風の放浪者
其の1

 あれから、どれくらい時間が経過したのか。そう感じ取ったのはユーリッドではなく、異端審問官。今日は、やけに時間が長く感じる。それに多くの者達が胸騒ぎを覚え、これから起ころうとしている出来事に危惧した。

 だが、誰一人として自分達の行いを間違いとは認めない。異端者を捕まえるのが使命であり、正しい行為と自負している。それが精霊達への忠誠心に繋がり、この世界を発展させる。

 ――だからこそ、不必要な存在はいらない。

 その考えが、彼等を突き動かす。

 そして、高笑いが響き渡った――




 その狂ったような笑い声を聞いているユーリッドは、不適な笑みを浮かべていた。此処は、修道院のとある一室。いわるゆ、罪人を閉じ込めておく牢屋だ。このような場所に牢屋とは――その不似合いな物に、再度ユーリッドは笑みを浮かべた。そして、吹き付ける風が冷たい。

 仕方がない、此処は牢屋といっても地下牢に近い存在なのだから。外気と光を取り入れるだけの採光窓が、唯一の外部との繋がり。しかし高さがある為、其処から逃げ出すのは不可能だ。

「落ち着いているね」

「そうでもないですよ」

 石を組み敷き造られた壁に寄りかかり、何度も溜息をついているエリックが声を掛けてきた。どうやら頭を殴られ連れて来られたことに、ショックを覚えたようだ。泣いてはいなかったが、項垂れている。

「歌っていい?」

「怒りますよ」

「冗談だよ。少しは、周囲を明るくしようと思ってね。ほら、この場所は静かで寂しいだろう」

「僕がいない場所なら、好きなだけ歌ってください」

 その言葉にパッと顔を明るくしたエリックは立ち上がると、ここぞとばかりに歌おうとする。しかし狭い空間でのエリックの歌は、更に殺傷力を増す。その為、ユーリッドからの鋭い突っ込みが入った。そして何より「ユーリッドがいない場所」という部分を聞いていない。

「大人しくしておいた方がいいですよ」

「逃げ出さないの?」

「逃げ出してどうなります。追いかけっこ、疲れるだけですよ」

 冷静な態度を取るユーリッドにエリックは大股で近付く、隣に腰掛ける。そして満面の笑みを浮かべると、ユーリッドの顔を覗き込む。その怪しい微笑みにユーリッドは逃げ出すも、エリックがその後をつける。

「ついてこないでください」

「いいじゃないの。二人っきりなんだし、仲良くしようよ」

「嫌です。お断りします」

 そう言うと、再びエリックから離れる。流石に何度も同じことをされると、エリックは諦めるしかない。彼は気に入った場所を見つけるとその場に腰掛け、これからのことを考えはじめる。

「逃げ出さないってことは、ずーっと此処にいるの?」

「結論から言うと、そうなるでしょうね」

 その言葉に、エリックの顔が歪む。正直に言って、此処は清潔な場所ではない。抵抗力の低い人間なら、確実に病気になりそうな場所だ。それに、水が濁ったような匂いが鼻につく。

 罪人を閉じ込めておく場所。そのような理由から、掃除は一切されていない。最低限の権利を保障――しかし、それらが受け入れられることはない。所詮、異端者は異端者なのだ。

「あいつ等は……」

「僕達を殺すでしょうね」

「そう、簡単に言わない」

「でも、本当のことですよ。僕達は、神話の真実を知っている。逆に彼等はその真実を、何が何でも封じ込めようとしている。そこから考えられる結論は、ひとつしかありません。つまり、口封じ」

 真剣な表情で言ってくるユーリッドに、エリックは顔を引き攣らせながら笑っていた。ユーリッドが冗談を言うような人物ではないことは、今までの行動で証明済み。そうなると、覚悟を決めないといけない。

 嫌なことを想像してしまった。エリックはそれを振り払うように頭を振ると、気分転換の為に周囲に何かないか探しはじめる。すると今まで気付かなかったが、近くに何かが落ちていた。

 好奇心に突き動かされるまま、それが何か見てみることにする。それは、ボロ雑巾のように引きちぎられた布。今では色あせてしまい、どのような色で染色されていたのかはわからない。

 しかし、袖口らしき物があった。それから推測すると、誰かの服だったのだろう。その瞬間、エリックの悲鳴が響き渡る。どうやら、想像してはいけないことを想像してしまったらしい。

「何ですか、煩い」


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あきゅろす。
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