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ひらひらの小説
氷室舞那VS来栖真麻
氷室舞那VS来栖真麻


氷室舞那、現役女子大生にして、プロデビュー2年目のプロボクサーである。
舞那は久しぶりに決まった試合に向けて意気込んでいる。

「ごめんね。 みんなに協力してもらっちゃって」
「舞那、あんたねぇ・・・ あんたの言う『協力』ってのはうちの部のフライ級の選手を全員ボコることなのかい・・・?」

舞那に詰め寄りながらそんなことを言っているのは舞那の友人で舞那の通っている女子大のボクシング部の部長でもある、岬祐希奈である。

「いや〜 試合前だからいろいろナーバスになっててさ〜」
「ナーバスって言葉が聞いて呆れるわよ・・・ ほら、みんなもいつまでもへばってないで練習練習!」

祐希奈が発破をかけると先程までダウンした状態で項垂れていた数名が起き上がり、自分の練習を再開していく。
それを見届けた舞那は軽く詫びると部室を後にした。

そして、自分が所属する氷室ジムに着くと着替えてからすぐに練習を開始していく。

「よぉ、舞那ちゃん! 久しぶりの試合だから精が出るねぇ!!」
「舞那ちゃん、あんま無理すんなよ。 このあと、バイトあるんだろ?」
「舞那ちゃんは大丈夫でしょ。 あんだけハードトレーニングをこなした後で平然とバイトに行けるんだから」

舞那は好き勝手なことを言っているジムメイトの男性達の声に耳を貸さずに練習を続けていく。
もともと、舞那は幼い頃から父親や比較的付き合いがあるの親類、特別仲のいい友達以外の男性が目に入らないのである。
正確にいえば、それ以外の男性は何かのものにしか見えないらしい。

「おいおい、お前ら。 うちの娘にちょっかい出してる暇があったら練習しろ」

舞那に話しかけた男性達に声をかけたのがこのジムの会長であり舞那の父親でもある氷室良輔である。
良輔は娘の舞那がボクシングをしているのは嬉しい反面、傷つきながらも近距離で打ち合う舞那のスタイルに困惑していたりもする。
良くも悪くも、過保護な父親なのだ。

「あっ、お父さん! ただいま!!」
「お帰り、舞那。 練習熱心なのはいいけどアルバイト先の人達に迷惑かけないようにしておけよ」
「もちろん!」

舞那は良輔の言葉に元気よく返事をすると再びサンドバックを叩いていく。
舞那がサンドバックを叩く音は重くリズミカルなものである。

練習を終えるとアルバイト先の居酒屋に向かい、仕事をこなしていく。

そして、そんな毎日を過ごしながらも激しいトレーニングをこなしていき、ついに試合の日が来た。
舞那も対戦相手の来栖真麻も計量は余裕でパスした。

「久しぶりのリング・・・ この踏み心地、最高・・・」

舞那は久しぶりに試合ができる感動を表すような笑顔を浮かべながら軽くシャドーボクシングをして、身体を温めていく。
この舞那の笑顔は身内からは『バトルジャンキー舞那』や『バトルスマイル』と呼ばれており、対戦相手からはその笑顔から自分のことを嘗めているのかと考えさせる。
しかし、今回の対戦相手である来栖真麻はそんな舞那の笑顔を反対側の青コーナーから見つめつつ、落ち着いているようだ。

「相手さん、結構肝が据わってるな。 舞那の笑顔を見ても表情一つ変えないしなぁ」
「それくらいの人の方がありがたいよ。 だって、楽しい試合になりそうだし」

良輔は舞那の言葉に苦笑する。
舞那はそんな良輔の様子に頬を膨らませ拗ねたふりをする。

「まぁまぁ。 そんなに膨れるなよ、舞那」
「ふーんだ」

良輔は拗ねたふりをしたままの舞那の頭を撫でることで宥めていく。
良輔に撫でられると舞那のバトルスマイルが蕩けたような笑顔に変わる。
というのも、舞那は極度のファザコンでもあるからだ。
今でもお嫁に行ってもいいと思っているほどなのだ。

