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頂き物小説
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-A
スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-A


 仮面ライダーイヴは、両拳を胸の前にした構えで彩の出方を伺っていた。
 彩も格闘戦を得意とする為、迂濶な接近は命取り。
 尚且つ、相手の手の内を理解している以上は、闇雲な打撃は出さぬが上策といえる。
 床をしっかりと踏みしめ、まるで脚に樹木の根でも生えたかのように、そこから一歩も動く事はなかった。
「てっきり真っ向から突っ込んでくると思ったけど………随分慎重になったんだね、仮面ライダーイヴ」
 彩はもう、彼の事を零次とは呼ばなかった。
 血液交換の後、完全なる洗脳を施された彼女の電子義眼は、眼前のライダーを攻撃対象として映している。
「………」
 彼女の皮肉に、イヴが出した応えは──無言。
 もはや動じる気配さえ見せない。
 泰然自若。その言葉を表すかのようにイヴは閉口したまま彩を見据えている。
「むぅ〜……」
 自分が無視されたと思ったのか、不機嫌さを隠す事もなく彩は口を尖らせた。
「じゃあ……ボクのスピードについて来れるかどうか試してあげる!」
 焦れる事に慣れていない───いや、単純に我慢が足りないだけの彩が床を蹴ると、市街地戦の時と同じサブソニックのスピードで一気に零次との距離を詰める。
 やはりその軽捷な身のこなしは、肉眼で捉える事は不可能だ。
 肉食動物よりもなお一層速い動きに、しかしイヴは何か策があるのか静寂を破る事なく機を待ち、その場に佇む。
“まだだ……まだ早い”
 自身に言い聞かせて、イヴは依然として不動のまま。
 その間に、彩は眼前にまで差し迫っていた。
「やぁぁぁぁっ!!」
 寸単位までの距離に肉薄した刹那、彩はワンインチパンチを放とうとしてイヴの鳩尾に拳を押し当てる。
 内功を使う事が出来ないので、そう呼称していいのかどうかは分からないが、身体を改造された彩のワンインチは、生身の時のように氣を練ってから放つのではなく、内臓されたマイクロリニアモーターを駆動する事によって運動神経回路に膨大な電流をエネルギーに変換して送り込み、それに生じたパワーを利用する為、以前よりも僅かな動作で迅速かつ強大な拳撃を放つ事が可能となった。
 それは、生身の人間では辿り着く事の出来ない境地。
 それと同時に、人ならぬ異形の者であるという証だ。
“───今だっ!!”
 彩が寸勁を叩き込もうとした刹那、レーザーポインターよろしく的確に姿を捉えたイヴが、彼女の腹部にワンインチよりも速く、そして強烈な拳撃を叩き込む。
「ぐぅっ……!?」
 信じられないといった様子で、彩は目を見開く。
 何故イヴが自分のスピードを見切る事が出来たのか……今の彩には理解する事が不可能であった。
「これは……お前や梨杏、スバルが協力してくれたおかげでモノに出来た心眼だ。心眼は目に捉えられぬものを捉え、心の中に実像を映す」
 イヴの秘策……それがこの心眼だった。
 かつて、フェイト────正確には彼女に憑依したスタッグビートルサイクロプスによって両目を傷付けられ、目が見えなくなったときに修練を重ねて会得した『術』である。
 最も、心眼を修得する時に協力してくれた彩に使う日が来るとは思わなかったが。
 つくづく、自分の運命を勝手気ままに弄ぶ神とやらに唾を吐きたくなっていた。
「あっ……あぐぅぅ……」
 腹部を双手で抑える彩は、口腔が覗くほど大口を開けて苦しみむせぶ。
 身体はくの字に折られ、背中を丸めている様は拳撃の威力そのものを示す。
 それに伴い、床を踏み鳴らす音がエントランスに響いた。
 彩が後退した所為である。
「はぁぁぁぁぁ………」
