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小説 3
ガーディアン・8
 珍しく、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

 三橋がむくりと体を起こすと、それを合図にしたように、隣の布団で寝る阿部が、ぱちっと目を覚ます。
 そして、三橋がもたくさ着替えてる間に、ふと振り向けば、もう着替え終わっている。寝起きとはとても思えない素早さだ。
 本当に寝てたのか、寝ているフリだったのか……。
 不思議に思って訊いてみると、阿部は豪快にあくびをして、「仕事中だからな」と言った。

 仕事中。
 その言葉を聞いて、ドキンとした。

「やっぱ、気が張ってんだろうな。てか、そういう訓練受けてたってのもあんだろうけどさ。何よりお前のこと、絶対護ってやりてーしな」

 阿部はいつものように笑ったが、三橋はパッと目を逸らした。
「おら、早く着替えろ。風邪ひくぞ」
 すっかり手が止まってしまっていた三橋から、阿部はさっと白シャツを奪い取り、頭からかぶせた。
 そのまま、制服のカッターシャツを着せ掛け、ボタンを留め、ネクタイを結んで……。されるがままに着せられてた三橋の額を、ゲンコツでコツンと突いた。

「こら、甘えんな。ズボンくらいは自分ではけ」

 はっと我に返った三橋が、真っ赤になりながら慌ててスラックスをはいていると、阿部はまた機嫌良さそうな顔で、三橋の様子をじっと見ていた。
「すぐ考え事して、ぼーっとしちまうんだな、お前」
「う、そ、……」
 そんなことない、と反論しかけたが、三橋は口を閉じた。

 その通りだった。
 今だって「仕事だ」と聞いて、ぐるぐると考えていた。
 阿部が自分を護ってくれるのは……「護る」と言ってくれるのは、仕事だからに過ぎないのかな、とか。いや、きっとそうに違いないんだから、期待し過ぎちゃダメだ、とか。
 ……好きになっちゃダメだ、とか。


 朝食の席で、祖父が言った。
「今日の午後は客が来るから、そのつもりで早く帰りなさい」
「お客、って、誰?」
 胸騒ぎがして尋ねると、祖父は「会えば分かる」と短く言って、そこで会話は終わりになった。
 三橋はキョドキョドと周りの顔を見回したが、視線を返してくれたのは、瑠里と阿部の二人だけだった。

 家の門を出てから、三橋は瑠里にこっそりと訊いた。
「お客、って、誰だか知って、る?」
 けれど瑠里も不安そうに、首を振るだけだった。
 阿部は、と見れば、三橋の顔をじっと見ている。

「誰が来ても、しゃんとしとけ」

 そう言って阿部が、三橋の頭をポンと撫でた。そのまま薄茶色の猫毛をかき混ぜながら、勇気づけるように言った。
「オレが側にいてやっからさ」
 な、と言われれば、やっぱり首を振ることはできなくて、三橋はうつむくようにうなずいた。


「何よ、すっかり仲いいのね」
 少しきつい口調で、瑠里が言った。
 そして「あっ」と小さく声を上げ、タタッと走る。その先には、幼馴染の叶がいて……叶はこちらを振り返り、阿部の顔を見ると、またすぐに前を向いた。
「あいつらだって、仲いいよな」
 阿部が、ぼそりと言った。彼は相変わらず、三橋のすぐ斜め後ろを、ぴったり付いて歩いている。
 けれど三橋は昨日のように、同意して、ふひっとは笑えなかった。

 やがて校門前に来て……叶が、誰かにぺこりと頭を下げた。いや、叶だけじゃなく、そこにいた2年3年の生徒たちが、ぺこりと頭を下げていく。
 誰だろう、と不思議に思うが、そう言えば何となく見覚えがある、ような。

 同じ制服を着てるんだから、同じ学校の生徒だろう。皆が挨拶してるんだから、上級生……ということは、高等部の生徒、だ。
 でも、野球部の先輩、じゃ。ないし。
 誰だろう――?


 三橋は首をかしげて、その人を見た。
 見覚えはある。でも、思いだせない。誰だろう?
 失礼ながらじろじろと見ていたら、目が合った。
 びくん、と体を強張らせたのは、三橋じゃなくて彼の方だった。
「誰……?」
 その人の前を通り過ぎてから、阿部が静かに尋ねた。
 三橋は小さく首を振って、「思い出せない」と正直に言った。

 彼が、去年の中等部の生徒会長だったってことは……教室に入ってから、教えられた。

(続く)

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あきゅろす。
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