風の放浪者&Memoir
其の7
さすがにそのようにされたら、従うしかない。渋々ながらファリスを開放するも、表情は硬かった。
ユーリッドが腕を叩かなければ、長々と説教がはじまっていただろう。さすがにこれは、聞くに値するものではない。すると開放された直後、嬉しさのあまりファリスはユーリッドに抱き付く。
その行動に、シルリアの怒りが爆発した。
「いい加減にしなさい!」
「まあ、そこまでにしておこう。やることは、沢山ある」
「そのように仰るのでしたら、わかりました」
「ありがとう。さあ、ファリスも離れる」
その言葉に頬を膨らませ残念そうな表情を見せるも、大好きなユーリッドに言われては離れるしかない。渋々ながらユーリッドから離れると、先程とは異なり真面目な一面を見せた。
「この街のどこかに、あれは存在する。ただ、正確な場所まではわからない。明日から情報収集に入る。他の者にも、連絡を頼む」
シルリアとファリスは互いの顔を見合わせると、シルリアは頭を垂れ、ファリスは片膝を折った。
『仰せのままに』
二人の声が重なる。それと同時にシルリアの身体は液体に変わり、地面へと吸収されてしまう。逆にファリスは、身体の回りに風を生み出し、消えてしまった。その時、二人の行動を見つめていたユーリッドは、何かおかしなことを思い出したのだろう、クスっと笑みを浮かべた。
二人のやり取りは、何回見ても面白い。いや、楽しかった。そしてこの楽しいという感情は、昔から存在したのか。それと、感じることができただろうか。ユーリッドにとってそれは、不思議な感情であった。
草原の中心に向かい、彷徨ように歩みを進める。どこまでも続く、果てしない道。それは永遠に伸び、終わりのないように感じてしまう。いつの間にか、空には雲が出ていた。月光によって生み出された雲の影は、草原の上を流れていく。まるで、共に旅を続けているかのように。
その時、流れ星が落ちた。
ひとつ。またひとつと――
流れ星が消える前に願いを捧げると、その願いが叶うと言われている。昔、噂程度に聞いたことがあった。
しかし、それを行ったことは一度もない。幸せは、自分から掴み取るもの。そう信じているからだ。今も、これから先も――だが、一度ぐらいは――本当に叶えてくれるというのなら、願う価値はある。
歩みを止め、天を仰ぐ。
そして目を閉じ、願いを言葉に表す。
「一度でいい、全てを忘れたい。自分という存在を。僕は……いえ、私には重すぎます。何故、私を選んだのですか。どうして、はじめから全てを与えてくれなかったのですか。お答え下さい。それが、私の願い」
雲が月の光を遮った。それによりユーリッドがいる周辺だけが暗くなり、その部分だけ色彩を失う。
しかしすぐに、月明かりが取り戻された。その明かりに誘われる形で閉じた目をゆっくりと開くと、頬を伝うものが光り輝く。
「―――!」
己自身が泣いていたことに、ユーリッドは驚いてしまう。一度だけ流したことがあるだけで、もう流れ出ないと思っていた。それは生きていくには不必要な行為であり、感情の中には存在しないと思っていた。
しかし今は、止めともなく涙が溢れ出る。
「私は、苦しいです」
精霊達が今のユーリッドを見たら、何と思うだろう。ファリスはユーリッドの意外な一面に驚き、シルリアは共に涙を流すだろう。
「心を持つことは、あまりにも辛すぎます」
それは、魂の叫びでもあった。
しかしその言葉は、闇夜に消えていく。
◇◆◇◆◇◆
其処は、闇と静寂が支配していた。生きる意味を教えてくれる術は存在せず、全ての感覚を麻痺させていく。
時の狭間の牢獄――
それは、微かに得られる情報から導き出した答え。不確かで、正確ではない。そんな場所に、彼は存在した。
身を竦め横たわり、硬く目を閉じている。して微動だにせず、ただその体勢を保ち続けていた。“何故此処に”そのような疑問は、彼にはなかった。そもそも、思考という感覚が必要ない。
いや、元は存在していた。しかしいつの間にか、消え去ってしまった。だから今は、考えなど必要ない。
風によって、髪が揺れる。眠るように目を閉じていた、彼の瞳が開かれた。だがその視線は定まっておらず、空を泳ぐ。刹那、眩しいほどの光が彼の頭上に現れた。光は彼に語りかけ、真の目覚めを促す。
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