 動きを止めた彩を見て好機と踏んだイヴは、静かな息吐きの後、速射砲のような正拳の乱打を彩のボディに叩き込む。
 銀色の強化皮膚で覆われた拳が、彩の腹部、胸部といわず無作為に殴り付ける様は、容赦という文字が浮かばない。
 イヴも本気だったのだ。
「おらぁっ!!」
 殴打のラッシュに次いで繰り出されるは、中野洋子直伝のミドルキック。
 腰と軸足の回転を活かした蹴りは、やはり強化皮膚の力によって戦車装甲すらも容易にへし曲げる威力を誇る。
「あがぁっ!?」
 彩の動作速度を越えた遷音速で放たれる白銀の軟鞭。
 それによって脇腹を抉られ、小柄な身体を吹き飛ばされた彩は───その衝撃に抗う事もなくエントランスホールの壁に衝突すると、コンクリートで作られた壁は凄まじい破砕音を轟かせて瓦礫となり、彩はその中に埋没してしまった。
「あははは……やっぱり強いね、仮面ライダーイヴ。これならトライバル・エンド様が警戒する訳だよ」
 濛々と粉塵の白煙を上げる瓦礫の山から這い出し、彩は服に付いた埃を掌で払う。
 必要以上にレース生地やフリルをあしらったダークカラーのドレスが所々破け、そこから覗く柔肌を模した白い人工皮膚も破損してクロームメタルの装甲が剥き出しになっていた。
 しかも、衝撃によって内部器官も故障したのか全身からはプラズマが発生。
 内部の大半は、臓腑ではなく人工臓器を詰め込まれてはいるが、脳髄の中枢神経には半導体を埋め込み、末端神経には配線を張り巡らせている。
 それだけでなく身体のあらゆる部位に電子デバイスを搭載している故、至るところから漏電してしまったのだ。
 だが、彩はさほどダメージは無いといった様子で───そう見せているだけかもしれないが───呼吸を正す。
「でも……ボクに格闘戦を挑むのは失敗だったね」
 依然、総身に紫電が駆け巡っていながらも不敵に唇を歪ませて、彩は再び構えた。
 利き手、利き足を前に出した半身の構え……それは幾度となく見てきた彩のスタイル。
 それが今、自分を標的として拳を向けられている。
「……失敗かどうかは、やってみなきゃ分からねぇだろ!」
 イヴもまた、拳撃を繰り出そうとして駆け出すが、対して彩は助走を付けてから弾丸よろしく疾走。
 そして急激に身を倒し、スライディングで床を滑りながらイヴの脚を刈る。
「くっ!?」
 足下を掬われバランスを崩したイヴの体躯が、ふわりと宙を舞い、床に落下した。
 息付く暇なく、立ち上がった彩は倒れ込んだイヴの腹部に踏み蹴りを叩き込もうとするが、咄嗟の判断でイヴは転がりながら踏みつけを躱す。
 辛うじて避けた一撃に安堵しつつ片膝を付いてから身を起こすが、彼の眼前に待っていたのは、彼女の蹴りだった。
「がふっ!?」
 顔面を直撃したのは、計り知れないパワーを秘めた彩の得意技、サイドキック。
 パンプスの靴底が鮮やかにクリーンヒットした衝撃で、イヴの仮面に皹(ひび)が入った。
 幸か不幸か、衝撃は仮面で留まった為、強化皮膚のマスクに覆われた頭蓋や脳に影響は無かったが、精密危機である複眼が割れてイヴの視界に灰色の砂嵐が映り込んでしまう。
 のみならず、どうやらサウンドウェーブレーダーも故障したらしい。
 耳障りなノイズが彼の聴覚を襲った。
 サウンドウェーブレーダーとは、文字通り音波を感知する為の人工器官であり、イヴだけでなく他のサイクロプスシリーズにも内臓されている。
 このサウンドウェーブレーダーは、半径20メートル以内のあらゆる物音の音波を拾う事が可能で、範囲内であれば僅かな音でも聞き逃す事はない。
 どんなに離れた距離でも草木の擦れやサイレンサーによって音を消された銃声、果ては電子音から小動物の息遣いまでも聞き取る事が出来るのだ。
 故に、それの故障はイヴにとっては致命的たるものだった。
 心眼は目で捉えられないものを捉えるといっても、大半は視覚に頼る事を放棄して、聴覚と触覚を最大限に研ぎ澄まさなければ為せぬ技術だからである。
