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頂き物小説
彩 Aya 別章  『漆黒の風神』(前編) 

彩 Aya 別章
 『漆黒の風神』(前編) 

 北関東の中核市として栄える街、明野宮市・・・・・・この街に存在する一つの大衆娯楽、ストリートファイト。
 街の大通りや繁華街、駅前ロータリー、公園、資材置き場、バスケットコート、果てはサウンドクラブのダンスホールや廃工場、ゲームセンターなどをリングとして、一対一の喧嘩が展開される。
 ルールは簡単。素手のみならどんな手を使っても相手を倒せば良いだけ。
 どちらかが戦闘不能に陥った時、勝負が決まる。
 フルコンタクトというのも愚かしい試合形式────バーリトゥードの世界だ。
「やぁぁぁぁぁっ!!」

 夜のアーケード街、オリオン通りの中央でスカジャンを着た童顔で小柄な少女が、その容姿とは不釣り合いな烈帛の気合いと共に対戦相手である少女の顎を掌底でかち上げる。
「がふっ───!?」
 長い髪をヘアゴムで束ねた上下トレーニングウェア姿の少女は彩の強烈な一打によって見事なまでに大きく仰け反り、アスファルトの上に大の字になって倒れ込んだ。
「ウィナー、彩ぁ!!」
 立ち会い人の青年が勝者の名を高らかに叫ぶと、既に営業時間を終え、シャッターで閉め切られた店が立ち並ぶアーケード街が二人を囲む群衆の咆哮によって激しく揺らぐ。
「O.K!!」
 この明野宮市で無敗のストリートファイターと呼ばれる少女、美島彩は被っていた黒いアポロキャップを取って真上に投げ飛ばし、勝利の喜びを身体全体で表現していた。
「相変わらず連戦連勝ね」
「当然ですよ〜路上は〜美島さんのホームグラウンドなのですから〜」
 彩の闘いを群衆の中から観戦していた極東空手を使う少女、海堂柚華と明野宮海凰女子学院の生徒会長でムエタイ使いの少女、陽咲ちよりは対戦相手を悉く打ち倒す彩の姿を見て互いに頬を緩ませている。

 かつて彩と壮絶な闘いを繰り広げた彼女達も、戦友の勝利というものは嬉しいのだろう。
 試合と稽古の時以外はポーカーフェイスを崩す事の無い柚華でさえ、今は柔らかな笑みを浮かべていた。
「よーし・・・・・・次、彩とやりたい奴いないか〜?」
 先刻の試合の興奮が冷めやらぬ間に、青年が群衆を見回しながら次の対戦相手を探し求めるが、挙手する人間は誰一人としていなかった。
 無理も無い。今日で既に十数人以上もの相手を彩が全て倒してしまったのだから。
 それを見ていれば誰もが尻込みしてしまうのは仕方の無い事である。
 分の悪い喧嘩にわざわざ玉砕覚悟で挑む程の胆力を持つ人間はそういない。
「ほんなら、うちがやってええか?」
 しばらくして、静まり返ってしまった群衆の中から一人の少女が手を挙げると、皆一斉にその少女へと視線を集める。
 艶やかな光沢を放つ黒髪をショートカットに切り揃えた少女は、ジッパーを胸元まで開けたアバクロのトラックジャケットにネイビーカラーのクラッシュデニムパンツ。

