風の放浪者
其の3

 志半ばで死んでいった者達。彼等に敬意を示すと同時に、ユーリッドは魂の開放を願う。生前、祖父は自分の仲間を心配していた。大勢を残し一人だけ逃げたということが、罪悪感となり心を縛り付けていたという。

 このことは、祖父を苦しみから解放する手段でもある。別に、エリックに言われたら行うということではない。先にユーリッドがこのことに気付いていれば、同じことを行おうとした。要は、順番である。

「伏せて!」

 刹那、ユーリッドはエリックの服を掴むと引っ張り頭を下げるように命令をした。一体何が起こったのか理解できないエリックであったが、渋々ながらそれに素直に従い身を屈めた。

「な、何?」

「声を小さくして下さい」

 生い茂る草の隙間から、微かに見える人の姿。互いに距離があるので正確な格好はわからないが、あの服装には見覚えがある。赤を貴重とした修道服――異端審問官だ。その姿にエリックは舌を鳴らすと、顔を歪めた。

「相変わらず嫌な色だ」

 異端審問官が纏う修道服は、血を浴びて染まったと言われている。古来より、彼等は非道な行為を行い続けてきた。中には言葉で表すにはおぞましすぎる行為も、平気で行うこともある。

 対象者は多岐に渡り、女子供は関係なし。老人でさえ構わず、裁判に掛ける。そして異端と判断すれば、その命を奪う。全ては正しい教えの為。ユーリッドは鼻で笑う。どちらが異端者だと。

「祖父の話では、異端審問官が現れたらしい」

「じゃあこの火事も彼等の仕業か」

「此処には、彼等にとって邪魔な過去が書かれた本が沢山あった。それを排除する為に、燃やしたに違いない」

「なるほど……って、なら遺体は?」

「ないでしょうね」

 その時、二人の気配を察したのか異端審問官が此方に視線を向ける。予想外の行動に二人は息を殺し、相手の出方を待つ。だが暫く視線を向けていたが気の所為だと判断したらしく、その場から立ち去る。

「二人での行動は、危険でしょうね」

「別々ということかな?」

「時々、連絡を取り合うぐらいがいいでしょう。異端審問官の動きには、注意をした方がいいです。下手に動けば捕まります」

「ユー君は、どうするんだ?」

「仕事はしますよ。それに、彼女のことが心配です」

 意味有りげな言葉に、エリックはニヤっと顔を歪めた。真面目な印象が強いユーリッドの口から女性のことが出るとは、からかうネタとしては最高すぎる。しかしその前に彼女が「修道女」だということを聞かされ、急に興味が削がれてしまう。そして、溜息をついた。

「彼女は、純粋すぎる。故に、いい様に利用される前に何とかしないと……ただ、それだけです」

「優しいんだ」

「ただ、見ていられないだけです。それに、僕は優しい人間ではないですよ。特に、貴方には」

「うわ! 厳しい」

「真面目に、受け取らなくていいですよ」

 そう言うと立ち上がり、異端審問官が立ち去った方向を見る。どうやら、この周辺にはいないようだ。続いて立ち上がったエリックは大きく伸びをすると、何かあったら宿に来るように告げた。

 それが、暫しの別れの挨拶だった。エリックは軽やかな足取りで草を掻き分け進むと、街の中へ消えていく。彼なら、大丈夫だ。ユーリッドには、確信があった。それに、何かがあれば歌えばいい。何よりあの歌を聞いたものは皆、失神してしまう。最強最悪の武器を持つエリックは、多少のことでは捕まらない。問題は、自分自身。修道院には、異端審問官がいる。

 しかしエリザを正しい道に戻すには、行くしかない。あのままでは、あまりにも不憫すぎる。別に、同情心があるわけではない。要は、利用できる価値を見出したからだ。今ならまだ、間に合う。


◇◆◇◆◇◆


 修道院に到着すると、ユーリッドはエリザの姿を捜す。しかし、それらしき姿は何処にもない。近くを歩いていた修道士に話しかけると、多くの修道女と一緒に街に買い物へ行っていると教えてくれた。

 それだと、個人的に迎えに行くことはできない。ここは、修道院で待っている方が得策だ。どう時間を潰そうかと悩んでいると、修道士が温泉に入ることを進めてくる。温泉が名物であるベルクレリア。「暇な時間があれば温泉に入れ」というくらい、自慢の対象らしい。

 その言葉に従い、ユーリッドは温泉に入ることにした。一般的な湯の温度より高めだが、芯から疲れを癒してくれる。湯に浸かりながらの暫しの時間。これからのことを考えはじめた。


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