風の放浪者
其の8

 先程の冷たい雰囲気は、何処へやら。元に戻ったエリックはユーリッドの足にしがみ付くと、猫なで声で甘えてくる。その瞬間、身体に何か得体の知れない物が走り抜け鳥肌が立つ。

 張り倒し気絶させてしまいたいと思うが、いくらエリックであっても気絶させるのは可哀想だ。

 それに、後で恨まれたら面倒。その為、ユーリッドは優しい声で離れるように言うが、エリックは離れようとしない。置いていかれるのが寂しいのだろう、エリックはユーリッドに泣きつく。その姿は、雨に濡れ震えている子犬に等しい。これは、幼い子供がやったら可愛いと認識できる。だが、相手はあのエリック。可愛いどころか、不気味で気持ち悪い。

「ユー君、友達でしょ?」

「友達ではなくて、同じ職業です。それだけの関係で、それ以上でもそれ以下でも……いえ、それ以下はあります」

「そ、そんな」

 訂正されてしまったことが頭の中に響いたのか、エリックは崩れ落ちてしまう。そして冷たい床に頬を当てると、シクシクと泣きはじめる。しかし、それでもユーリッドは手を差し伸べはしない。

「では、行きますね」

「嫌だ!」

 叫ぶと同時にガバっと身体を起こすと、ユーリッドに飛び掛る。しかし、寸前で何か重い物に押し潰されてしまう。そう、何とエリックの上にフリムカーシが乗っかったのだ。足を組み、煙管を吸う。完全に、エリックを椅子扱いしていた。手足をばたつかせ懸命に逃げようとするエリックであったが、それを許さないフリムカーシは更に体重を乗せていく。

「マスター、お任せください」

 その言葉にユーリッドは無言で頷くと、エリックを見捨て部屋から出て行ってしまう。薄情ともとれる行為に抗議の声を上げるもフリムカーシの体重に負け、上手く言葉を発することができない。

「……レディー……重い」

「あら、女性に体重のことを言うのは失礼よ」

 刹那、エリックの顔が徐々に青く染まっていく。どうやら、酸欠に陥っているようだ。両手足がピクピクと痙攣していき、意識を失うのも時間の問題というところだろう。しかし、エリックは珍しく根性を見せた。全身の力を振り絞り、フリムカーシの束縛から逃れたのだ。

「あら、凄いわね。でも、貴方をマスターの元に行かせるわけにはいかないのよ。御免なさい」

 ゆっくりとした動作で立ち上がると、煙管を水平に延ばしエリックの鼻先に向ける。そして次の瞬間、エリックの横腹を力任せに殴った。唐突な行動に、流石のエリックも見切れなかった。

 見事に横腹に入り、思わず悶絶。そして、そのまま床に倒れてしまった。エリック見下ろすフリムカーシは再び煙管を吸うと、クスっと笑みを浮かべる。彼をこれ以上、関わらせるわけにはいかない。これから先は、精霊達の問題。そして、この吹雪を止められるのはユーリッド――つまり、リゼルのみ。それに、彼が行けば問題がややこしくなるのは必至。

 街が、白い色彩に覆われていく。このままだと、街が雪に沈むのは時間の問題だ。何か対策を――しかし、人間達は何も行おうとはしない。ただ恐怖に震え、祈り続けるのが精一杯。

「まあ、自業自得でしょうね」

 自分達が罰し手を上げてしまった相手が、その世界の創造主ということは気付いていない。もし気付いていたとしたら、あのような行動は起こさない。その所為で、一人また一人と命の炎が消えていく。

 レスタは確実に聖職者を狙い、命を奪っていく。そして聖職者の次は、彼等の教えに従う者達を消していく。

 そう、レスタにとって人間は所詮同じなのだ。

 ――悔い改めよ。

 それが行われたとしたら、救いの道は存在する。


◇◆◇◆◇◆


 大気が、音をたて凍りついていく。肺に吸い込む空気は容赦なく体温を奪い取り、生き物達の動きを制限していく。先程から、人の姿を見ていない。修道院から、逃げ出したのだろうか。それとも、何か行っているのか。いや、全員がレスタにやられた可能性も高かった。

 レスタは、力を振るうことを止めようとはしない。寧ろ力を強め、溜まりに溜まった何かを吐き出しているかのように思えてくる。許さない――そのような言葉が、聞こえてきそうだ。

 その時、前方で何かが動く。ユーリッドは駆け足でそれに近付くと、それが何なのか確かめた。

「……エリザ」

 突然の登場に、ユーリッドは驚きを隠せない。無論、エリザも同じだ。ユーリッドの姿に最初は顔を強張らせていたが、見覚えのある顔に安心したのか急に嗚咽を漏らし泣き出す。


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