 足にはリーボックのスニーカーを履いたスポーティーな格好で、両手には赤黒い血痕や汗が染み付いて変色したバンデージを何重にも巻いていた。
 ガラス細工のように繊細な印象を受けるその手に巻かれたバンデージは、随分と不釣り合いに見える代物だが、相当使い込んでいるのか布地の所々がほつれて痛み、いつ切れてもおかしくない位ぼろぼろになっている。
 年頃は見た目からして十六か十七・・・・・・少なくとも二十歳までは行っていないだろう。
 一六〇センチを越える長身で、ファッション雑誌のモデルとして掲載されても何ら違和感が無い程端正な容姿だが、垂れ掛かる黒い前髪から覗く真紅の瞳は野心に満ちているのか、ぎらぎらとした鈍い光を宿していた。
「あぁ、いいぜ。じゃあ前に出な」
 立ち会い人の青年が意気揚々と手を挙げた少女を中央に来るよう促すと、少女はふっくらとした厚みのある唇を三日月に吊り上げ、地面に落ちたアポロキャップを拾い上げている彩に向かってゆっくりと歩いていく。
 背筋を伸ばして大股で歩くその様は威風堂々としており、端から見ても十分自信に満ち溢れているのが分かった。
 恐らく、相当腕に覚えがあるのだろう・・・・・・そうでなければ先刻の闘いを見ても尚、わざわざこの無敗のストリートファイターに挑むはずが無い。
「・・・・・・ん?」
 柚華は彩の前まで悠然と歩を進めるその少女を見ると、涼しげな印象を受ける切れ長な目を細めて訝しむ。
「ねぇ、ちより・・・・・・」
「何でしょうか〜? 海堂さん〜」
「あの娘・・・・・・どこかで見た事無い?」
「はい〜?」
 柚華の言葉を聞き、相変わらず間延びした口調のまま少女の顔に視線を置いたちよりが優しげな垂れ目を何度も瞬かせて少女の姿を凝視する。
「あぁ〜・・・・・・あの方は〜中野洋子さんですね〜」
「中野・・・・・・洋子!! 何であの娘が!?」 
 ちよりの口から紡がれた名前を聞き、柚華は驚愕の表情を浮かべる。
 中野洋子───かつて女子高生プロボクサーとして彗星の如く現れ、世間を賑わせたものの、デビュー戦の際に対戦相手であり恋人でもある大滝加奈を不慮の事故で再起不能にしてしまい、女子ボクシング界から姿を消した少女。
 その後の消息は、彼女のクラスメイトや地元の友人、家族すらも掴めず行方不明者扱いとして警察に捜索願いも出ていた。

 風の噂では、都内にある地下闘技場で連勝し、賞金を稼ぎ回るバウンティハンターとなっている───という話が一部で流れている。
 かつて華やかな表舞台に立ち、女子格闘技界を賑わせた時の人が何故この路上喧嘩の舞台に現れたのか・・・・・・・・・?
 その答えを知りうる人間は誰もいない。
「アンタがこの街の王者か。噂には聞いとったけど、随分こまいんやなぁ・・・・・・」
 対峙した彩の体躯を見て洋子はわざとらしく驚いたような表情を浮かべるが、直ぐに唇を真一文字に結んでボロ布と呼ぶにもおこがましいバンデージをそっと撫でる。
「うん? こまい・・・・・・ってどういう事?」
 初めて聞く単語に彩は可愛らしく小首を傾げて洋子を見つめた。
「こまいってのは関西の方言で、ちっこいって意味や」
 関西弁特有の語尾が下がるイントネーションで洋子は彩の疑問に答える。
「そうなんだぁ・・・・・・有り難う、勉強になったよ! えっと・・・・・・」
「うちは洋子、中野洋子や。今日は一つよろしくな。無敗のストリートファイターさん」
 言葉に詰まる彩の胸中を察してか、自分の名前を教えると洋子は腰に手を当てて胸を張る。
「うん! よろしくね」

