戦国
名を呼ぶ声(幸+佐)
「旦那〜お茶の用意出来たよ〜」
「……………」
庭で稽古に励む幸村は、木刀を構えたまま微動だにしなかった。
「ん?珍しい」
普段なら飛び掛かる勢いの主人の違いに佐助は首を傾げた。
「静かなのはいい…………けど………旦那〜!お茶冷めちゃうから休憩入れてよ!」
佐助は湯呑みと団子の乗った盆を縁側に置いた。
「旦那ぁ〜………旦那の好きなお団子だよ〜」
「…………」
ゆっくりと幸村は眼を開けた。
「………旦那旦那とお前は………」
「あれ………?」
不機嫌な幸村に佐助はいよいよ不審に思った。
「精神統一しているというのに………」
「………いらないなら下げます」
「いらぬとは言っておらん!」
頬を膨らませながら縁側に近づいた。
「ふぅ………」
「………どうしたの!?旦那が団子食べないなんて!熱ある!?」
縁側に腰掛けても、団子に手を伸ばさない幸村に動揺した。
「………………昨日……」
「昨日?……………ぁ………」
重い口から紡がれた言葉に、佐助は昨日の情景を思い出した。
昨日は奥州の双龍が、一足早い上田の春を愛でるために訪れていた………────
「政宗様!今日は花見だけだと仰りましたよね!」
「堅ぇこと言うなよ………火が点いた、それだけのことだ!なぁ?真田幸村ッ」
「臨むところです!政宗殿!」
「旦那ッ乗らないの!」
従者2人の制止も聞かず、主君2人は桜が咲き乱れる庭で刃を交えた。
「全く………あんな楽しそうな顔をして………」
「ホント………じゃれ合うのが好きなんだからねぇ」
気苦労の絶えない2人は溜め息をついた。
「桜の下で………粋だよな」
「えぇ………実に良い花見でございますっ」
鍔迫り合いの時、政宗と幸村はニィっと笑い合った。
「だがよ………今日は俺の方が分が悪い………」
「え………?」
間合いを取り、政宗は舌打ちした。
「動きづれぇから踏み込みが甘いな………」
「なっ、なんと!?」
花見だけという名目で上田を訪れたので、政宗は着流し姿だった。
袴の幸村と違い、動きに制限があることに苛つき、政宗は着物の合わせ目をガバッと広げたのだ。
「まっ………政宗殿の破廉恥ーッ!!」
白く長い脚が露になり、内股の際どい部分を目の当たりにした幸村は両手で顔を覆った。
「もらったぁーー!!」
「ぐ……はぁ!!」
「────旦那ッ!」
政宗は容赦なく幸村に渾身の一撃を食らわせた。
「Ha!これくらいで油断するなんて、様ぁねぇな!」
「政宗様!悪戯が過ぎますぞ」
「名付けて、Sexy Shot……ってか?」
政宗の高笑いと、駆け寄ってきた佐助の呼ぶ声が、遠くなる意識に微かに届いていた……………──────
「ははは………昨日は見事に一発食らったもんね………」
「あれはッ………仕方あるまい………政宗殿があのような格好を……」
幸村は負けた悔しさで落ち込んでいたのに、政宗の姿を思い出して赤くなった。
「直視など出来るものか………政宗殿の………」
幸村は膝頭を擦り、もじもじとしているので佐助は悟った。
「はいはい………じゃあ、誘惑に負けないような強い精神を養う稽古を続けて下さいな」
「ま、負けてはおらぬ!それに………お前が旦那旦那と稽古の邪魔をしたのであろう!」
幸村は羞恥のあまり、むきになった。
「あーそーですか!ならもう旦那のことは呼びません」
子供の喧嘩かよ、と思いながらも佐助は反発した。
「…………そうだな!」
「はい?」
幸村は少し考えてから、何か閃いたように顔を輝かせた。
「いつも旦那と呼んでおるから、たまには名で呼んでみよ!」
「えっ────」
「さぁ!」
「ぁ…………うん」
唐突なことで、幸村に笑顔で急かされ、佐助は気恥ずかしくて仕方なかった。
「その…………あぁ〜…………ゅ……………幸村……?」
佐助は真っすぐな瞳から視線を反らし、ボソッと名を呼んだ。
「…………うむ!」
「ははは………」
ちらりと視線を戻せば、幸村はにっこりと微笑んだ。
「ッ!?」
釣られて口元が緩みそうになった途端、強い力で手首を捕まれて息を飲んだ。
「…………主を呼び捨てにするなど、忍にあるまじき行為だな………」
「なっ!?」
「敬う心を持っておらぬのか、身の程を弁えておらぬのか」
「ぃ…………や………」
佐助は「今すぐ逃げないと危険だ」と肌で感じた。
「上下というものをその身体に叩き込まねばなるまい………」
「ちょ、ちょっと!俺を捌け口にしようと計ったでしょ!」
「何がだ?仕置きをするだけだぞ?」
「待って!旦那!」
「旦那とは呼ばぬ約束であろう?」
普段の純真無垢な笑顔ではなく、何かを企む笑みに恐怖さえ感じる。
「ゆ………幸村様!許して下さいッ」
「…………」
抵抗しても力では適わない佐助は懇願した。
「………………許さぬ」
「ゅ………幸村様ぁあ!!」
にっこりと黒い微笑みで一蹴され、佐助はこれから我が身に起こる恐怖に叫ばずにいられなかった。
暑苦しい猪武者と思われがちな真田幸村………
実際は、策士である─────
×××××××××××××××
黒幸村発動!
政宗のことで欲情したから佐助を代わりにヤッちまえ!ってお話。(←身も蓋もない)
「幸村様」って呼ばせたかったの!
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