風の放浪者&Memoir
其の6

 どのくらい時間が経ったのだろう。二人の間に、長い沈黙が続く。だが先に切り出したのは、ユーリッドだった。

「この世界は、二匹の竜が創り出した。空も大地も人も……そして、精霊も。全てを――全部」

「その話は一体?」

「天地創造の話だ。嘘か本当か知らないけど。人が勝手に作り出したものか、それとも真の話か――どう思う?」

「わたくしは……」

 どう答えてよいかわからず、困惑した表情を作る。するとユーリッドは「難しい質問をしてしまった」と、苦笑いを浮かべながら謝ってきた。

「私達は、貴方様をお守りするのが使命です。それ以外、何もありません。ですので、お答えは――」

 それは、唐突な言葉であった。その台詞にユーリッドはハッなり、何も言えなくなってしまう。シルリアの性格は、わかっていた。だがその真面目すぎる性格は、時として重荷になったりする。

「各種精霊は、世界の要となる存在だ。僕ばかり相手には、できないだろ? 僕を守るより先に、己の役割を果たさないといけない」

「そのことは、わかっております。ですが、わたくし達の心中もお察し下さい。あの時の思い、あの時の苦しみ……ご理解下さい、マスター」

 胸が締め付けられる思いを言葉にし、必死に訴えかける。その悲痛とも取れる内容に、ユーリッドは厳しい表情を見せる。そして視線をシルリアから外すと、消えそうな声音で答えを返した。

「わかっている。皆には、迷惑をかけない」

 怒られると思っていたシルリアは、意外な言葉に驚いてしまう。だがそれがユーリッドの本心だと気付くと深々と頭を垂れ、敬意を示した。

「御心のままに」

 ユーリッドは堅苦しい言葉と動作に頭を振ると「楽にしていい」と、言う。だが、そうはいかないと相手は否定の言葉を述べた。礼儀正しいシルリア。思わず肩を竦めてしまうも、同時に自身に課せられた義務を思い出す。

 その時、シルリアは星が瞬く空を見つめつつ言葉を発す。その表情は見る見る変わっていき、今にも爆発しそうであった。

「今からすることを、お許し下さい」

 目を閉じ胸に両手を当てると、意識を集中させていく。そして素早く右手を突き出すと魔力を大気中に放出し、一瞬にして冷たい結晶を生み出した。大気の変化にゆっくりと目を開くと、言葉と共に冷気を一点に導く。導かれた力は渦を巻き、対象となるものを包み込んでいく。

「うぎゃ〜!!」

 刹那、悲鳴に似た叫び声が響く。その声に聞き覚えがあるユーリッドは、溜息をついてしまう。シルリアはゆっくりと歩み出ると、何もない空間を鷲掴みにし、大気が震えるほどの一喝を飛ばす。

「出てらっしゃい。ファリス!!」

「御免なさい!」

 泣きながら姿を現したのは、十代前半の可愛らしい少女であった。まさか見つかるとは思っていなかったらしく「油断した」と、ポツリと呟く。しかし、その言葉をシルリアが聞き逃すはずがなかった。

「何か言いましたか?」

「何でもありません」

 この少女も人間ではなかった。数枚の羽根が耳元から生え、翼の形をした腕を持つ。緑の髪を肩まで伸ばし、深い緑の双眸は好奇心に輝く。だが今は涙に濡れ、真っ赤だった。彼女は〈風の精霊ファリス〉悪戯好きの困った精霊だ。

「此処で、何をしているの?」

「何って、ユーリッドの側にいるの」

「それは、わかっているわ。迷惑を掛けてはいけないと、言っているでしょ」

「好きな人の側にいたいのが、女心――はう!!」

 翼の先を頬に当て、お茶目なポーズを見せる。しかし後悔は、直ぐにやってきた。視線を上げた先にあったシルリアの表情に、全身の血が引いてしまう。無表情の顔に垂れ下がる数本の髪。月明かりによって生み出された明暗が、さらに恐怖を煽る。

「何時間でも説教を聞くから、許して。うえ〜ん、助けて」

「これ以上、迷惑をかける気なの」

「僕は、気にしていないよ」

「ううう……ありがとう」

 優しい心遣いに、ファリスは翼を動かしながら喜ぶ。捕獲されていなければ、小躍りしていただろう。だが、シルリアは顔を左右に振る。日頃の悪戯が関係しているのか、ユーリッドの言葉に納得できないでいた。

 ユーリッドは、説教をするつもりはない。それにファリスもまた、小言を聞く性格でもない。なら、怒るだけ無駄になるだろう。悪気があって行ったのではない。なら、このままでいい。それが、ユーリッドの考えであった。

「僕が荷馬車に乗っていた時、側にいたのはファリス?」

「そうだよ。だって――うっ!!」

 鋭い視線が突き刺さり、無言のプレッシャーがファリスを黙らせる。さすがの彼女も小さくなり、大人しくするしかない。するとユーリッドがシルリアの腕を叩き、開放するように伝える。


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あきゅろす。
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