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甘州楽
第一章「彷徨うツバメ」

どこまでも広がる海。全てを包み込み、全てを拒み、光を吸い込み、闇を受け入れる。水面は緩く波立ち、まるで唄うかのように揺れる。海は一つの小島を抱いていた。蓮のように浮かんだその島は「花月」という。空を飛ぶカモメは、昼には花が咲いたように、夜は月が煌めいているように、花月が見えたのだ。その声を聞いた花月の長が、そう名付けたとされている。
 
花月に迷い込んだツバメはこう語る。そこは声の溢れる島だと。そこは緑の溢れる島だと。思わず羽を動かすことも忘れ、見惚れた。なんせ海に棲む魚以外、この辺りに生きたものがいないのだ。ここまで来るような鳥など、ただの気違いか愚かものだと揶揄される。そのツバメは後者だった。暖かい土地へ渡ろうと仲間たちと共に飛んでいたが、海を眺めているうちにはぐれ、目印のない海で彷徨っていたところ、偶然にもこの島に巡り会ったのだった。
 
花月には大きな城がある。そして、その周りを囲むように民家が建てられているのだ。朝早くから市が開かれ、たくさんの人々がやってくる。野菜や魚、手編みの籠など様々な物が売られ、子供たちは母親にねだり、腕に抱えて楽しそうに駆けた。日がさらに高くなれば、笛の音がどこからか響き始め、華やかな衣に身を包んだ少女たちが踊った。それを見た人々は手を鳴らして喜んだ。日が沈めば、あちこちの民家が明るくなり、夕飯の匂いと笑い声に満たされる。たとえるなら、永久に咲き続ける向日葵のような町だった。
 
しかし、そんな花月にも影があり、それは町から遠く離れた山の中にいた。ツバメは気味が悪かったため近寄らなかったが、なんでも人々を襲う化け物がいるそうな。天狗を見たと言う者や、夜叉を見たと言う者。中には首のない馬を見たとまで言う者もいた。町の長老たちは、それを妖魔と呼んだ。妖魔は滅多に人里まで下りてくることはない。山と平地の境界線。彼らが下りてこられるのはそこまでだ。もちろん、町に住む人々もそれ以上は侵入してはならないと言われているが、中には興味本位で境界線を越え、帰って来なかった人も決して少ないわけではない。それは、妖魔と花月の統領による掟だった。境界線を越えたものには命の保証はしない、と。無知な妖魔が町に姿を現せば消され、身勝手な人間が森に入れば殺される。お互いにそれは仕方のないことだと承諾した。
 
ツバメは、四季の変化がなく、年中暖かいその島に住み着いた。掟さえ守ればここは安全なのだ。餌が見つからなくても、どこかの少年が麦を手のひらに乗せ、食べてと呼び、眠る場所が見つからなくても、誰かが作った巣箱が太く丈夫な木にかけられていたので、ツバメは不自由なく暮らすことが出来た。平和な島だ。遠くから聞こえるさざ波に耳を傾けながら、満月を眺め、ツバメは毎夜眠りにつくのであった。


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