風の放浪者&Memoir
其の5

「知っているのか。なら、消すしかない」

「お、俺を殺すのか?」

 反射的に身構える。構えたところで精霊相手に何もできないが、しないよりはマシである。

「殺しはしない。主は、そのような行為は望まない。記憶を消すだけだ。お前が見聞きした、全てを」

 遠くに離れていても、レスタの声音は耳に届いていた。そして、森の中に響く男の悲鳴も。何気なく、男とレスタが消えた方向に視線を走らせる。己の正体を知られない為とはいえ、心苦しい。

「何をなさるんですか?」

 おどおどした態度で、ストルが質問してくる。

「心配しなくていい。記憶を消すだけだ。僕のことを、知られるわけにはいかない。本当に、信頼できる人物以外」

「……リゼル様」

 そう呼ばれた瞬間、ストルの頭を軽く叩く。

「その名前は禁止。特に人間界では。だからリゼルと呼ばない代わりに、好きに呼んでいいよ」

「じゃあ、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん!!」

「うん。お兄ちゃん」

 予想しなかった呼ばれ方に驚く。だが好きにしていいいと言った手前、ダメとは言いにくい。

 そして僕はストルの頭を撫でると、笑って了承した。


◇◆◇◆◇◆


「レスタのお陰で、バレることはなかった」

「正体を隠すって、大変ですね。でも、どうしてアタシには教えてくれたの? 今まで、誰も話さなかったのに」

「信頼できる……違うな。純粋だから。僕を信用してくれて、彼等の存在も認めている。だから、教えた」

「なんか、嬉しい答え。秘密は守るから大丈夫。でも、信頼できなかったら記憶を消してもいいよ」

 その言葉に、暫しの沈黙が続く――エリザは自分の言ったことに後悔するも、それは後の祭りだった。ユーリッドの鋭い視線が、エリザに向けられる。その冷たい眼差しに、エリザの心臓が激しく鼓動した。

「その気持ちは嬉しいけど、本当は消してほしくはないだろ?」

「うん。できるものなら。こんな体験、二度とできないし。消されたら辛いもの。だから、守ることは守るね」

「ありがとう」

 エリザのささやかな心遣いに感謝をすると、ユーリッドは続きを話しはじめた。それは、両親との別れである。


◇◆◇◆◇◆


 記憶を消された男は、村外れで倒れているところを発見された。「何も覚えていない」という男の言葉に、酔っ払っていたのだろうと村人は片付けた。暫くの間、何もない日々を過ごす。神学の勉強に励み、両親の手伝いもした。ただひとつ違うことといえば、近くに精霊の存在があったことだろう。

 それから一ヶ月が経過した頃、レスタより報告を受けた。各地域の力のバランスが崩れていると――しかし、原因は不明。だが、ひとつの確信はあった。あの時と同じに、思えたから。

 原因を知る為、旅に出る決意をした。精霊の王であると同時に、世界の秩序を正すという使命を果さなければならない。人間に転生したとはいえ、リゼルという立場は捨てられない。それは、自分自身が理解していた。

 両親には、詳しくは話さなかった。心配をかけたくないという気持ちがあったからだ。しかし、両親は僕が何かを隠していることに気付く。不思議だった。だから“何故?”聞いた。

 両親は笑うだけで、何も答えてくれない。理由を知りたかった僕は、再度質問を繰り返す。

「貴方の親だから」

 それが答えだった。

「理解できない」

 そう答えるしかない。正直、本当に理解できなかった。“親だから”それだけで説明できるものではない。

「親は、子供のことを理解しているものよ」

 本当に人間とは、不思議な生き物であった。力という言葉では表せない、何かを持っている。両親に隠しことはできない。だから、自分のことを話した。僕の話にはじめは驚いていたが、全てを受け入れてくれた。

 「村の人には話さないでほしい」と、頼む。本来の故郷は存在する。それは、精霊達が住みし世界。だけど、人間としての故郷も欲しい。我儘かもしれないが、人として生きた数年。思いは深い――


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