風の放浪者&Memoir
其の7
「捕まえるわよ。何処に行ったのかは、私にはわかるから」
「逆らえないな」
「そう。私には逆らえない。そして、必ず目的を果たす」
イドゥンの背中に、髪と同じ色の二対の翼が生まれる。「己の翼を手折り、世界を創った」神話にはそう記されているが、事実は違う。竜という生き物は翼など持ちいらなくても、世界を形成できた。
全ては、思う儘。
不可能など存在しない。
当てもない散歩を続けていた。此処は、自分達が創り出した世界。だが創ったといっても、実感はないに等しい。
花という植物に触れる。それは色とりどりの花弁をつけ、甘い香りを放っていた。花の香りに誘われ集まる昆虫は蝶。彩り豊かな色彩の羽を揺らし、蜜を吸う。だが美しい色彩も、薄暗い世界では本来の美しさを楽しむことはできない。何かがこの世界を照らし、明るさを与えなければならない。
「……光が必要だね」
黒いカーテンを閉めたような空を見上げる。世界が形成されたとはいえ、まだ完璧ではない。
「明かりが照らされれば、素敵な世界になるかな」
柔らかい草の上に腰を下ろすと膝を抱きかかえ、物思いに耽る。
「二人が、この世界を支えるのかな。僕はそれで良いと思う。僕には、重すぎることだから」
目を閉じ、俯く。木々を揺らす風は悲しみを慰めるかのように、優しく髪を撫で吹き抜けていく。
「僕は、何も望まない」
「貴方が望まなくとも、私達は貴方を恐れる」
その時、聞き覚えのある声音が耳に届く。その声にハッとなり、思わず自分自身の身体を抱きしめる。振り向き、相手の顔を確かめねばいけない。しかし、身体がそれを拒絶する。
向いてはいけないと――
「此方を向きなさい」
草を踏み鳴らす音。徐々に、相手が近づいてくる。
「……僕は」
「貴方の意見は聞いてない。話があるの、向きなさい」
促されるまま立ち上がり、荒々しい声を上げるイドゥンの顔を見つめる。
「私達が、支配することにしました。よろしいでしょ?」
「……はい」
「なら、貴方は消えなさい」
その言葉に、何かに殴られたような衝撃を受ける。無意識に胸元を握ると、反射的に反論の言葉を述べた。
「僕は、何も望んでいない」
それは、悲鳴に似た声音であった。言葉の通り、何かを求めたりしない。二人に従い、命じられるままに世界を創りあげた。世界の大半を創ったのは自分。だから、世界を形成したのは〈彼等〉ではなく〈彼〉が正しい。
この世界は、二匹の竜の傲慢と一匹の弱き竜から生まれた。そのことは、神話に書き記されることはない。いや、そのような記録は必要ない。竜という存在が世界を創ったということが、記されれば良いのだから。
全て、言われた通りに行った。だから、消される理由などない。だが彼等は、真実を捻じ曲げようとしている。
「そう、何も……ね。貴方は、私達の考え通りに動いてくれた。でも正直言って、目障りなの。私達より力を持っていることが。同じように生まれていながら、何故格差がある。どうして、そのように創られたのか……」
「それは、あの方が決めたこと」
「そうね……そうかもしれない。でも勝る力を持っていることは、代わりない。貴方はいつか、私達の邪魔をする。その力を使って……邪魔はさせない。世界を支配するのは、私達よ」
刹那、黒い影が身体を羽交い絞めにする。その素早い動きに、抵抗する余裕などなかった。
「悪く思うな。これも、俺達の未来の為だ」
「どうして……」
羽交い絞めをしてきた人物の顔に、落胆する。影の主は、ネファリア。彼だけは、信頼していた。生まれた時からずっと。これは、イドゥンだけの考えだと思っていた。なのに――裏切られた。
「二度と私達の前に現れないよう、暗き狭間で眠るがいい」
低い声音で、イドゥンが呪文を唱える。するとそれを遮るかのように、ネファリアがひとつの提案を持ちかける。
「コイツの力を奪うか。俺達の欲する力だ。奪って損はない」
「素敵な考え。いただきましょう」
呪文の詠唱を中断させると、イドゥンがゆっくりとした足取りで近づいてきた。逆に羽交い絞めをするネファリアは“諦めろ”と、囁く。それは、甘い誘惑に似た言葉。しかし、必死に抵抗していく。
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