風の放浪者&Memoir
其の3
「内緒にしておくよ……だから……」
そこで、言葉を区切る。
「……その後は、夜話すよ」
見えない相手に笑みを見せると、教会に戻ることにした。そして母に頼まれた物を渡すと、椅子に腰を落とし出来上がりを待つ。
食事を終えると、直ぐに二階の自室に向かう。到着と同時に窓を開け、村の周辺に広がる森に視線を向ける。
太陽は沈み、村全体に夜の帳に包まれていた。家々の窓から微かな明かりがもれるだけで、外には誰も歩いていない。僕は扉を開き、一階の様子を伺う。すると、両親の会話が聞こえてきた。
音を立てないように扉を閉めると、再び窓の外を見る。そして迷うことなく、窓から地面に向かい飛び降りた。着地と同時に、一階の窓から家の中を確認する。両親は、気付いてはいなかった。
村の中を通り抜け、村はずれの森に急ぐ。その途中、村を見回っている男にその行動を見られてしまう。不審に思った男は、後をついていく。無論、その時は男の存在に気付きもしなかった。
木々の間をすり抜け、森の中を駆けていく。夜の森の住人である梟の鳴き声が、闇の中にこだまする。月明かりが射していなければ、正確な道さえわからない。暫く走り続けていると、開けた場所に出た。
其処は、背丈の低い草と花が咲く広場。まるでその場所だけを切り離したかのような、綺麗に整えられた空間だ。
荒い息を整えると、その中心まで歩く。そして無意識に天を仰ぐと、誰かを待つ。静寂のみが支配する空間。だが風によって擦れるように動く草木は微かな音色を奏で、美しい月夜を引き立てる。
天に砂を散りばめたかのような星は瞬き、流れ星がその間を縫うように落ちていく。その中に浮かぶ月は、満月。人間の間では月光は魔力を高めてくれると言われているが、確たる証拠はない。
一説によれば、月であるイドゥンの力によって、魔力が高揚すると言われている。しかし、彼女は優しくはない。人間という生き物に何かを分け与えるということは、決して行わない。そう、彼女はケチだ。
ふとその時、誰かが抱きついてきた。
「お会いしたかったです」
一瞬、誰が抱きついてきたのかわからなかった。そう、彼女はいきなり天から降ってきたのだ。
「あっ……ストル、元気そうだね。良かった」
ストルは、小さな翼と角を持つ少女。人見知りは激しいが、心から自分のことを慕ってくれている。口数も少ないが、心の優しい人物だ。ストルを抱きかかえるとゆっくりと地面に下ろし、頭を撫でてやる。すると撫でられたことが嬉しいのか、ストルは満面の笑みを見せた。
「はい。やっと、お会いできました」
頬を赤らめ、笑いかける。しかし、そのひと時の甘えを遮る人物が現れた。その者はかなりご立腹らしく、鋭い口調で怒りをぶつけてきた。
「ズルイ! 抱きつくなんて」
今度は、違う声が響く。反射的に声がした方を振り向くと、思わず苦笑してしまう。其処には、翼の形をした腕を持つファリスが浮いていた。
「だって、私は……」
ストルは、今にも泣きそうだった。ファリスを宥め「喧嘩をしないように」と言うも、ファリスの機嫌が直ることはない。するとそんなファリスに、対し呆れが篭った言葉が投げかけられた。
「泣かせちゃダメだよ。また、シルリアに怒られるよ」
姿を現したのは、十歳前後の少年だった。燃えるような赤髪に、鋭い光を湛えた髪と同じ色の双眸。そして獣の耳を髪から覗かせ、薄紅のシッポが可愛らしかった。少年の名はジェド。ダボダボな服装で一見だらしない雰囲気があったが、こう見えてもシッカリしている。
「ふん。怒られるのは怖くないもん」
「そんなこと言って、僕は知らないから」
「大丈夫だって」
「いつも怒られているのに、懲りないね」
「ジェドには説教されたくないもん」
「なら、私ならどうかしら?」
その声音に、一瞬にしてファリスの顔から血の気が引く。
「私が何も知らないと、思っているの」
「何のこと……かな」
心を落ち着かせようとするが、声が震えていた。背中に冷たいものが流れ落ちたらしく、今にも倒れそうだ。
「マスター、申し訳ありません。何度も言い聞かせているのですが、この通り効果がなく……」
「僕は、気にしていない。だから、シルリアが気にすることないよ。それにこのやり取り、懐かしい。いまだに、続いていたんだね。本当に、仲がいい。いや、仲がいい方がありがたい」
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