番狂わせ
9×19(ブチホシサク)








「ぁ・・・」
「どうした?岩淵・・・・ゲッ!」



ここは浅草。
あのチームのホームタウン。
知ってる奴に会うかもしれないからやめようと言ったのに。
よりによって、この人か・・・・

星野は顔を伏せたが、もう遅いだろう。
岩淵の声に向こうも気付いた感じだ。

気付かないフリをしてやり過ごしてくれることを星野は願った。


「堺さん」
「ちょ、バカッ、」
岩淵はとことん星野の期待を裏切った。
被っていたキャップを脱ぎながら岩淵は見つけた人物へ近寄って行く。

「ども」
「おぉ」
変装用に掛けた伊達眼鏡はそのままで堺に頭を下げた。

「珍しい顔がいるな」
「代表合宿がこっちなんで、今日は観光に来ました」
「へぇ・・・・」
素直に目的を告げた岩淵に、堺の口元は少し緩んだ。

「・・・・ちわッス・・・・」
不本意で仕方なかったが、1人知らん顔は出来ずに星野も堺に挨拶をした。
すると堺の表情はすぐに変わった。

「代表選手様がこんなとこで観光とは、バレたら大騒ぎになっちまうな」
「俺は反対したんですけどコイツが・・・・」
「それでわざわざ変装までして足を運んだっつーわけか」
周囲を気にしながら話す姿以上に、サングラスを掛けた星野が堺は気に食わないようだ。

「テレビに出るような有名人がこんなトコ来て、随分余裕なんだな」
「別に・・・・」
一々トゲのある言い方に星野の眉はピクピクと動いた。

「余裕とは違いますけど、1回サッカーを切り離すと俺はメンタルが安定してパフォーマンスが良くなるんすよ」
「ふぅん・・・なるほどね」
岩淵の持論に堺は頷いた。

「試合頑張れよ、お前は」
「あ、はい」
「・・・・ッ」
岩淵の腕をポンっと叩き励ます姿に星野は歯を食いしばった。

「ちょっと堺さん、『お前は』って言い方じゃ、この場にいる俺を除けてるみたいじゃないですか!」
「はぁ?除けてるに決まってるだろ」
「は!?」
鼻で笑う堺に星野はイラッとする。

「当たり前だろ?試合は点取りゃ勝つんだよ、だったら頑張んのはFWに決まってるだろ」
そんなことも分かんねぇのかよ、と堺は溜め息をつくのでいよいよ本気で星野はキレかけた。

「点を取られたら試合は負けるんだよ!」
「失点はキーパーであるお前のミスだろうが」
「なっ・・・・」
「お前はせいぜい足引っ張らねぇように気を付けるこったな」
「ぐっ・・・・!!」
言い捨てて見下す堺に星野は言葉に詰まる。


「・・・・仲、いいんすね」
「「はぁ!!??」」
2人のやり取りを見守っていた岩淵の呟きに堺と星野は声がハモる。

「お前、何見てんだ!?いいわけないだろ!!こんな性格悪過ぎる人となんかッ」
「あぁ!?」
「あ、いや、」
うっかり口を滑らせた星野は低音ボイスで凄まれて萎縮する。

「こっちだって冗談じゃねぇよ!こんなビックマウス」
「は!?俺のどこが口だけなんですか!?」
「口だけじゃねぇか」
「実力相応なことしか言わないっすよ!!」
「そういうとこだって自覚したらどうだよ」
「ぐっ・・・」
「・・・・」
いがみ合う2人を岩淵は交互に見る。

「じゃあ仲悪いんすね?」
「「当たり前だッ」」
またしても声がハモる。

「なら・・・・堺さん」
「ッ!?」
岩淵は腰に手を回して堺の身体を引き寄せた。

「FWの俺とは仲良くしてくれますか?」
「ちょ、近ぇッ」
「俺は堺さんとの距離を縮めたいです」
「い、わ・・・・」
眼鏡越しでも真っ直ぐな瞳が堺を捕らえ、堺は目を見開いたまま身体が固まってしまった。

吐息が触れてしまうのではないかという距離・・・・


「おいッ!!離れろよ!」
「む、」
星野は力で岩淵を堺から引き離す。

「こんな人の多いとこで何考えてんだよッ」
「場所なんて関係ないだろ」
「あるだろうが!!あんたも好き勝手されてないで抵抗したら・・・・って、何で顔赤くなってるんだよ!!」
「はっ!?なってねぇよ!!」
星野の指摘を堺は否定をしたが、その言葉が嘘であることを自覚するほど顔が熱い。