 一歩間違えれば横柄とも取られてしまうような洋子の自信に満ちた態度に対し、彩は無邪気な笑顔で大きく頷く。
「はぁ・・・・・・何や気ぃ抜けるわぁ。ホンマにあの極東の荒武者を倒したんか?」
「はぇ? 柚ちゃんの事知ってるの?」
「あぁ、よう知っとるよ。極東空手の海堂柚華だけやなしにムエタイの陽咲ちより、ボクサーの天嗣朔夜、そして柔道金メダリスト候補の宮城真央・・・・・・みんな高校生やけど有名どころばっかりやからなぁ・・・・・・それが無敗のストリートファイター、美島彩に敗けたっちゅうんは流石のうちでも悪い冗談にしか聞こえへん」
「そうなんだぁ・・・・・・でも、柚ちゃんや真央ちゃん、ちより会長、さっちゃんも皆凄く強かったよ。ボク本当に負けそうになったし、ちより会長には心臓止められそうになってたもん」
「勝負の過程はリアルタイムで見てへんかったからよう知らん。あくまでうちは噂を聞いて知っただけや・・・・・・喧嘩屋が闘技やっとる実力者を悉く打ち倒したって噂をな・・・・・・」
 そこで言葉を区切ると、洋子は両拳を顔の前に持っていき、身体と首を真っ直ぐにしてアップライトスタイルに構えた。
「──だからこそ、うちはその噂が本当かどうかをこの目で確かめる。その為にわざわざ東京からこっちに遠征しに来たんやからな。失望させんといてや」
「うん、分かった・・・・・・じゃあ洋子さん、ボクも全力で行くよ!!」
 構えた状態から鋭い眼光で自分を睨んできた洋子に対し、彩も表情を引き締めてから右手右足を前に出した半身の構える。
「じゃあ二人とも、準備はいいか・・・・・・?」
 対峙する二人の中央に立った立会人が洋子と彩を交互に見据え、闘いの意を確認すると二人はほぼ同時に小さく頷いた。
「じゃあ行くぞ・・・・・・レディ、ゴー!!」
 立ち会い人の声と共に、彩と洋子は互いに上体をリズミカルに揺すり、足を小刻みに動かしながら軽やかなフットワークで徐々に間合いを詰めていく。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 一歩、また一歩と接近する二人は相手の正面に立たないよう、じりじりと側面に回り込む要領で動いていき────洋子が彩の左側に行けば、彩は洋子の右側に移行する────という探り合いが数十秒間に何度も行われていた。
「ふっ!!」
 そして、二人が打撃に於いての射程圏内に入った刹那、彩は僅かな息吐きと共に得意のビルジー・・・・・・目突きを放つ。
「────ッ!!」 
 下方から伸びてきて眼球の前まで差し迫った彩の指先に対し、洋子は絶妙のスウェーでその突きを躱す。
 洋子の構え、アップライトスタイルはクラウチングスタイルとは違って上体を動かしやすいため、防御の際はスウェーなどを使って相手の打撃を躱すのがセオリーだ。
「いきなり目ぇ突きに来るとは・・・・・・さすがに喧嘩のやり方知っとんなぁ」
 両拳をしっかり上げて顔面へのガードを忘れずにスウェーの体勢から上体を戻した洋子は、先制攻撃を外して身体が流れた彩へと間髪入れずに右ストレートを放つ。
「フッ!?」
 ビルジーを楽々と躱され、カウンター気味に来た右ストレートをラプサオという中国拳法独特のディフェンステクニックで洋子のストレートを危なげなく捌き、それと同時に腕を掴んで洋子の身体をコントロールする。
 そして、相手の勢いを殺さぬよう、彩は自分の方に向かってくる洋子の体を手前に引き寄せると鼻と口の間にある急所、人中に狙いを定めて縦拳を放った。
「───ちぃっ!!」
 この状態ではヘッドスリップを使ったとしても彩の縦拳を躱しきれない────そう判断した洋子は、やむを得ず顔に意識を集中させて拳を頬で受けた。
 ゴツッという鈍い音が響き渡るが、打点をずらした上に意識を集中させて打撃を迎え入れた為、さほど痛みは無い。
「はぁっ!!」
 薄いレザーグローブが嵌められた拳を自分の頬に打ち込ませたまま、洋子は彩のこめかみにショートフックを打ち込む。
 パンチの威力を発揮させるには余りにもストロークが足りないが、急所を的確に打てば多少なりともダメージを与える事が出来る。
「うっ!?」
 テンプルに感じる重い拳の衝撃と鈍痛からか、彩は眉間に深い皺を刻んでぐぐもった呻き声を口から漏らし、身体が僅かによろめくが、脚に力を込めてこの衝撃に耐える。
「くぅっ・・・・・・」
「うぅっ・・・・・・」
 ファーストコンタクトの打撃はパワーで勝る洋子が押しているものの、彩も負けてはいない。
 互いの拳を頬とこめかみにめり込ませたままの状態から二人は素早く自分の拳を引き戻し、瞬時にバックステップで後方へと飛び退くと再び元の間合いへと戻った。
「そのちっこい身体でようやるわ・・・・・・スピード、テクニックはウチが太鼓判押したる。けどな・・・・・・パワーが足りひんで!! 彩ちゃん!!」
 すかさず洋子はローラーブレードでも履いているかのような滑らかな足捌きで間合いを詰め、スナップを効かせた鋭いローキックを放つ。
「あぐっ!?」
 倒すためのローではないが、身長もウェイトも圧倒的に優位に立つ洋子にしてみれば、小柄な彩に十分なダメージを与える事は可能だ。

