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小説 3
オレと未来の彼とオレ  (タイムスリップ・高3)
 別れよう、と言われた。
 高校3年の3学期。
 阿部君は地元の大学に推薦で進み、春からは大学生になる。
 オレは下位だけどドラフトで指名してもらって、関東のプロ球団に入団した。
 明日から、2軍の寮に入る。
 これからは、もう、滅多に会えない。

 自然消滅するくらいなら、きっぱり別れよう、って阿部君は言った。
 オレはイヤだった。別れたくなかった。
 けど、恋愛は一人でするもんじゃない、よね。
 だから、阿部君が「もう終わり」って言うなら、終わりなんだ。

「最後に、一度だけ、えっちして下さい」
 オレは、嫌がる阿部君に頼み込んで、もう恥ずかしさもプライドも、何もかもかなぐり捨てて、土下座して、そして抱いて貰った。
 最後だから、って、阿部君は丁寧に抱いてくれた。

 別れるのはイヤだった。
 だって、やっぱり好きだった。
 どうしても、別れなきゃいけないのかな?
 未来はもう、重ならないのかな?
 阿部君の未来に、オレはもう、いないのかな?

 オレは泣きながら、彼の最後の腕枕で眠った。



 目が覚めると、部屋がすっごく明るくなっていた。
 え、今、何時!?
 入寮式は午後だけど、それまでには支度して、寮の前に行かないと!
 オレは、名残惜しいけど、逞しい腕の中から抜け出そうとした。
 あれ、気のせいか、阿部君の腕、何か太くなってる?
 ちらっと思ったけど、そんな場合じゃない。起きなきゃ!

 けど、ベッドから降りる前に、その太い腕の中に引き戻される。
「うひゃあん」
 あっという間に組み敷かれて、情けない悲鳴を上げた。
 すると、そんなイタズラした張本人は、オレのそんな悲鳴に受けたみたいで、オレに覆いかぶさったまま、肩を震わせて笑ってる。
「阿部君、ヒドイ、よっ!」
 ポカポカと肩をグーで殴って抗議すると、阿部君はまだ少し笑った声で、「はー」と言った。

「いいなー、阿部君呼び。今聞くと、新鮮だな」

 え、と思う間も無く、キスされた。
 阿部君はキス、いつも上手だけど……今日の阿部君は、何だかいつもよりスゴイ、みたい?
 あ、もしかして、もう最後だから?
 だめ、だよ、もう起きなきゃいけない、のに……。
 心の中ではそう思うけど、気持ちよさに逆らえなくて、抵抗するそぶりもできない。

 もう最後だって言ったのに、何で阿部君、オレにこんなキスするの?
 オレ、別れたくないのに。別れようって言ったの、阿部君なのに。
 何で、今更、こんなキス……?

 いっそ突き放してしまいたくて、でもできなくて、悔しくて泣けて来た。
 オレの涙に気付いたのか、阿部君が唇を離して、「悪ぃ」と謝った。
「ちと、からかい過ぎたか。ごめんな」
 オレは首を振って、身を起こした。ゴシゴシと目をこすって、ベッドから降りようとする。
 そして、気付いた。

「う、え?」

 こ、ここ、オレの部屋じゃない!
 え、何で? っていうか、ここどこ?
「あああああ、阿部君っ?」
 オレは慌てて、ベッドに横たわる阿部君を見た。阿部君は「おー」と応えた。
 それを見て、余計泣きそうになった。
 違う、この人、阿部君じゃない。阿部君だけど、阿部君じゃない。
 何で? どうなってんの?
 パニックになりかけた時、穏やかな高めの声がした。

「あ、起きたの?」

 上半身裸の男の人が、首に掛けたタオルで頭を拭きながら、部屋に入って来た。
「う、え?」
 オレだった。
 うらやましいくらい、キレイな筋肉を身につけたオレが、にっこり笑ってオレにペットのお茶を差し出した。
「高3のオレ、だね? 覚えてるよ。オレもパニックだった。ここは10年後の未来だよ」
 未来のオレは穏やかな声で、どもりもしないで、オレに言った。

「訊きたいことは分かってるよ。一つ。オレ達は、結局別れなかった。二つ。ファーム生活は結構長い。三つ。オレは今、1軍で先発ローテに入ってる」

「他になにかある、かな?」
 穏やかに訊かれ、オレはブンブンと首を横に振った。
「あ、」
 訊きたいこと、一つあった。

「いつ元の時代に帰れるか?」
 オレが口を開くより前に、未来のオレが言った。オレは黙って、うんうんとうなずいた。
「すぐ、だよ」
 未来のオレが、ふひっと笑った。
「つまんねーな、もうちょっとゆっくりできねーの?」
 未来の阿部君が、オレの肩をぐいっと抱いた。
「お、やっぱ細ぇーなー」
 感心したように言われて、あ、と思う。
 オレは、未来のオレに尋ねた。

「筋肉、触ってもいーです、か?」

 阿部君がそれを聞いて、ははっ、と笑った。
 未来のオレも、笑って言った。
「どうぞ」
「し、つれいします」
 恐る恐る、右肩に触れる。そこには、かつて榛名さんに見た、柔らかな、いい筋肉がついていた。

「これ作るの、結構大変だ、よ」
 未来のオレが自慢げに言った。



 はっと気付いたら、部屋の中はまだ暗かった。
「ゆ、め?」
 絡みつく逞しい腕をゆっくりとほどき、オレはベッドに起き上がった。
 いつもの自分の部屋だ。
 まだ、夜明け前。はあ、とため息をつく。
 夢だったのかな。でも、幸せな夢だった。この幸せ気分のまま、入寮したい。

「寝なお、そ」

 オレはゴソゴソと、もっかい布団にもぐりこもうとした。と、何か冷たい物が転がってて、あれって思う。
 少し汗をかいてるけど……ペットのお茶、だ。定番の商品だけど、なんか微妙にラベルが違う……?
 そう考えて、はっとした。
 これ、未来のオレが、オレに手渡してくれたもの、じゃないか?

「う、お」
 興奮して、つい大きな声を出しちゃったかな。阿部君が、うめき声を上げて、目を開けた。
「……何だよ? まだ暗ぇーじゃねーか。寝ろ」
 そんなこと言われたって、眠れそうにない、よ。
 だって、オレ、未来に行って来たんだよ。

「10年後の阿部君は、すっごいキス、上手だった、よっ!」

 オレは寝惚けまなこの阿部君に抱きつき、未来に行った話をした。
「はー? 何の冗談だ?」
 阿部君は呆れたようにそう言って、もぞもぞとオレを抱き締めた。そしてまた、静かな寝息を立て始めた。

 オレは、未来のペットボトルを大事に枕元に置いて、くすくす笑いながら目を閉じた。
 もう、泣かなくてすみそうだった。

  (終)

※あおい様:フリリクのご参加、ありがとうございました。「タイムスリップ・アベミハ・未来」、長編と短編、2種類書かせて頂きました。どちらかでも気に入って頂ければいいのですが。

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