「よし、機嫌治ったな。 そしたら、試合に集中しろよ」
「うん!」

舞那は良輔の言葉に頷くと鋭さを持った笑みを反対側のコーナーにいる真麻に向けた。
その笑みを見た真麻は怯むことなく、笑みを返していく。

レフェリーに呼ばれ、舞那と真麻はリング中央へと向かう。
二人はレフェリーからの注意を聞きながら相手の顔を睨みつけていく。

「今日の試合、楽しみにしてました」
「あたしもだ。 けど、勝つのはあたしだけどな」

二人とも相手の挑発に腹を立てることなく、不敵な笑みで相手を見つめていく。

「二人とも自分のコーナーに戻って!」

注意を終え、レフェリーが二人を自分のコーナーに戻らせていく。

赤コーナーに戻った舞那は良輔にマウスピースをくわえさせてもらいながら作戦を確認していく。

「舞那、1ラウンド目は様子を見てからインに行け。 いいな?」
「分かってるよ、お父さん」

舞那は良輔の言葉に頷くと真麻を見ながら集中していく。

ゴングが鳴ると舞那はフットワークを駆使して真麻を翻弄しようとする。
真麻は舞那のフットワークに怯むことなく、待ち構えていく。

「(なるほど・・・ 下手なアウトボクシングには付き合う気はないと・・・ 分かりやすくていいや!)」

舞那は真麻の様子に心の中でほくそ笑むと一気に真麻との距離を詰めていく。
真麻は舞那が近づいてくるとコンパクトな振りからの右ストレートを放っていく。

「甘い!」

舞那は左腕で真麻の右ストレートをガードするとすぐに右ストレートを真麻に返していく。
しかし、真麻も顔を動かすことで舞那の右ストレートをかわしていく。

「あんたこそ甘いね。 あたしはあんたより強いよ!」

真麻はそう言うとフェイントで舞那を惑わせ、右アッパーを舞那のボディに叩き込んでいく。
舞那は真麻のボディブローに口から涎を吐き出してしまう。

「がはぁ・・・」
「あんたはこの程度かい? がっかりだね」

真麻はそう呟くと右アッパーを舞那の顎に叩き込もうとしていく。
しかし、舞那は両手のグローブで真麻のアッパーを防いでいく。

「前言撤回だよ。 やっぱり、あんたは今までの相手の中で一番骨があるよ」
「ありがと。 けど、あなたも強いよ」

二人は少し距離を置き、ジャブの刺し合いをしながら話しかけていく。
真麻は今まであまり強い相手とは試合をさせてもらえなかったのだ。
モデル級のルックスであり、インファイトで傷つくことを恐れることなく闘う姿に真麻のジム側は真麻を女子ボクシングのヒロインに仕立てあげようと考え、弱い相手としか試合をさせなかったのだ。

「行くよ!」

真麻は叫びながら距離を詰め、左右のストレートを連打していく。
舞那は真麻の左右のストレートをガードしたりかわしたりしていくがそれでも少しずつ被弾してしまう。
しかし、舞那も左右のストレートを打ち返していく。

「んぶぅ・・・ かはぁ・・・」
「ぶほっ・・・ くぁっ・・・」

二人の口から涎と血、呻き声が漏れていく。
それでも相手の顔を殴るのを止めようとしない。

しかし、1ラウンド終了のゴングが鳴ると二人はお互いの拳を相手の顔の前で止め、自分のコーナーへ戻っていく。

赤コーナーに戻った舞那からマウスピースをもらうと良輔はセコンドに洗わせていく。
そして、舞那に1ラウンド目の手応えを聞きつつ、2ラウンド目の作戦を立てていく。

「舞那、来栖とやりあってどう感じた?」
「そりゃ、強いって感じたよ。 パンチ力も技術もある。 でも、絶対に勝てない相手でもないよ」

舞那の言葉に良輔は次のラウンドの作戦を考えていく。

「舞那、次のラウンドも来栖と打ち合ってこい。 お前のやり方を来栖に見せてこい」
「うん、お父さん!」

舞那は力強く答えると青コーナーにいる真麻を見つめる。

2ラウンド開始を告げるゴングが鳴ると真麻も舞那も勢いよくリング中央へ駆け出していく。

「さぁ、どんどん行くよ!!」
「おぅ! 来いよ!!」

二人が距離を詰めるとまた打ち合いが始まった。
もともと、インファイター同士の試合なのだから打ち合いになるのは当然の展開である。

「んぶぅ・・・ かはぁ・・・ (なかなか技術もパンチ力もある・・・ いいボクサーだけど負けてないわ!)」
「あぶぅ・・・ んぁっ・・・ (テクニックもパワーもスピードも半端じゃない・・・ このままじゃ・・・)」

