風の放浪者
其の3

「やめろ。そこまでしなくていい」

「しかし……」

「構わない。間違いは、あるものだ」

 流石にユーリッドのそのように言われては、二人は従うしかない。四季を司る精霊の力は、自然のバランスを崩す。もし二人が感情のままに力を使うようなことがあれば、千年前の再現をしてしまう。

『お許しください』

「謝らなくていい。正直、人間という存在はわからない。お前達のような人間がいれば、それを否定する人間もいる。人間に転生した後多くの者達を見てきたが、やはり理解できない」

 何故、人間に転生することを選んだのか――それは己の身体を傷つけられようとも、人間を信じてみようと思ったからだ。だが、結果は最悪なもの。落胆――いや、裏切られたというべきか。しかし、彼等は違う。

『この日が訪れようとは……スルド様』

「その名で、呼ばなくてよい。スルド・ベルシース――その意味は、理解している。故に、隠すことはない」

 その言葉に、老人は安堵の表情を浮かべた。スルド・ベルシースとは、リゼルに対しての贖罪の言葉。人間が行った罪を口に出せば、異端審問官の手によって裁かれる。その為、学者達は古代語を持ち入り自分達の罪を懺悔した。スルド様――学者達はリゼルをそのように呼び、その行いを記憶に焼き付けた。だからこそ、千年の年月が経過しようとも、真実は失われない。

『我等が犯した罪、甘んじて罰を受けましょう』

 老人の言葉重なり、衣擦れの音が聞こえる。レスタが微かに動き、力を使おうとしていたのだ。ユーリッドはそれを視線で静止すると、頭を振る。甘んじて罰を受ける――それは、何を意味するのか。自分達の魂を消滅させていいのか、それとも人間そのものに罰を下せというのか。もしこの場で精霊達が彼等の言葉を受け入れた場合、世界は一瞬にして滅ぶ。

「あの時、私から奪った力を取り戻せばよかったのか」

 自らの王を傷つけた人間に対し、精霊は彼等を襲った。神話上では千年前の出来事により人口が減少したとなっているが、その背景にはこのような理由が存在していた。そう、歴史上はじめて精霊が人間に牙を剥いたのだ。精霊は、ただ闇雲に動いたのではない。目的となる人物は、リゼルを傷つけた者。しかし、精霊とて中にはことを反する者も存在する。

 それは、下級精霊。この者達は命令ということを盾にし、自分達の思い通りに動き遊んだ。

 そして、その結果は――

『我等が、このようなことを行わなければ……』

「私の力は、今でも残っている」

「しかし、人間が御するにはあまりにも大きい力。人間は、主ではない。それだというのに……」

 吐き出すように、レスタが横から口を挟む。人間がリゼルの力を手に入れた時、多くの者は肉体という器が耐え切れなかったという。世界を創造した力――所詮、身に余るものだということだ。

 人間の中には、力を自分の物にした者達もいる。その末裔が、精霊使い。しかし、複数の混血が続けば時間の経過と共にいずれは失われる力。だが、人々の身体に流れる血はそれを許さない。たとえこの世から精霊使いが消えたとしても、罪が拭われることは決してない。

『何故、貴方様を傷付けてしまったのか……人間は、より大きな力を望むのが原因なのでしょう。見栄を張り、他人と自身を見比べてしまう。そして、恐れを知らない。貴方様は世界の創造主であり、我等は生み出された存在。どうか、お許し下さい……我々の罪を――』

「祖父は、お前達と同じ学者だった。そして、このように言われている。仲間を救ってほしいと」

 その瞬間、老人の頬に涙が零れ落ちた。やっとこの地から、開放される。その思いが溢れ出たのか、清々しい表情を浮かべていた。痛い……苦しい……魂が発した言葉は、学者達の生き方を表している。

 エリザは何も言えず、ただそのやり取りを見詰めていた。そして、心から恥じる。真実を知らなかったことを――

 自分が信じてきた教えは違った。それは、人間の罪を覆い隠す為に生まれたもの。いや、生み出されたが正しい。高位の聖職者は、それを知っていた。知っていたからこそ、あたかも自分達が正しいと演じた。

「彼女は、許してくれるか?」

『貴方様のお言葉なら、何なりと……』

 その言葉に、エリザは心臓を打ち鳴らす。何故、私を許してくれるのか――思わず頭を振ってしまう。

「エリザ、罪を償うのは人間だ。しかし、全員ではない。時の流れと共に真実を消し去ったことは許されないことであるが、そのように差し向けた人間がいることは事実だ。そう、エリザが信じていた奴等だ」

 精霊は、何も言わない。何も、伝えない。ただ、人間という生き物を見守るだけ。そう、精霊が教えを生み出したのではない。人間が、勝手に生み出したのだ。精霊信仰が誕生した当時に。その時は、今のような教えではなかっただろう。歪み狂ったのは、千年前からである。


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