番狂わせ
好きとキスの間(ホシ→サク)







「ん・・・・・」



夢から意識が現実へと戻る。
腕を動かしシーツの上を確認したが、何かに触れることはない。

薄目を開けるとバスルームから漏れる僅かな光り。
そして、水流の弱いシャワーの水音。
ビジネスホテルの狭いシングルルームでは遮音などあるわけがない。

ベッドサイドの時計を見れば、デジタル表示は真夜中だ。


「ッ・・・・」
手探りでライトのスイッチを押すと、弱い光源なのに目が軽く痛んだ。

気怠い身体を起こし、ベッドの下に落ちている衣服の中から下着を抜き取り身に付ける。

まだ頭は眠りの中で意識はボーッとしている。
けれど、これからバスルームから出てくる人物と言葉を交わすのだから頭を働かせねばならない。

シャワーの音が止んで、中では何をしているか想像する。

水滴を払ってからタオルを手に取り、鍛えられた身体を拭いていくのだろう。
先程まで自分が組み伏せ、抱き締めていたのだから容易に想像出来るあの身体。
服はここにないので、着替えて出てくるだろう。
お互いに汗を随分とかいたから、髪は洗ったかもしれない。
それならドライヤーを使うのか・・・・


カチャ


「ッ」
思ったより早くドアが開く。
出てくると、淡い灯りが点いて自分が起きていたことに少し驚いた表情をしたようだが、すぐに顔を背けてしまった。

「服着ろよ」
「・・・・はい」
足元の床に丸まっているTシャツに袖を通しながら横目で姿を確認する。
ドライヤーを使わなかったから髪を洗わなかったのかと思ったが、しっとりとした髪はタオルドライしただけなのだろう。
風邪を引くからと、健康管理に煩い人が髪を乾かさない理由は1つしかない。


「帰るんですか」
「あぁ」
狭いベッドで身を寄せ合うわけでもなく、寝ている間に身支度を済ませるのだから質問する意味はない。

机に置いてある携帯や財布を手に取っていた。
そして、カードキーの下に半分に折った万札を置くのが見えた。
部屋代のつもりだろうが、誘ったのはこっちで、突っ込んだのもこっちだ。
金を渡すのも変な話だが、こっちが金を受け取る権利などない。
けれど、年下に払わせる気はないのだろう。
だから見なかったことにして何も言わなかった。

しかし、このまま出て行こうとする背中に未練が突然湧く。


「堺さんッ」
「・・・・」
呼び掛けると歩みを止めてこちら見た。
試合中のギラギラした闘争心に満ちた色でもなく、
先程までの熱っぽく、悔しそうに潤んだ瞳でもない。
もう関わるな、と壁を感じるほどの冷ややかな視線。
続ける言葉はすぐに見つからなかった。

「・・・・ッ!!」
言葉がないのなら出て行こうと、ドアへ向かう後ろ姿。

なかったことにされるくらいなら、傷でもいい。
何かを残したいと拳をぎゅうっと強く握り、立ち上がった。


「あんたって、股は開くのに心は開かないんですね」
「・・・・・」
怒ったか?
怒ったのならこっちを見てくれ。

解錠してドアノブに手をかけたまま動かない。
動かないうちに距離を詰める。手を伸ばして掴める距離へ。


「お前もな」
「ッ────────」


振り向いたその表情。
知らない、見たことがない。
どういう感情が込められているのか、


「・・・・・お、れはッ」


一瞬の戸惑い
伸ばした手は何も掴むことがなかった。



ガチャン



重いドアが閉まると同時にオートロックも掛かった。
これでこのドアはこちらが開けない限り、開くことがない。

「・・・・クソッ」
ドアノブに手を伸ばすことが出来なかった。
行き場のない手を握り締め、ドアにぶつけてそのまま額を押し当てた。

あなたが言っている『お前も』とは、こういうことなのか。
引き留めることも、追うことも二の足を踏む。


玉砕覚悟で後先考えずにぶつかれるほど若くない。
かと言って、しょうがないと諦められる程歳を重ねていない

自分の気持ちを隠しながら、あなたの胸の内を探るように
悪い冗談だと鼻で笑って流せるように、ただホテルに誘ってみた。

「いいぜ」
男からの馬鹿げた誘いに嫌悪するわけでも動揺するわけでもなく、こっちが戸惑う程の軽い二つ返事。

少しは心を読めるかと期待したが、
求めても受け入れてくれるのか、
引き寄せても拒否されないのか、
保険のつもりだったのに、結果は全く分からず逆に混乱した。


『好きでもない奴に股開くかよ』
そんな都合の良い解釈は出来ない。
何故なら、お互い男だから。

溜まれば出したくなるし、刺激を与えれば嫌でも勃つ。
たまたまそういう性癖の持ち主だったのなら、男からの申し出はありがたいだけだろう。
相手への気持ちがどうこうというのは問題ではなかった。
だから自分の気持ちも行き場を失う。



バスルームのドアを開ける。
まだ湿度が高く、ここにいた存在が残っていた。


遠慮がちなシャワーの水量
使われなかったドライヤー


これは寝ている人間を起こさないように気を遣ったのか、
それとも顔など見たくないから寝ているうちに消えようと思っていたのか。
行動の意味は同じでも理由は雲泥の差だ。

どっちなんだよ。



「タオル・・・・」
1枚のフェイスタオルが使われ、洗面台に丸めて置かれていた。
未使用なのはバスタオルともう1枚のフェイスタオル。

こんなタオル一枚を使っただけでは髪は随分湿ったまま出ていったことになる。

これは気遣いだろ?
自分のためにバスタオルを残してくれた優しさだろ?
勘違いでも自惚れでもないと思っていいだろ?

グッと胸が締め付けられる。




「俺は、堺さんが───────────」




口にしたことのない続く言葉が声にならないように、
1回もキスをしなかった唇を噛み締めた。






13.10.27
×××××××××
『好き』もなく『キス』もない行き場のないホシサク。



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あきゅろす。
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