風の放浪者&Memoir
其の1
真実は、目に見えるモノだけではない。物事には必ず表と裏が存在し、真実もまたそれと同じ。なら、真実という言葉は一体。だがそれを理解するには、時間と労力が必要である。
そして、勇気もまた必要だ。でも、本当のことを知りたいと思う。この世界の私達という存在。
また、彼等を――
だから、旅に出た。そして、書き残す。私の体験記。
この必然とも思える出会いを――
◇◆◇◆◇◆
山と森に囲まれた小さな村に、春風が吹き抜けていく。花の香りを乗せた風は家々の軒下に干された洗濯物を揺らし、時折天高くさらっていく悪戯をみせた。また村の中に、子供達の声が響く。
昨日まで降り続いていた雨で遊べなかった鬱憤を晴らすかのように、泥まみれになりながら遊んでいた。その子供達を叱る大人の声。だが平和な村に響く声はどこかのどかで、ゆったりとした時間が流れていた。
そんな村の隅に建つ教会。今日は子供達に勉強を教える日でもあったが、誰一人として姿を見せない。普段なら捕まえ勉強を教えるのだが、雨で遊べなかった子供達の気持ちを考えると“勉強をしろ”とは、流石に言えない。
無理を言って勉強をしなくなったら、それこそ大変である。それに、教会の掃除もしなければならない。ステンドグラスから、陽光が差し込む。光は教会の床を照らし、美しい模様を浮かび上がらしていた。
床のモップかけをしていた神父の手が止まる。それは暫しの休憩だろう、規則正しく並べられた長椅子のひとつに腰をかける。そして差し込む光に目を細めながら、目の前に置かれている像を見つめた。
二枚の翼を持った竜。世界を創ったと言われ、その身を太陽に変えた存在。名は、記録に残っていない。この村が崇めている神であると同時に、謎が多い存在だ。しかし、一年を通してこの村は寒い。太陽は人々に暖かさを与え、作物を育てる。だから、信仰の対象となる。
「暖かきその身の光。我々は感謝しています」
神父は、祈りを捧げた。それは、毎日欠かさず祈る言葉。このような寒村で生活できるのも、太陽の恩恵があるからだ。だからこそ篤い信仰心が続き、人々を祈りへと導く。もし信仰が途絶えたら、それこそ罰が当たってしまうだろう。それは神父だけではなく、村人も意見も同じだ。
その時、神父を呼ぶ声が教会に響く。
「父さん、水汲んできたよ」
すると、両手で重たそうにバケツを運ぶ少年が姿を現す。歳は十歳前後だろう、澄み切った青空のような髪に深い海の色をした瞳が目を惹く。だがどこか大人びており、全てを理解している、そのような雰囲気が感じられた。
「お祈り? 父さんは、信仰心厚いからね」
バケツを置くと、父と呼ぶ神父と同じように像を見る。翼を大きく広げ、こちらを見つめる竜。相手は作り物であって意思など存在しないが、その視線は何かを捕らえているように思えた。
「神父が見本を見せないでどうする。さあ、早く終わらせてしまおう。終わったから、神学の勉強をしないといけない」
「わかっています。父さんの出題する問題は、難しいから……予習でもしておけばよかった」
バケツの水でモップを濡らすと溜息をつきながら、床を拭いていく。このように厳しくする理由として同じ道に進ませたいということらしいが、その詳細は不明。しかし出される問題の内容を考えると、強ち間違いではない。
以前、精霊信仰の中心都市と言われる街で勤めていたという。理由があって故郷に戻ってきたらしいが、詳しいことが話されることはない。何でも子供が生まれたからというらしいが、それが正解だろう。
手を止めると、何気なく像を見る。やはり、此方を見ている感じがする。それも睨み付けるような、威圧感が感じられた。
「………」
無意識に、何かの名前を呼ぶ。すると、その声が聞こえたらしく「何か言ったか?」と聞いてきた。
「何でもないよ……うん、何でも」
だが、微かに笑ったことを父は知らない。そして、信仰の対象である竜という存在に隠された真実も。
◇◆◇◆◇◆
深い森を小さな明かりが照らし出す。それは、焚き火の明かりだった。揺れる火は二つの影を生み出し、後方に投影する。それは、ユーリッドとエリザ。そして焚き火を囲み、昔話を語るユーリッド。
「ユーリッドさんって、神父様の息子だったのですか。ちょっと意外かも。もっと普通の家庭の生まれだと、思っていたから。神父様の息子というのでしたら、もう少し……何て言いますか……」
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