迷いが生じた舞那の鳩尾に真麻の右アッパーがめり込んだ。
しかも、コークスクリュー気味のアッパーであったために深々とめり込んでしまっている。

「か・・・ かはぁ・・・」

舞那の口から涎がついたマウスピースが溢れ落ちる。
そして、舞那がリングに崩れ落ちた。

「ダウン! ニュートラルコーナーへ!!」

レフェリーが真麻にニュートラルコーナーに向かうように指示すると真麻は肩で息をしつつ、ニュートラルコーナーに向かう。
そして、舞那へのダウンカウントが始まっていく。

「1・・・2・・・3・・・」
「あがぁ・・・ げほっ・・・」

レフェリーのカウントは耳に入るものの、鳩尾に強打を受けた苦しさが舞那をリングに縫いつけてしまっている。

「はぁ・・・ はぁ・・・ (今のは久しぶりに綺麗に入った・・・ たぶん、氷室はもう立てないだろうな・・・)」

真麻は舞那の状態を見て、自身の勝利を確信した。
しかし、すぐさまその確信は打ち破られた。
何故なら、舞那がカウント8で立ち上がってきたからだ。

「できるか?」
「や、やれます・・・」

舞那はレフェリーの問いかけになんとか答えていく。
レフェリーが試合を再開させると真麻がとどめを刺そうとしていく。
しかし、そのために放った右ストレートは多少雑になっており、舞那はその右ストレートをかわすとカウンターの右ストレートを真麻の鼻っ柱に叩き込んだ。

「ぶへぇ・・・」

真麻は強烈な一撃に呻き声を上げながら後退していく。
しかし、ダウンすることはなかった。
舞那は後退した真麻をさらに追いつめようとするが先程のコークスクリューを受けたダメージからいつものフットワークを発揮できなくなっている。

「はぁ・・・ はぁ・・・」

舞那が真麻との距離を詰めた時にちょうど2ラウンド目の終了を告げるゴングが鳴った。
舞那と真麻はゆっくりと自分のコーナーに戻っていく。

ゆっくりと戻ってきた舞那をスツールに座らせると良輔は舞那の口からマウスピースを抜き取っていく。
舞那のマウスピースには血と唾液、少しばかりの胃液が付着している。
良輔はセコンドにそのマウスピースを渡すと舞那の身体中の汗を拭きながら指示を出していく。

「舞那、ボディは痛むか?」
「うん・・・ 結構、効いてる・・・」

普段は試合中に弱味を見せない舞那がこんなことを言うというのはそれだけ真麻のボディブローが効いているという証拠だろう。

「おそらく、来栖は次のラウンドもお前のボディを狙ってくるだろう」
「なんとなく・・・分かる・・・」

舞那は少し辛そうに良輔の言葉に同意していく。
喋るだけで痛みが走るのだ。

「だから、舞那は来栖の顔、できれば、鼻を狙え」
「了・・・解」

舞那はなんとか良輔の作戦に頷いていく。
舞那のカウンターが叩き込まれた真麻の鼻は真麻の今のウィークポイントになっているだろう。
だからこそ、狙う意味があるのである。
しかし、それは舞那のボディも同じことである。

「よし。 じゃあ、おもいっきりやってこい!」

良輔は舞那の背中を叩いてリング中央へと送り出していく。


3ラウンド目が開始されるが舞那も真麻も一定の距離を保ったまま、ジャブを放っていく。
お互いに相手が狙っていることが分かるので、なかなか踏み込めないでいる。
しかし、このまま手をこまねいていても埒が開かないのは理解しているため、距離を詰め、インファイトに持ち込んでいく。

