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DEKIKON
育児奮闘編・真夜中の鴇






歌舞伎町の夜の静寂に響きわたるは赤子の声


おんぎゃあああああああああ


それは、戦争の鴇である。











耳をつんざくような鳴き声に、夫婦はそろって眠りの底から引きずり出された。

「ぉい……泣いてるヨ」

かすれた声であわれっぽく呻いたのは神楽だった。枕に顔を埋めたまま隣に寝る旦那の肩を叩く。

「ん…おっぱいだろが、お前いきやがれ」

力なく肩を打つ手を払って、総悟の手は無慈悲に神楽をベットの端に押しやる。半身がベッドからずり落ちた神楽は苛立たしげに声をあげた。

「おっぱいなんて甘えたもん飲んでるからぁマザコンなんて育つね。自立したシティっ子はミルク派ね」

床に突いた片手を軸にして、総悟をベットから蹴り落とした。寝心地のよい場所を確保し直すと、下からの呻き声は聞き流してシーツを手繰り寄せる。早々と再開する寝息に、苛立ちを隠そうとしない舌打ちが重なる。
「じゃあ、お前がほ乳瓶あっためて飲ませろや」

立ち上がった総悟は神楽の体を掴みベッド下へごろりと落とた。いそいそ空いたベッドに潜り込む。神楽がこの程度で折れるなどとは思っていない総悟は、掴み上げられることを予想してシーツをはっしと握っていたのだが。

「育児疲れの妻の気持ちを思いやるくらいできないあるかダメ亭主…ぅあれ?」

掴み上げようとした体がベッドから剥がれないので、神楽はすぐにあきらめた。そして、ベッドに手をかけて旦那もろとも壁に向かって投げ飛ばす。普通ならば壁にぶつかった木製の家具など大破するだろうか、分厚い弾力材に押し戻されたベッドは元の場所から数メートル移動した場所に衝撃音を立てて横たわった。
終始シーツから手を離さなかったことは讃えるべきかもしれないが、油断したところを神楽の手に掛かって投げ飛ばされた。反対側、ベッドの定位置の方の壁に背中から激突する。

「…ってぇなぁ、今日一日隣の旦那に預けてたじゃねーか。すっとぼけんじゃねーや」

弾力材をリング際のロープのようにして、ベッドまで舞い戻った総悟は、今にも横になろうとしていた神楽に頭突きをくらわせる。

「こっちは仕事で疲れてるんでぃ寝かせろ馬鹿」

そして神楽の体を持ち上げようと手を伸ばしたとき、総悟の腹は神楽の両足に蹴り飛ばされて、またもや壁際まで吹っ飛んでいた。

「サボってババァのとこで茶飲んでただろうが、こちとら知ってんだぞ、国民の下僕のクセに。余らせた体力で子供の世話しろヨ、犬が」

むせかえっている総悟の傍らにたちそびえた神楽は、足元の体を踏みつけにした。

「クソあまぁ…」

ブンと振り上げられた腕で足を狙われるのを、神楽は見抜いていた。払われる前に飛ぶ。

「甘いね」

しかし、神楽が宙にいる間に総悟は立ち上がって、降りてくる神楽に拳を振り上げた。
ダン、という音をさせて神楽は背中から天井にぶち当たる。
このまま落ちてはまた狙い打ちされると悟り、左手の指輪に手をやる。
引き抜いて弾く、総悟の目を狙って。
総悟は頭の位置を少しズらしてそれを交わした。
もし体ごと飛んでいたら、追いかけてきた神楽の蹴りをかわせただろうが。
天井に手を突いて押し出すように繰り出されたキックは速く重い。
転がった総悟が箪笥に衝突して激しい音をたてる。
繰り広げられる騒音と罵詈雑言の嵐に、泣き声は激しく反応したようだ。
ふぎゃああああああああ
「うるせえ黙ってろぉ!」

ビシャーン
「うるせえのはおめえらだぁ!」



戸を叩きつけるように引き開け、肩を怒らせているのは銀時だった。

「夜泣きの一つや二つ黙って面倒見れねぇのかこのダメ夫婦!」

目の下にクマを作った銀時の凄み顔に、夫婦は髪を掴みあったまま答える。

「夜泣き当番は交代制ね。今日はどっちが当番かわからせてやってたとこある」
「当番決めてるうちに何十分たってんだ。お前ら子供育てる資格ないわ、ほんとナイわ!」

「んぎゃぁあ」

「泣くな、泣くな、銀さんがミルク作ってやっから」

銀時がほっぺたをなでてやると、泣くのをやめて甘えたように鼻を鳴らした。

「おおっと母親から育児とりあげるたぁ、甘やかしちゃいけませんぜ、手出し無用でさぁ」

「うるせえよ、寝不足なんだよ、毎晩夜泣きと騒音で頭イカレそうなんだよ!さっさと寝かしつけて寝たいんだよこっちも!」

銀時の目の下に刻まれたクマは一日や二日のものではない、長く深く重ねられた疲労感を漂わせている。

「しょうがねーや、旦那がそこまで言うなら今日のとこは折れまさぁ。」
「銀ちゃん泊まってくなら押し入れに毛布あるあるからね」
「あ、ほれ指輪」
「はめといて…ぉやすみ銀ちゃ…くぅ…」

夫婦は不自然な場所のベッドに落ち着いて、眠りの世界に戻っていった。

「けっダメ夫婦が…こういう奴らが虐待とかゲスな事件を起こすんだ…お前がしたの毛生え揃うまでは、面倒見てやるからな」

「ぁーうー」










歌舞伎町の夜の静寂に泣き声一つ

おぎゃああ




「ん…ぁ、今日は旦那いねぇんだ」

眠い目をこじ開けて隣を見ると、嫁もつらそうに目を擦っているのが見えた。

「ふぁ…しばらく、新八と泊まり込みで仕事アル」

銀時が万事屋を空ける分、近所の得意先からくる日常的な業務をひとりでこなしているのは知っていた。

「しゃあねーな」

体を起こそうとする神楽の腿を叩いてやり、総悟はするりとベッドから抜け出た。

「寝てろ、次泣いたらお前な」
「ぁりがと…」

総悟がくしゃりと頭を撫でると、神楽はもぞりとシーツにくるまった。



「お前は賢いねぇ、旦那が出かけてる日は心得てるのかい」

オムツの清潔さが嬉しかったのか、父の言葉に応えて笑ったのかはわからなかった。しかしながら、自分の面倒を見てくれる、隣の男がいない夜だと泣き声はスマートだ。来てくれるとわかる日には隣の家まで響きわたるように豪快にがなり立てるというのに。

「旦那がいる日は、ちょっと暴れれば一晩休めるんだけどねぃ。たまには父ちゃんしろってことらしいや」

腕の中の赤子はまた笑った。ザマアミロとばかりにニタニタと。

「親よりあのおっさんに懐いちまうとこなんて、親にそっくりだねぇ」

したりと笑うその顔も、父親によく似ているのだった。






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