眸に並々ならぬ怒気を孕ませて吐き捨てるように言い放つ。
 そして、足音を立てる事なく崩壊する研究所から立ち去っていった。

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