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もしもあたしが神さまだったなら




ねえ、総ちゃん。

この国と言うものは、死ねば人とて神様にしてしまうのね。
菅原道真は試験の合否の悲喜こもごもを司り、平将門は天災を引き起こし、乃木将軍は武運を左右する。生きながら人を殺めたものは、荒振神となり人に災いと、死をもたらす。
秋のお彼岸に、私も近藤さんから頼まれたわ。総ちゃんが二十歳の誕生日を迎えられるように、護ってくれと。
私より若く此方に招かれる貴方を不憫に思う気持ちは、誰より私が強く抱いていると、わかってくれるかしら。貴方の肺を血に染める、其の胸の痛みを、私は身に染み入るように知っています。
二十歳の祝いに貴方が纏う羽織袴を、三年も早く仕上げねばならなかった私の願いを、わかってくれるかしら。
でもね、総ちゃん。
人は死しても神になどなれないのよ。
もしも、そうなれたとしたら。

あの子を殺してあげるのに。














ふわと舞い散る白い影。目蓋の裏に映ると思えたのは、夢か現か。
答えは直ぐに見つかる筈だ。目蓋を押し上げ、影の痕跡を見定めるだけ。今は其れができるのだから。今は。
押し開いた薄目に白い花びらが掠めていく。

「桜」

「雪アルヨ。バーカ」

声は花びらと共に上から降り懸かった。

「紙切れじゃねぇか」

目を凝らせば何のことはない、白い紙を手で千切ったような不揃いな欠片が、枕の左横に降り積もっている。
もうひと度目蓋を落として、小さな闇を覗いて見る。さらと、さらと音は聞こえど影は動かず。試すまでもない、こんな薄暗い部屋で、紙片の影など目蓋を超す筈がない。
無いモノを見るのは幻覚。在れど見えぬべきモノを見るのは、彼方から呼ばれた者の彷徨うためか。
自分はあの影を、何処で見た?何時に見た?

「外、雪が綺麗ヨ」

神楽と、外の桜を見たか。現に、神楽の降らせた雪を見たか。姉と、墓に舞い散る桜を見たか。

「俺は綺麗な桜を見たぜぃ」

姉の遺骨は、生家に程近い高台の、桜の木の下に納めた。

「だから雪アルヨ」

「だから手前のは紙切れだ」

紙切れの絨毯は、光量の乏しければ灰色の塵山にしか見えなかった。この世に生を受けて、真っ白いまま渡された紙を、生きるにつれて汚していく。罪を犯し、心に闇を持ち、人を怨み、殺め、そうして汚してきた。自分より長い齢を生き、それでも若く去った姉は、自分より遥かに白いままに紙の雪を積もらせたろう。目の前の少女もまた、そうなのだろう。こちとら、爺になるまで生き長らえたならば、恐らく紙は真っ黒になる。若しくは赤い雪となるか。身体に浴び続けてきた人の血潮を、喉から吐き出す日々。吐き出さずに生き長らえるなら、それは罪の色として赤黒く魂に刻まれるだろう。

「本物と同じくらい綺麗アルヨ」

「まさか」

そんな訳はない。其れは降り積もった卑しい我が生。

「見ろヨ、綺麗アルから」

紙を見ながら外の雪景色を見る少女と、自分とはもう同じモノを見ることはできないのだ。もう自分は、彼方と此方を彷徨う身。此方に留まるを許されぬ身。
ならばいっそ。

「桜を見たくないかい。高台に寝そべって一緒に」

目蓋を超して白き影を眼に映すように、厚い石盤を超して白き花びらに降られよう。生きて墓に参られたとて、同じ景色では在るまい。共に見るには。

「春になったら見せてやるアルよ。桜は本物集めて降らせてやるね」

共に見るには、共に在るしかない。其の意味を解らない彼女の、真白い喉に、赤灰色の指を食い込ませたい。

「梅雨になったらカタツムリヨ。夏になったらひまわりの種。いっぱい集めて降らせるからナ」

「蝸牛なんか投げるんじゃねぇや」

雨に濡れる蝸牛を、陽射しに煌めく向日葵を、共に見るには共に在るしかない。

さらと、さらと、降り続いていた影が止む。手持ちの紙が尽きたようだ。眼差しでなく、音の感触で其れを知る。

「ほら、雪積もったから見るよろし。見ないと後悔するぞ」

「いいや。どうせ手前の見た雪じゃない」

醜い自分自身なのだ。それを美しいと言うから、俺は手前を連れて行く。人の生死を決めるのは、神と物の怪。神は正当なる判決を、物の怪は理不尽な災いを。灰色の物の怪に手前はさらわれる。

「しょうがない、男」

「しょうがねぇよなぁ」

目蓋の闇に光が射した。
唐突に、はっきりと、白く眩い光が射した。思わず跳ね起きる。実際、さほど早くはなかったろうが、飛び起きる気持ちで、身体を起こした。白い手が、小さなライトを手にしている。小さな手のひらに収まるほどの、細いペンライト。

「ふふん、ザキから巻き上げたスーパーライトアルヨ。さぁ見るよろし」

光の筋を辿ると、白い雪が積もっていた。

「綺麗アル。外の雪より綺麗アルもんネ」

「ああ、綺麗だ」

柔らかい光のなかで、角をすっかり揉み取られた白い雪が、仄かに光を湛えている。灰色のシミは一つとしてなく、穢れなき魂のように降り積もっている。

「お前の雪の方が、外の雪よりキラキラしてるアル」

その言葉は、キラキラと目にも見えるように降り注いだ。神楽の光に照らされて、物の怪は祓われてしまった。なんて虫のいい事だ。あれほどの返り血を無かったことにはできないのに。
けれど憑き物は落とされてしまったから、もう物の怪にはなれはしない。白い首筋に指をかけることはもうできない。
視界を覆う涙が、少しは眼の曇りを流してくれるだろうか。神楽と共に居られる残り僅かな時間、彼女と同じモノを、同じ輝きで見られるように。



「春になったら、桜を降らせて、くれるかい」

「本物よりきれいなのナ。桜もカタツムリもひまわりも」

「蝸牛は止めろぃ」





姉上、人は死んだら神になるのでしょうか。生死を司る術を持ちますか。もし手にしてしまったら、僕はまた手を染めるかもしれない。死してなお、魂を赤黒く汚すかもしれない。

どうか、このまま清らかに、桜の木の下で。










ねえ、総ちゃん。

もしも神になれるなら、私はあの子を殺すのに。
貴方の儚い命を憂いながら、けれど貴方の両手がもう血で染まることのない安堵を噛み締める、私の胸の痛みをわかってくれるかしら。
だから貴方の手を拭って、私の手をあの子の血で染めましょう。
ねえ、総ちゃん。貴方が浴び続けた血潮を、私は吐き出し続けたけれど、私を流れる僅かな血では到底追いつかないほど、貴方に降り懸かった血だらけの罪は重かったのですね。
だから今度は私が、貴方の為に魂を血で汚しましょう。

もしも私が―――だったならば。
でもね、総ちゃん。
人は死しても神になどなれないのよ。
人は死んだところで、ただ石の中から世界を見上げるだけの、ちっぽけな自分に過ぎない。
だから安心していらっしゃい。
貴方の手を汚す血はここに無く、貴方の魂を汚す穢れはここには無い。
だから総ちゃん、安心していらっしゃい。
私と此処で、彼方に在る人の幸せを、ただ願う魂でありましょう。

人の生を讃える、桜の木の下で。








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