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終末部
プロローグ
死にたいと思うことはいけないことなのだろうか。苦しくても生き続けることが正しいのだろうか。生きてた方が楽しいなんて言うけれど、僕には到底そう思えない。死んだ後どうなるか知らないけれど、もし生まれ変われるならもっと生きるのが楽な生き物になりたい。人として生きるのは、あまりにも辛い。
酷く澄みわたった蒼天の下、僕はフェンスのない屋上から地面を見下ろしていた。風はない。ここから飛び降りたら真っ逆さまに落ちるだろう。それでいいや。打ち所があまりよくなくて死ななかったら大変だ。
大きく深呼吸をする。怖くないわけではない。さっきから握った手がぶるぶる震えている。
でも、今から教室に戻って、いつも通りの僕と向き合うよりはずっとマシだ。ずっと。引っ込み思案で、我が儘で、なんにも出来ない僕なんていらないじゃないか。誰にも知られずこっそり死んでやる。その方が、だって――。
「なんで泣いてんだよ…ッ」
笑っちゃうよな。今から死のうとしてるのに顔は涙でグチャグチャだ。抑えようとしたって指の隙間から溢れていく。
ああ、行かなきゃ。きっと一瞬で終わってしまうんだから。この涙もすぐ止まるから。最期ぐらいかっこいい僕でいよう。いさせて下さい。
僕は揃えた両の膝を曲げ、大きく腕を振って、跳び上が――。
「待った待ったー!」
……――れなかった。
コンクリートの隅っこで僕の体はバランスを崩して揺れる。あ、やばい。ここで落ちるのか。ちょっと待って。まだ、まだ僕は。
――死にたくない…!
そのとき、僕の体は後ろに傾いた。肩に強い力を感じ、地面を見ていた僕の視線は空に向けられる。すごく綺麗な空だ。足が上へと上がっていくのに、僕の体は落ちていく。時間がゆったりと過ぎていくのを感じた。僕は宙に浮いたままだ。
「おい、しっかりしろ」
「…え?」
体に衝撃を感じることもなく、僕の足は再び地面を踏んだ。誰かに支えられていた。わきの下から腕を通され、僕の背中はその誰かに預けられている。一体、何が起こってるんだ。
「ほら、立てるか?」
僕は今一人で立っている。自分の足で。自分の力で。誰の力も借りずに。
「いこ?」
小学生ぐらいの男の子が僕に手を差し出す。どこか夢を見ているような心地だ。僕はもう死んでしまったのだろうか。頭がふわふわしてよく分からない。それでも涙はまたどこかで生まれて、僕の頬を濡らしていた。
僕は男の子の手を取ると、手を引かれるまま一歩踏み出した。
どこに行くのだろう。どこに僕の行くべき場所はあるのだろう。

どうやってここまで来たのか全く記憶がない。僕を引く手が止まって、それから夢から覚めたみたいに視界が鮮明に見えた。長い廊下、連なった教室、並んだ窓ガラス。いつもと違うのは、煩わしい声が聞こえないぐらいだろうか。
「ついたよ!」
下から男の子が僕を見上げる。目の前には教室の扉。色画用紙に飾られて、中心に大きく文字が書いてある。
「しゅう、まつ…部?」
しゅうまつ、終末。終わりという意味。
字だけ見れば寒気のするような不気味な言葉であったが、馬鹿みたいに興味が湧いた。無意識に腕が伸びていく。
僕は扉の取っ手に指をかけた。



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