「クソッ……」
 サウンドウェーブレーダーを自己修復すべく、慌てて内臓されているリカバリーシステムのアクティベートを試みるが、その隙に彩は蹴りのフォロースルーから体勢を立て直して高々と跳躍していた。
「せーの……やぁぁぁぁっ!!」
 垂線を描いて飛翔する彩が、フィギュアスケートのショットガンスピンのように身体を旋回させてイヴの側頭部に後ろ回し蹴りを放つ。
 スカートの裾を翻して放たれるそれは、先程の意趣返し。
 イヴの蹴りに比べれば威力は劣るものの、やはりそのスピードは折り紙付きといえる。
「おわぁっ!?」
 幸いにも、幼少時の空手経験によって培われた防衛本能が働いたイヴは、彩の踵を片腕のみでガードするが、衝撃を緩和させるまでには至らず。
 身体が床を擦るほどの高度で弾かれる。
 その距離、およそ五間。
 あわや中央の柱に右半身を叩きつけられるといった寸前、イヴは前転受け身の要領で鞠のように床を転がって衝撃を分散する。
 そして、その勢いを殺す事なく床を蹴って立ち上がった。
「言った通りでしょ? ボクに格闘戦挑むのは失敗だって。だってボクこんなに強くなったんだもん」
 着地後、ピンク色の舌を出して笑う彼女は、相変わらず自分の力を誇示するかのように言い放つ。
 以前までの彩なら、例え自分の力量が相手に勝っていようとも、それを鼻にかけるような事は無かった。
 だが今は、与えられた力を振るって驕り高ぶった様相を見せている。
 闘士としては愚かな事甚だしい。
 かつて純真なまでに強さを追い求め、自らを錬成していた努力家の美島彩はもういなかった。
「強くなった? 笑わせるんじゃねぇよ」
 真っ向から彩を見据えるイヴが、侮蔑も露に失笑する。
「……どういう意味?」
「俺が知ってる彩はな……もっと真っ直ぐで、もっと純粋な拳を打ってきた。でも……今のお前にはそんなもの微塵も無い」
「だから何なの?」
「分かってねぇみたいだから単純に言ってやる……今のお前の腐れきった攻撃なんざ、欠伸が出るほど簡単に捌けんだよ!」
 反響する一喝。
 それを聞いた彩の相好が、憤怒の色に染まる。
「そんな身体で言ったって何の説得力も無いよ!!」
 今度は彩の怒声が跳ね返ってきた。
 眦を決して再び見せるは残像を残した早駆け。
 極限まで強化された腿力の伸びを効かせて間合いを詰める。
「はぁぁぁぁっ!!」
 烈帛の気合いとともに放たれるは、胸元に照準を定めた縦拳の直突き。
 しかしイヴは、その縦拳を空手の中段受けで事もなげに防ぐ。
「う、嘘っ!?」
「だから言っただろ? 簡単に捌けるってなぁ!!」
 会心の一打を綽々といった様子でガードされて愕然としている彩を尻目に、イヴは彼女の首の後ろに手を回して上体を無理矢理引き寄せると、鳩尾に膝を突き刺した。
「げほっ、げほっ……あがっ……ぐぅぅ」
 鋭角に曲げた膝蹴りで急所を刺された彩が、とうとう両膝を付いて咳き込む。
 先刻、壁に激突した際のダメージで身体の内部を故障した彼女にとってそれは、拷問にも匹敵する責め苦であった。
 体内が全て人工臓器とはいえ、人体を模したそれは無論精密なもの。
 天文学的数値を叩きだす衝撃を与えれば、確実に内傷は被る。
「うっ……うぅ……」
 イヴの胸元まであるかどうかの矮小な体躯を震わせて立ち上がる彩は、もうダメージを隠しきれなかった。
 だが、人形細工のような容貌を歪ませながらも彼女は両拳を握る。
「ボクの攻撃……簡単に捌けるんだよね? なら、これでもそんな事言えるの!?」
 叫んだ刹那、両腕に嵌められた手枷と巻き付いた鎖──神経回路のリミッター的役割を果たしているそれを外し、双手から縦拳の連撃を繰り出す。
 詠春拳という中国拳法の技術、連環拳──チェーンパンチだ。
「くぅ……!?」
 その名の通り、連ねる鎖の如く次々と暇なく繰り出される攻撃は、一呼吸の間に二〇を越える手数。
 辛うじて、イヴはその拳撃の嵐をパーリングで弾き続ける。