「ちょっと抱かれて赤くなるって、あんた岩淵に気があるんですか!?」
「はぁ!?何言ってんだよテメェッ」
「ねぇ、堺さん」
「あ?」
ムキになって食いかかろうとしていた堺を止めたのは岩淵の呼びかけ。

「付き合ってくれませんか」
「は・・・?」
「なっ!!??」
堺も星野も絶句した。

「おま、岩淵ッ、お前何言ってんだよッ」
「星野には言ってない」
「いや、そりゃそうだろうけどッ」
「いいぜ」
「はいぃぃい!!??」
動揺して混乱する星野にトドメを刺したのは堺。

「今は空いてるから構わねぇよ」
「ホントですか?」
「あぁ」
さらりと堺は岩淵の誘いに乗った。
目の輝く岩淵と、それを見て軽く微笑む堺の姿に蚊帳の外の星野は拳をぎゅっと握った。


「ちょっと待てよッ!!そんな簡単に付き合えるんだったら俺だって付き合いてぇよッ」
「は?」
「仲悪いって言ったのに何でお前が出てくんの」
「黙って見過ごせるかよ!俺だって堺さんのことが好、き、・・ッ!!!」
星野はハッとしてバッと口を手で抑えてしまった。
そして、それが過ちだったと瞬時に理解している。
確実に耳へ届く言葉を発して、更に誤魔化しの効かない行為をしたことに星野は硬直した。

「へぇ・・・・」
「ッ・・・」
星野は血の気が引いて固まったまま堺の方を見ることが出来なかった。
どんな表情をしていて、どんなことを言われるのか怖くて仕方ないからだ。

「俺は今時間が空いてるから観光案内に付き合ってやるって答えただけなんだがなぁ?」
「えッ!!」
星野は早とちりしたことに恥ずかしくて赤くなる。

「あーそー・・・・まさか告白されるとはなぁー、随分腹の立つ野郎だと思ってたけど愛情の裏返しねぇ、ふぅん」
「ぐっ・・・」
「お前が俺を好きだとはなぁー、へぇー」
「・・・・っるさいっすよッ!!」
棒読みで星野の気持ちを口にする堺にとうとうキレた。

「何なんすかあんたはッ!!だったら何だって言うんだよ!それがどうしたって話っすよ!ホントあんたって性格悪いよなッ!!」
「ぁ」
「クククッ・・・・」
星野は真っ赤になりながら叫ぶだけ叫び、踵を返してズンズンとその場を去っていった。
サングラスで表情はしっかり読み取れなかったが、恐らく半べそをかいていたに違いない。

「ホント・・・・騒がしい奴だな」
「・・・・」
岩淵の目に映った堺は、どこか嬉しそうに見えた。
その笑みはどういうことか触れたかったが、堺が自覚していないものだったら墓穴を掘ってしまいそうで気付かなかったことにした。


「んで、どうする?少しなら時間作れるぜ?」
堺は見えなくなった星野から岩淵へと視線を移す。
星野をからかうためだったのではなく、意味を取り違えているのは本気なのか、と岩淵は苦笑いが溢れた。

「いや、いきなりで申し訳ないんで大丈夫っすよ」
「そうか」
「でも、今度ちゃんとデートしたいっす」
「デートってお前」
岩淵の本心を理解していない堺は、突拍子もないことを言う奴だ、と半ば呆れて笑う。

「そんな簡単に誘っちゃダメでしたか?」
「んー・・・・」
縋るような瞳は拒否することを躊躇させる。
堺は案を巡らせる。
いなくなった捻くれた奴とは対照的に素直な岩淵を甘やかしたくなるのは何故だろうか。

「じゃあよ、お前の決勝点で日本が勝ったら考えてやるよ」
「ホントっすか!?」
「この辺だったら俺でも案内出来るしな」
「そっすね・・・」
そうだ。意味がちゃんと伝わっていないのだ。
岩淵はもどかしさを感じて頭を掻いた。


「ねぇ、堺さん」
「ん?」
「もう一個お願いしていいっすか?」
「何だ?」
岩淵はしっかり堺と向き合い、じっと見つめる。

「俺がハットトリック決めたら、最後はホテル行ってくれますか」
「ホテ、・・・って、はぁッ!?」
さすがにこれは堺でも意味が分かった。
目の前の相手がどう想っているのか『付き合って』の意味も。

「約束して下さい・・・・俺、本気出しますんで」
「いや、ちょ、待っ、」
危機感が足りなかった。堺は後悔しているのに青ざめるのではなく、ダイレクトな告白に顔が赤くなってしまった。

