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小説 3
ある捕手の回想(プロ選手アベミハ)
※この話はあるチームメイトの胃痛の続編になります。




 花井さんが出てったのとほぼ入れ替わりに、今日のヒーローがロッカールームに戻ってきた。
 「ただいま」を言う前に、すかさずカチャッとカギをかけんのは、花井さん対策? 前、キスしてる最中に、いきなり戻って来られたからか?
 けど心配しなくてもあの人は、オレらが2人きりって分かってる時、2度と不用意にドア開けたりしねーと思うけどな。

「阿部君っ」
 嬉しそうにオレを呼んで、どすんと抱きついてくる三橋。
 オレはそれを抱き留めながら、返事の代わりにキスをした。ちゅっと軽く。
「インタビュー、見てくれたっ?」
「おー、見た。お疲れ」
 囁くように言ってから、今度は深く。
 投手らしい引き締まった体の恋人を抱き締めて、甘い息を奪うように舌を絡め合い、すり合わせる。

 唇を離すと、三橋が上気した顔でぽうっとオレを見上げてきた。
 見上げるつっても、身長差なんかほんの数センチってとこだけど。間近にある分距離が近くて、ついつい唇に誘われる。
 こんな風に同じ男に、しかもチームメイトに欲情するようになるとは思ってなかった。
 上気した顔は色っぽいし、肌なんかそこらの女より白くてキレーだけど、プロの野球選手だけあって、体つきは立派に男なのに。
 けど、どうにも可愛く思えんだから仕方ねぇ。
『阿部君の、お蔭、です』
 さっきのヒーローインタビューを思い出す。
 チームのみんなに冷やかされんのも、すっかり毎度のことになったけど、あれを初めて聞いたときは衝撃だった。

『全部、阿部君のお蔭、です。阿部君がすごい、から!』

 一軍初勝利、初完投のヒーローインタビューで、まず捕手のこと誉めたのは後にも先にも三橋だけだろう。
 もう2年前くらいになんのかな? 
 あれから何度か、コイツのヒーローインタビューを見る機会があって、すっかりお馴染みのやり取りになっちまったけど。
 アナウンサーとのやり取りなんかはあんま記憶に残ってねーのに、三橋の照れ笑いだけはよく覚えてる。
 けど、第一声以上に印象的だったのは、インタビューの最後だ。

『では三橋投手、最後に一言』
 アナウンサーにマイクを向けられた三橋は、真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべて――。
『阿部君、見てる? ありがとう、好き、だっ!』
 そう言って、TVカメラに向けて、手を振った。

 普通、ヒーローインタビューで「最後に一言」って言われたら、「客席の皆さん」とか「TVの前の皆さん」とか「応援してくださってる皆さん」へのメッセージに決まってるっつの。
 なんでオレ宛て?
 客席は大爆笑、異常なくらいに盛り上がり、それはロッカールームん中も一緒だった。
「好きだってよ、阿部ぇ」
「全国ネットでプロポーズだな」
 チームの先輩連中に冷やかされ、小突かれ、ひじ打ちされたのは、三橋じゃなくてオレで。
 三橋もいっぱいいっぱいだったんだと思うけど、オレだってその後は赤面して仕方なかった。

 結局、その最後の「一言」はいろんなバラエティ番組で取り上げられ、各方面に広まった。
 「阿部君、見てる?」は、その年の流行語大賞の候補にもなったし、あのやり取り自体、「プロ野球NG集」なんかではいまだに出る。
 そのせいか、オフシーズンには三橋とセットで色んな取材やゲストに呼ばれ、自然と2人で行動することが増えてった。
 一緒に取材に呼ばれた後は、やっぱ何となく、一緒に飯食って一緒に帰る。
 そうしてるうちに、気が付いたら、後戻りできなくなっちまってた。
「阿部君、ご飯、食べる?」
 とか、上目づかいで訊いて来られんのが、可愛くてたまんねぇ。

 一軍初勝利を、「阿部君のお蔭、です」って。自分じゃなくてオレの手柄にされた時点で、決定的な一投を貰ってたんだと思う。
 けど、惹かれてたのはきっと、高3の夏の甲子園で――。
 他校のエースだった三橋を攻略するべく、試合観戦したときに、こいつのコントロールにドキッとした、あの瞬間からだったかも。

 アイツと組んだら楽しいだろうなぁと思ってた。
 オレならアイツの持ち味、100%生かしてやれるのに、って。
 プロでそれが叶うとは、さすがに思ってなかったけど。今はホント、この幸運を大事にしてぇ。

 ユニフォームを大事そうに扱う、筋肉質の体をじっと見る。
 諸先輩方と同様、丁寧にたたんでベンチの上に並べる仕草も、すっかり慣れたもんだと思う。
「早くしろよ、クリーニングの業者さん、来ちまうぞ」
 ユニフォームはもちろん、ソックスからバッティンググローブまで、全部専門の業者さんが洗ってくれる。
 汚れた状態のそれを丁寧にたたみ、揃えて並べて置いておくのは、多分感謝の気持ちからだろう。
 オレも、多分三橋も、感謝してる。こうして最高のチームで、息の合う相棒に出会えたこと。このチームで明日も試合して、勝利を重ねていけることを。

「でき、たっ」
 三橋が自分の汚れ物を、きちっと畳んでベンチに置いた。
 それを合図に、球団のロゴ入りバッグを肩に掛ける。
「おし、帰るか」
 声をかけると、三橋がオレを見て、ふひっと笑った。
「うん。阿部君、ありがとう!」
 って。今日だけでそれ、何回目だっつの。不意打ちに照れて、顔が緩む。お返しに抱き寄せてキスすると、今度は三橋が真っ赤になった。
「うお、も、もう……」
 とか生意気に文句言ってっけど、キスくらい可愛いもんだと思う。

『阿部君、大好き、です』
 今日も全国ネットで中継された、公開告白に比べれば。

  (終)

※もちお様:フリリクへのご参加、ありがとうございました。前回は「馴れ初め」要素が入ってませんで、失礼しました。阿部視点で馴れ初めを、なんとなく語って貰いました。また細かいご要望があれば、加筆しますのでお気軽にお知らせください。ご本人様に限り、お持ち帰りOKです。ありがとうございました!

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