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甘州楽
第二章「歓喜の歌声」
祭囃子が花月全体に響き渡っていた。笛、太鼓、三味線、鉦、様々な楽器が音を鳴らし、鮮やかな装いの娘たちがその音色に合わせ舞う。扇を巧みに操り、時に小刀を用いた剣舞を見せ人々を楽しませる。

桜がとても美しく咲く日だった。花月には四季がないため、桜が眠る時季がない。そのため花月の桜には、普段札が貼られ、眠っている。そして、大きな儀式や祝い事の日には札を剥がし、こうやって輝々と咲かせるのだ。

鈴の音が響き始める。囃子は次第に音を潜め、娘たちも舞を止めた。人々は道を空け、何かを待つように端に寄った。

母親に腕を引かれた少年は問う。
「かあさん、なにがくるの?」
「姫様だよ。今日は十六のお誕生日なのさ」
 
鈴の音が近づく。漂う緊張に人々はみな黙り込んだ。唾をのみ込み、鈴の音が聞こえる方をじっと見つめる。柔らかい風が癒すように吹き、小鳥は高らかに唄を口ずさんだ。

白い衣に身を包んだ男たちがぞろぞろとやってきた。その男たちの中心に、丁寧に編まれた神輿がしっかりと担がれていた。しゃんしゃんと、力強い鈴の音。神輿の中にいる姫は、さらりと簾を手でよけ外を窺う。僅かに姿を見せた姫の姿に人々は歓喜の声をあげた。姫は簾を上げさせ、人々に微笑みかけた。可愛らしいというよりは、美しいという言葉の方が近いだろう。顔つきはまだ幼いが、その目は全てを悟っているような深みを感じさせた。長い髪はしっかりと束ねられ後ろに流し、橙を基調とした衣を纏い、腰には小ぶりの刀を帯びていた。白い小花を連想させるその姫の名は、柚子といった。
 
わあわあと騒ぎ立てる人々を、枳は城から見下ろしていた。その表情はとても芳しくない。怒りと呆れを含んだ溜息をつけば、側近が不思議そうに声をかける。
「どう致しましたか、殿?」
「…あの馬鹿娘はどこにいる?」
「何を仰っているのですか。姫様は神輿の中にいらっしゃるでしょう」
「あれは偽物だ。またあの子ぎつねが化けているのだろうよ」
 
側近は絶句し、顔を青くした。
 
この儀式は毎年行われるような小さなものではない。柚子が十六を迎えたため、枳から花月の統領の座を引き継ぐという、重大なものだった。枳の子どもは柚子一人のみで、他に継ぐ者はいない。柚子は引き継ぐことに了承の意を示していたはずだった。しかし、今、柚子はいない。

「八朔はどこだ。今すぐここに連れてこい」
「は、はい!」
 
枳が苛立たしく言い放つと、側近は身を竦ませて慌ただしくその場を後にし、走りながら懐をあさって数枚紙を取り出すと、ふうっと息を吹きかけた。すると、その紙はみるみる姿を変え、鳥の形になり空を羽ばたいていった。
 
次第に城の方へと近づいてくる神輿を眺めながら、枳は再び溜息を吐いた。その顔は憂いに満ちていた。

 
同刻。山奥の古寺にて。
 
朱橘は縁側で胡坐をかきながら頬杖をつき、欠伸をもらした。辺りに人の気配はない。朱橘は退屈だった。白狐のような白髪を揺らして後ろを振り向き、翡翠のような瞳で古寺の奥を見つめる。人どころか虫の姿すら見えない。もう一度欠伸をし、首を上へと傾ける。青々と広がる空。さっと飛んで行った黒いカラスを、朱橘は憎たらしい目で眺めた。
「散歩でも行く?朱橘」
急に響いた聞き慣れた声に、朱橘はくるりと首を巡らせる。気配もなく現れた娘に朱橘は驚くこともなく、淡々と行かないと答えた。
「どうして?暇なんでしょ?」
「ここ出たらロクなことねーよ。城に連れ戻されるか、やつらに食われるかどっちかだ」
「父様のことなら大丈夫よ。ほら、全部捕まえちゃった」
 
娘は歳相応の笑みを浮かべると、握った手を開いた。さらさらと砂のように零れていくそれは、娘が飛ばないようにと切り刻んだ紙だ。手から落ち切らなかった残骸に息を吹きかけ、娘は満足気に手を振った。
「妖魔たちだって、わざわざ食べに来るのは下種ばかりでしょ?頼りにしてるよ、朱橘」
「……おう」
朱橘は顔を赤らめ俯いた。この世で最も畏敬の念を抱いている主に信頼されることは、朱橘にとって一番の幸福だった。実際、実力で言うなら朱橘よりも娘の方が数段も上であるのだが、娘は戦うことが嫌いなのである。かわいそうだからと言い訳をするのが常だが、面倒というのが主たる理由だ。

「八朔、あんまり虐められてなければいいけど」
山の麓の方を見つめながら娘は呟く。
「アイツは何とかやってんだろ。正直お前の父親よりも怖ぇし」
「八朔は父様よりずっとずっと長く生きているもの。怖くて当然よ」
娘は声をあげて笑った。
 
カサカサと、地を這うような物音がした。二人はすぐに表情を変えると、足音がした方へと駆けだした。


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