「いわ・・・・ッ」
にっこりと微笑みながら会釈をし、帽子を被り直して雑踏の中へ紛れていく岩淵。
堺は追いかけられなかった。
追いかけたらきっとまた、いや、もっと強く抱き締められる気がしてしまったから。


「どうしろって言うんだよ」
憎たらしい天敵とも呼べるゴールキーパーと
可愛げがあり羨ましい実力を持つFW
突然2人から想いを告げられて堺は困惑して頭が働かず、よく晴れた空を仰いだ。







****




「もしもし」
『何だよ』
「どこ行ったんだよ?俺、帰り方分かんねぇよ?」
『お前なんて知るか』
電話の向こうの星野は不機嫌な声だ。

『・・・・堺さんは?』
「次の約束して別れた」
『・・・・何の約束だよ』
声とは裏腹にとても興味津々なのが伝わってくる。

「俺が代表戦でハットトリック決めたら抱かせてって」
『は!?何だよそれ!!っつーか、堺さんOK出したのかよ!?』
「俺は、あの人が欲しいんだ」
『な、んだよそれッ』
星野は、質問の答えになっていないことにイラついている。
同じ男というハンデがあるものの、堺が自分と岩淵に対する態度や表情が明らかに違っていたことに焦っていた。
押せば何とかなるとしたら、スタートラインが前にある岩淵が有利だ。
堺にマイナス印象ばかりの星野は、岩淵の想いを初めて知り、初めて嫉妬心を抱き、初めて敵意を抱いた。


「なぁ、星野」
『何だよ』
「それで、お前はいつ迎えに来てくれんの」
『知るかッ』
ブツッと電話が切れ、岩淵は目をパチパチさせて通話を終えたスマホのディスプレイを見つめた。

「・・・・コイツ、随分本気なんだな」
頭を掻きながら電話の向こうでは般若顔をしていたかもしれない星野のことを考えて溜め息をついた。


「あの、スミマセン、国立競技場ってどこですか?」
岩淵はその辺りにいる人に声を掛けた。








****




「・・・・・チッ」
震える携帯のディスプレイに表示される名前に舌打ちをした。

「何だよ」
無視したっていいのに、星野は律儀に通話ボタンを押した。

『あのさ・・・・やっぱ迎えに来てよ』
「はぁ?」
電話の向こうは騒々しい。
キャーという黄色い声が聞こえるのはまさか

「お前、バレたのか」
『道聞いたら人が集まってきた』
「アホかッ!!」
分からないことは人に聞く、なんて素直なのだろう。
自分が有名人である自覚が足りな過ぎだろう。
そんな天然を1人にした自分が悪かったのだろう。
星野はイライラが募る。

「ったく、世話焼かせんなよ!今どこだよ」
電話の向こうで岩淵がここどこ、と周囲に確認をしていた。
こういうとこもホント馬鹿だと思いながらも、岩淵が導き出した答えよりは正確なので星野はその場所を目指す。

『俺、お前がいないとダメなんだ』
「都合のいい時だけだな!それともう動くなよ!あと、外野はなるべく散らせろ!目立つな!人と馴れ馴れしくしゃべるな!」
『あぁ、お前のこと待ってるよ』
怒りのコーチングをして電話を切った。

「何でFWって奴はこうもクセが強いんだよッ」
街中で偶然会った性格が悪いが好意を抱いてしまうアレと
これから迎えに行く天然で人を振り回す俺様なソレ
星野は脳内を占める2人のFWのことを考えないようにと、頭を1回大きく振った。











おまけ





「すげー!今日岩淵キレッキレだな」
「相手だって動きが悪くないのに1人で2点かぁ」
「・・・・・」
「ん?どうした?堺」
いつものメンバーで代表戦をテレビ観戦していると、いつもと違う堺の様子に丹波は気付いた。

「俺・・・・抱かれちまう」
「はいぃ!?堺くん!?何言ってんの!!?」
堺は不安そうなのにどこか目の縁が赤く、
落ち着きがない様はまるで乙女のようだった。




****




「馬鹿野郎ッ!!何岩淵に好き勝手やらせてんだよ!周りはボール奪えッ!!」
「は!?星野ッ!!??」
「お前、何言ってんの!?」
「もうこれ以上点取らせんなッ!!」
星野は初めて自分のポジションを歯痒いと感じた。
今すぐここを飛び出して岩淵の活躍を止めたいのにそれが叶わない。

「クソーッ!!!」
星野の悲痛な叫び声を聞いて岩淵は口元を緩めた。







13.09.29
×××××××××
天然に振り回される星野。
FWサンドなんて羨ましい!



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