 洋子の足先が彩の大腿にぶつけられると、デニムスカートから伸びた細足が浮き上がって片足立ちになり、傾いた案山子のように不恰好な体勢になってバランスを崩してしまう。
 洋子にしてみればあくまで牽制の為に放った軽いローキックだが、ウエイトが二〇キロ以上も違う彩にとってそれは、足払いのような感覚を受けているはずだ。ストライカー同士の攻防というのは、時に体格差が残酷な現実を物語る事がある。
 もし、彩がグラップラーであったならタックル、掴み、投げ、サブミッションを駆使して洋子との体格差のハンデを幾分か無くす事は出来ただろう。
 だが、彩は生粋のストライカー。
 インファイトに於いては一日の長がある洋子に打撃の打ち合いを挑むのは、余りにも無謀といえる。
「やぁぁっ!!」
 右の大腿に痺れるような鈍い痛みが走るのも構わず、彩は腰を落としてから洋子の鳩尾目掛け、真っ直ぐに掌底を打ち込んだ。
「おぶっ!!」
 人体の急所をピンポイントで打つと、彩は間髪入れずに胸の前へと掌を移動させてから腕を鞭のように振るい、ウイップショットで洋子の耳を叩く。
「ぎゃうぅぅっ!?」

 鼓膜に強烈な衝撃を与えられた洋子は左手で鳩尾を抑えながら右手で耳を塞ぎ、僅かに後退するものの、それを追い掛けるかのように軽快なフットワークで接近すると洋子の襟に指を引っかけて強引に引き寄せ、駄目押しの膝蹴りを股間に突き刺す。
 格闘技では反則と見なされるローブローを躊躇なく出来る辺り、かなりえげつないが、それは実戦というものを熟知している闘士だという証拠だ。
「あぐぅぅぅぅぅっ!!」
 恥骨に固い膝頭をあらん限りの力でぶつけられた洋子は、たまらず右手で股間を抑えてアスファルトに転げ回った。
 流石の洋子とはいえ、ここまで思いっきり股間を蹴られたのは生まれて初めてだろう。
 額に脂汗を滲ませ、悶絶しながら顔を歪めている姿は、その蹴りがどれほどの激痛をもたらしているのかを如実に物語っている。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・パワーが無くったって・・・・・・ボクにはお母さんから教えてもらった闘い方がある!!」
 頬を伝う汗もそのままに、指貫きタイプの革手袋がギチッという音を立てるほどに拳を握り締め、それを四つん這いになっている洋子の眼前に突き付けた。

「くぅ・・・・・・調子乗んなやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 二、三回ほど大きく深呼吸して痛みを緩和させてから、激昂した洋子は立ち上がり、強烈な左右のストレートを彩の顔面に炸裂させて、畳み掛けるように右のハイキックを繰り出す。
 ボクシングがホームグラウンドであるはずの洋子が、ここまで綺麗なフォームで蹴りを放てるという事は、彼女がボクシング界から姿を消した後、何かしらの闘技を会得したのだろう。
 軸足が全くブレておらず、力みなく膝のスナップを効かせて脛全体をぶつけるハイキックは彩の側頭部を鮮やかに捉え、洋子はインパクトの瞬間に身体の力を淀みなく蹴り足に伝えて、そのまま思いっきり脚を振り抜く。
「あがぁっ!?」
 並の格闘家を凌駕する程の破壊力を秘めた左右の拳撃を顔面に喰らってガードが間に合わなかった彩はキックボクサー顔負けのハイキックをこめかみに受けてしまい、崩れるように顔面から倒れてしまう。
 無敗のストリートファイターのダウン・・・・・・それはギャラリー達を愕然とさせるには充分な光景だった。
「ひとつだけ教えといたる・・・・・・小手先の技術に頼りきったファイトスタイルは、やり続ければ闘技の本質を見失うで」