 既に動体視力の限界を超えているそれを、砂嵐混じりのモニターでは捉えるのにも一苦労。
 視覚も聴覚も不便である今は、腕のみで感じる触覚を駆使するしかなかった。
 リミッターを解除された彩の拳は、速度も圧力も先ほどとは比にならない。
 もし、その拳撃が触れれば、彼の人工皮膚もろとも身体を貫通せしめるだろう。
 無論、集中力を切らす事など許されない状況ゆえ、言葉を発する余裕は無かった。
 まさに一髪千鈞を引く鬩ぎ合いである。
“このままじゃ……埒が開かねぇ”
 内心で歯噛みしながらも、イヴは付け入る隙すら見つけられず、ただ全神経を集中させて彩の拳撃のスピードに必死で食らい付いていた。
 間断なく繰り返される打撃と捌きの応酬。
 しかし、終焉は二人の思わぬ形で迎える事となる。
「うっ……ごぶっ!?」
 それは、全く予想だにしなかった状況。
 突如として、彩が口からぐぐもったうめき声を発するとともに、口腔から夥しい量の血を吐き出した。
「───!!」
 五月雨の如く続いた攻撃が止むと、イヴは眼前の状況に無言の驚愕。
 突然の喀血は、声を出すことすら忘れさせるほどに衝撃的だった。




「もうリジェクションが……」
 エントランスホールから離れたラボのモニターで、イヴと彩の交戦状況を見ていたシークが想定外の事態に血相を変えて椅子から立ち上がる。
 リジェクション──サイクロプスが血液を交換しなければ引き起こされる拒否反応。
 サイクロプスは不完全な存在であるため、定期的に全身の血液を交換しなければ改造された身体に拒否反応が起こり、やがて死に至る。
 それがリジェクションだ。
 それは、肉体を改造するという自然の摂理に背いた事への代償。
 改造されたものが背負わねばならない苦しみである。
 だが、解せない。
 彩は零次が来る一時間前に血液交換を行ったはず。
 リジェクションが起きるにしては、余りにも早過ぎる。
「……どういう事ですか? シーク」
 剣崎達の所から帰還してきたトライバル・エンドが背後に現れ、シークに冷然とした声を浴びせる。
 プログラムは完全にしておけと命令したにも関わらず、この事態を招いた事に静かながらも確かな怒りを表しているようだ。
「プログラムは完璧なはずです……ミスも全て修正して何度もデバッグを行ったのですから」
「では何故、あんなにも早くリジェクションが起こっているのです?」
「恐らくは……被験者の身体に問題があったのでしょう」
「身体に問題?」
「被験者の身体は、同年代の少女に比べて発育が不十分です。その為、改造を施した後の負荷が大き過ぎてリジェクションを早めてしまったのかもしれません」
「所詮は失敗作……という事ですか。私の眼も曇りましたね」
 嘆息しながらトライバル・エンドは、ラボの棚に置いてあった一つのガラス製カプセルを手にする。
 容器を満たす緑色の液体に浸っているのは……改造手術の際に摘出した彩の子宮。
 ヒューマンサイクロプスの実験が成功すれば、彼女の卵細胞からクローンを生み出し、ヒューマンサイクロプスの尖兵隊を作ろうと考案していたのだが、オリジナルが失敗作という結果が出た以上、もはや必要の無い『ゴミ』と化した。
「フンッ……」
 トライバル・エンドが鼻を鳴らしてカプセルを床の上に落とすと、粉々になった容器から液体が飛散。
 それと同時に、子宮が外気に晒された。
 その子宮を……トライバル・エンドは無造作に踏み潰す。
 ぐちゃっ……という蛙を潰した時に聞こえるあの嫌な音がラボに響き渡ると、子を宿す為の器官……女性の象徴は、彼の足元で無残な肉塊と化した。
「後で処分しておいて下さい。邪魔ですからね」
 その様相を確認するまでもなく部下にそう告げると、彼は次なる素体を探すため、研究所から霞となって姿を消した。



    【PART-Bへ続く】

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