「(さぁ、派手にやり合おうか・・・)」
「(やれるだけやるだけだよね・・・)」

二人は多少の不安を感じているがそれを飲み込み、打ち合っていく。
真麻の右フックが舞那の左脇腹にめり込めば、舞那の左フックが真麻の顔を歪めていく。

「んばぁ・・・」
「かはぁ・・・」

二人の口や鼻から血が吹き出していく。
しかし、それでもパンチを出し続けていく。
手を止めれば相手に一方的にやられるのは目に見えているからである。

その後も一進一退の攻防を繰り広げた。
そして、7ラウンド目が終わり、自分のコーナーに戻っていく。
しかし、接戦の代償として二人の目はほぼ塞がりかけ、顔は原形をとどめないほど腫れ上がり、ボディや脇腹は痛々しいほど赤黒い痣で埋めつくされている。

ふらつきながら赤コーナーに戻った舞那は用意されていたスツールに崩れるように座り込むとコーナーポストにもたれ、ロープに両肘を置き、呼吸を整えようとする。
良輔はセコンドに舞那のマウスピースを渡すとすぐに鼻に詰まった舞那の血を綿棒で抜き取ろうとしていく。

「ふがっ・・・」
「我慢するんだ、舞那。 鼻の中に詰まった血を少しでも取っておかないと・・・」

傷ついた鼻の中をかき回され、舞那が呻き声を上げる。
しかし、良輔はそれを理解しながらも次の最終ラウンドで娘に少しでも長く試合をさせてやりたいと心を鬼にして血を抜き取っていく。

「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」
「舞那、落ち着いて聞くんだ。 次のラウンドでこの試合は終わる」

良輔の言葉に舞那は荒い息を吐きながら小さく頷いていく。
それを見た良輔も頷き、最終ラウンドへの作戦を伝えていく。

「舞那、最後のラウンドは鈴城のコークスクリューへのカウンターを狙うんだ」

舞那には良輔の言葉の真意が分かるような気がした。
「はぁ・・・ はぁ・・・ 分か・・・ったよ、お父さん・・・」
「最後のラウンドだ。 おもいっきりやってこい」

良輔はそう言うとセコンドアウトの指示にリングの下へ降りていく。

そして、最終ラウンド開始を告げるゴングが打ち鳴らされた。
舞那と真麻はゆっくりと相手に近づくと至近距離で殴りあう。
二人はもはや朦朧とする意識の中で相手をKOすることのみを考え、拳を振るっていく。

「んぶぇ・・・」
「かはぁ・・・」

お互いの左右のグローブが自分の顔やボディに叩き込まれる度に二人は鼻からは血を流し、口からは血と胃液混じりの唾液を垂れ流していく。
しかも、度重なるパンチに二人の顔は腫れ上がり、腹部には赤黒い痣が無数に浮かんでいる。

「はぁ・・・ はぁ・・・ (このままじゃジリ貧だ・・・ 氷室に勝つにはあれしかない・・・)」

真麻は考えをまとめると少し後退し、右腕を振りかぶっていく。
しかし、舞那はほとんど見えない状態だが本能的に真麻の狙いを理解し、カウンターを狙っていく。

「おらぁ!!」

力を振り絞るかのような叫びとも真麻の渾身の右コークスクリューブローが舞那に迫ってくる。
舞那はかわしてカウンターを叩き込もうとしたが思うように身体が動かないことを察知し、クロスカウンターへと持っていく。

「んぁっ・・・」
「ぷへぇ・・・」

二人は強烈なクロスカウンターに口にくわえていた様々な液体で汚れたマウスピースを溢し、そのまま前のめりに崩れ落ちていく。

壮絶なダブルノックダウンを見て、観客達は一瞬呆けてしまうがすぐに大歓声を挙げていく。

「ダ、ダウン! 1・・・2・・・3・・・」

観客の大歓声に我に返ったレフェリーが二人へのカウントを取り始めていく。
しかし、二人の意識は飛んでいるのか、動く気配すらない。

「8・・・ 9・・・」

カウント9を数えた時、二人の身体が同時に震えたが結局10カウントで立ち上がることはできなかった。

二人の試合が終わってから数週間が経った。
二人の試合はダブルノックアウトという結果で終わった。
しかし、二人とも今度こそ自分が勝つと言い張り、猛練習に励んでいるらしい。

二人の再戦はいつになるか、分からない。
しかし、そう遠くない内に実現するだろう。


Fin



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