 先刻のお返しといわんばかりに、今度は洋子がダウンした彩に向かってバンデージが巻かれた拳を突き付ける。
「ぐっ・・・・・・うぅ・・・・・・小手先・・・・・・・・・なんかじゃない・・・・・・」
 絞り出すような掠れた声を洩らして両腕をアスファルトに付き、彩は総身を震わせながら立ち上がろうとする。
 スカジャンの下に隠れている格闘に不向きとしか言い様の無い華奢な腕を支えにし、次いで両足を地面に付けてからやっとの思いで立ち上がるが、先程のハイキックが効いているのか足元がおぼつかない。
「さよか───まぁそう思っとるんならええやろ。うちは人の闘い方にケチ付けるつもりはあらへん。けどな・・・・・・」
 その言葉を言い終えた一刹那の間に、洋子の姿が黒い残像を残して彩の眼前から消えた。
「────えっ!?」
 彩がその光景を見て呆気に取られた時には、バンデージを巻いて固めた拳が既に彩の頬を撃ち抜いていた。
 しかも、その一打に留まる事なく、洋子の両拳は幾多もの残像を描いて迸り、彩の顔面を殴打していく。
「・・・・・・そのままやったら彩ちゃん、いつか大切なもん失のうてしまうで」
 僅かに開かれた口から吐息も同然の呟きを洩らす洋子は、その容貌を悲しみの色に染めて伏し目がちになっていた・・・・・・だが、彼女は手を一切休める事なく、文字通りマシンガンよろしく無慈悲な連打を彩の顔面とボディに浴びせていく。
「───あれは!?」
 二人の闘いを見ていたちよりが突如、洋子の動きを見て珍しく神妙な面持ちになっていた。
「まさか!?───ファントムブレイク!!」
 洋子の両拳から繰り出されるパンチラッシュを見た柚華もまた、顔色を失くしている。
──ファントムブレイク。
 有酸素運動でもあるラッシュを無呼吸のまま行い、心肺機能が臨海を越えるまで無数を打撃を浴びせ続けて確実に相手を屠る、いわば必倒絶技。
 迅速な動作から繰り出されるその技は対戦相手を確実にK.Oするために開発されたものだが、その代償として心肺を必要以上に酷似しなければならない為、身体に大きな負荷が掛かってきてしまう。
 なので、ファントムブレイクはあくまで相手を完全に倒す為に使うもの・・・・・・つまり、切り札としての技なのだ。
 勁捷に、そして強烈に放たれる一陣の突風の如き連環は、最早尋常な格闘技のそれではない。
 奔らせた拳が風を生み、常識を越えた瞬発力で躍動する洋子の姿は・・・・・・まさに風を司る風神と呼ぶに相応しかった。
 例えるならそれは、かぐろい影とともに風を作り出す・・・・・・漆黒の風神。
「がっ・・・・・・!? あがぁっ!! うぐぅっ!? ごふぅっ!!」
 サンドバッグ───────その言葉通り、彩は機関銃の如き速さで繰り出されるおびただしい数の拳撃に打たれたまま、ガードすることすら出来ずファントムブレイクの的になっていた。

「これで・・・・・・フィニッシュや!!」
 とどめとして、洋子は天を突くように腕を高く突き上げたロングアッパーを彩の下顎目掛けて放つ。
「あがぁっ───!!」
 芸術的ともいえるアッパーカットで顎を打ち抜かれた彩は、その四〇キロにも満たない小さな身体を宙に投げ出されれまま高々と浮き上がり、そのままドサッという音に伴って背中からアスファルトに落ちていった。
 それだけでなく、彼女のトレードマークである黒いアポロキャップも天高く吹き飛ばされた後、持ち主の傍らにゆっくりと舞い落ちていく。
「彩ぁぁぁぁぁぁっ!!」
 悪夢・・・・・・群衆の中から見ていたちよりと柚華にとって今の光景は、正にそう言えるだろう。
 自分達に勝利した少女が、目の前で車に撥ね飛ばされたかのように放物線を描いて宙を舞っているのだから。
 先程までは盛り上がりを見せていたギャラリー達も声を失くし、いつしか静寂を取り戻していた夜のアーケード街に、柚華の悲痛な叫び声が木霊していた。



        【続く】

あとがき

前回の投稿したものを読み返してみたら余りにも誤字脱字が多すぎた為、ひらひらさんに無理を言って改めて修正版を投稿させて頂きました。

ひらひらさん、有り難うございます。

とりあえず前編はここまでにして、次は彩と洋子の決着が付く後編を投稿します。
それでは


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あきゅろす。
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