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ひとりの夜 二





もやもやと胸に浮かぶものが、食事に戻っても消えなかった。
泥棒、屋根裏、鉢合わせ。
冷めてしまった食事が、一層喉を通りにくい。
刺されたストーカーが天井裏に転がっているイメージが、もやもや漂っている。

コトン、と音がしたのを聞いて我慢できずに席を立った。


「困ったものだわ」

戸に隠してある薙刀を取り出し、天井を突きあげる。

「屋根裏から入る泥棒がはやっているみたいですから、ストーキングは床下になさって。勿論お帰りいただいても結構ですけれど」

グシグシと突き刺して、そろそろ悲鳴が上がるかと手を止める。

しかし、耳をすませど物音一つしない。いつもなら、大袈裟に打ちひしがれながら「お妙さぁぁあん」と叫ぶのに。呻き声の一つも漏れてはこない。

「え…いらっしゃらないの」

それは、思いも寄らないことだった。いると感じた時は、いつだってあの男は忍び込んでいた。それに妙が家にひとりのときは何故か必ずやって来ていて、妙が寝静まるまで動かないのだ。

「近藤さん」

ためらいながら、名前を呼ぶ。近藤が妙の呼び声に応えないなどということはない。居ぬ振りをしていようとそれだけはありえない。応えがないならば、いないということだ。

近藤はいない。

この家に自分ひとり。
自覚した途端、先ほどの夫人の忠告が、生々しい危機感を持って蘇った。

『屋根裏から入られてしまったんですって。』
『刃物で脅された』
『通帳から貴金属まで盗られて』
なぜ、夫人の話を聞いて平然としていられたのだろう。なぜ、回覧板の記事をろくに読みもせずほっておけたのだろう。わずか数分前までの自分が信じられない。前はこんなはずでなかった。
薙刀を手にしたまま部屋を飛び出す。勝手口の鍵は締まっているだろうか。浴室の窓は、新八の部屋の窓は。ほんの半年前までは、戸締まりや防犯には人一倍気を張っていた筈なのに。
その筈だ。何かあれば自分が、家とわずかな財産を守らねばならないのだから。
自分が此の手で。











『ガキども、出てこんと道場に火つけんぞぉ』

『借りたもん返すんが道理、刀あるはずや、出せ』

馴染み深い記憶を、久方ぶりに思い出した。其の記憶の恐怖があったからこそ、妙はひとりでこの家を護ってこられたのだ。
薙刀を持ったまま、玄関から勝手口、あらゆる鍵をかけて回った。防犯システムの脅威レベルも最大に設定し直した。
けれど寝付こうにも部屋の灯りを落とせないでいる。
万全の対策をとり、後は泰然と待つ。そうしなければと思いながら、なにかそわそわと手持ち無沙汰だ。
何度も見返した回覧板を開いて、泥棒の手口を確認する。日付の変わらない時間に侵入された例は見当たらない。ならば先ほどの物音とて、気のせいと思ってもいいのに。
ひとりの夜が酷く久しぶりの気がして落ち着かない。落ち着けば対処できるのだ。そうしなくてはならない。護らなければならないものがこの家にはある。
「父上の刀、母上の着物、通帳と自分」
全て守りたいが、無理ならばどれか棄てねばならない。
金などくれてやってもいい。けれど両親の形見がかかったとき、踏みとどまって自分の身を守れるだろうか。


コトン

反射で薙刀を突き上げられたということは、恐怖に冷静が打ち勝ったということだ。

ズドッと薙刀が天井に突き刺さるやいなや、派手に悲鳴がした。

「ぎゃゃゃゃあああ」

「泥棒風情が、この家に入り込んでただですむと思って」

心臓が強く脈打っている。たぎるような鼓動の一方、手のひらはひどく冷たい。さらには仕留められた安堵で指先小さく震えていた。
天井の板がずっとズレて、武器をぎゅっと構え直す。

「お…妙さん、ようやく、恋泥棒と認めてくださったん…ですね」

隙間から覗いた顔は、うんざりするほど見知っていた

「…近藤さん」

「あなたの、恋泥棒、イサオです」

気が抜けるほどいつもどおりなニヤケ顔。思わずポカンと見つめてしまった。

「だって、さっきはいらっしゃらなかったのに」

「強盗逮捕のため働いていました。いや、お妙さんのガードがどうでもよかったわけじゃなくて、変わりに山崎を天井に置いておきましたから」

焦ったような早口を聞いて、呆けていた自分に気づく。口を噤んで俯いてしまった妙が、怒っていると近藤は思ったらしい。

「いや、お妙さんより仕事が大事だったわけじゃなくて!この犯人というのがでかい屋敷を狙った強盗で、放っておけばこちらに被害が及ぶ可能性もですね」

板の隙間から転げ落ちるばかりに身を乗り出して必死でまくし立てる近藤に、妙はぴしゃりと返した。顔はあげられないが。

「見くびらないで下さい。泥棒のひとりくらい、私でもなんとでもできます。」

「いえいえ、見くびってないです!ナイス一突きでしたからぁ」

さらなる一突きを警戒してか、近藤は顔をぶるぶると振る。責任感と自尊心の強い妙が侮られるということを何より嫌うのはわかっていた。

「泥棒ごときにお妙さんの手を煩わせるくらいなら、盾になって食い止めようとそういうですね」

「泥棒よりストーカーに煩わされてます」

「はう…今日はもう煩わせません!でも心配………いや、こっそりいちゃおうとかそんなアレじゃあ」

「今夜はそこにいらして下さい」
「へっ」

「板もそのままで、何か危険があれば、盾になってくださるんでしょう」

近藤は耳を疑った。板を開けたままということは、妙の寝顔も寝乱れるさまも見てよいということだ。きっちり鼻を伸ばして答える。

「盾のイサオ、お妙さんの寝顔を護るためいくらでも身代わりになりましょう」


赤くなった目を隠すように妙は床についた。結局寝顔を拝めずのストーカーの呟きはブツブツとうるさかったけれど、灯りを落とすとすぐに寝入ってしまった。











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