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小説 3
バースディ・フール・10 (完結)
 三橋は一晩入院して、取り敢えず朝まで様子見ることになった。オレがついてるからって言って、田島と親父には帰って貰った。
 すこし静かに考えたかった。
 点滴を打たれながら、三橋は穏やかに眠ってる。
 その側でパイプ椅子に座って、オレは三橋の手を握った。

 色白と見た目の柔らかさに反して、こいつの手は意外に大きく、筋張ってる。そして、努力の証のタコは……去年より、一昨年よりも格段に固くなり、数も増えた。
 オレは、そんなこいつの右手が好きだった。

「ごめん、ごめんな……」

 思い出す、こいつの誕生日。
『付き合って下さい』
 オレがさせちまった、二回目の告白。オレに強く縋りつく三橋。
 ごめん、とそれを断った時……。オレの両腕を掴んでた手から、するりと力が抜けてった。
 もしできるならあの時に戻って、力を失くしたこの両手を、しっかり握ってやりたいと思う。

「好きだ……」

 どういう好きかと言われたら……まだよく分かんねーけど、好きだ。
 「好き」以外に言葉がねぇ。ただ好きだ。
「三橋……」
 タコだらけの右手を両手で包み、うやうやしく額に付ける。

 と、その手がぴくりと動いた。
 まぶたの下の眼球が、くりんと動く。
「三橋、気が付いたか?」
 控えめに声を掛けると、しばらくして、まぶたがゆっくり持ち上がった。
 薄暗い病室で見るその眼は、常夜灯の明かりを反射してガラス球のようだ。
 見覚えのねぇ天井に困惑してんのか、しぱしぱとまばたきを繰り返してる。

「病院だ。お前、熱出して倒れてたんだよ」
 オレが声を掛けると、三橋がゆっくりと首を傾けてオレを見た。
「阿部君……ゆ、め……?」
「夢じゃねーよ」
 応えながら、熱を測ろうと額に手を置いてみる。大分下がったか? けど、まだちょっと熱いみてーだ。

「もうちょっと寝るか?」
 抑えた声で訊いたら、三橋はかすかに首を振って、「気持ちいい」と呟いた。
「阿部君の手、冷たくて、気持ちいい」
「そうか」
 そりゃ、オレが熱いと思うんだから、三橋は冷たいと感じるだろう。
 それとも……緊張で冷たくなってんのかな。

「じゃ、しばらくこうしててやっから、もうちょっと寝ろ」
「……うん」
 三橋は小さく返事して、ガラス玉のような目を閉じた。目尻から、つうっと涙が流れる。
 空いてる方の手で、それをぬぐってやると、三橋が目を閉じたまま、鼻をすすった。
 そして、震える声で言った。

「甘えてゴメン」

 ズキンと胸が痛んだ。
「んなコト言うなよ」
 たしなめながら、首を振る。違う、三橋のせいじゃねぇ。オレがこいつに言わせてるんだ。
「頼ってくれよ」
 違う、そんなセリフは偽善だ。


 だって、突き放したのはオレだから。
 頼って貰えねぇのは仕方ねぇだろ。


 でも、仕方ねぇからって、あきらめたくねぇ。
 甘えてゴメン、とか、言われたくねぇ。
 もっと甘えて欲しい。頼られてぇ。信頼を取り戻してぇ。
 ……笑って欲しい。

 オレは、三橋の右手をギュッと握った。
「なあ、三橋。ゴメンな、誕生日。それと、昨日とかも、色々ホントごめん! 悪かった!」
 三橋はしばらく黙ってたが、やがて小さく言った。
「謝ること、なんて、何もない、よ。オレ、平気だ」
「んな……っ」
 んな訳ねーだろ? もう強がりは聞き飽きた。

 オレはちょっと考えて、意地悪く聞こえねぇよう、精いっぱい真面目な声で言った。
「ゴメン、写真、見ちまった」
 三橋の手が、ぴくんと揺れた。ぐっと喉を鳴らす音がして、絞り出すように三橋が言った。
「き、キモいことして、ゴメン」
「はぁっ? キモくねーよ」
 驚いて応えると、三橋の目尻からまた、涙が流れた。
「で、で、でも、阿部君、今朝……」

 三橋がまた目を開けて、光る眼でオレを見た。
 今朝……ああ、やっぱり聞かれてたんだなと思う。
「確かにオレはホモじゃねーよ。別に、男が好きなんじゃねぇ」
 すると三橋は、「うんっ」と嗚咽を呑み込んでうなずいた。
 ズキンとまた胸が痛んだ。緊張する。でも、ちゃんと言おうと、息を吸う。

「でもさ、お前は特別だっつーかさ。他のヤローは無理だけど、お前のこと、抱き締めてぇって思うんだ。今更……こんなこと言うのおかしいか? 側にいてぇんだよ」

 三橋の眉間にしわが寄った。
 さすがに怒ったか? そりゃ怒られても仕方ねぇけど。
「離れて初めて気付いたんだ。お前が大事だって。そんでお前の嘘、全部知って、好きだって気付いた。なあ、あれ、全部嘘だろ? 出てけって言ったのも、電話するなって言ったのも。そんで、オレのこと好きって言った、最初の告白だけがホントだろ?」
 眉間にしわを寄せた三橋の顔が、今度はくしゃっとつぶれた。
 ぼろぼろと涙がこぼれる。ひくっと大きくしゃくりあげる。

 ああ、また泣かせちまった。
 オレは、心が求めるまま、腰を浮かせて三橋の体を抱き締めた。熱を帯びた細い体が、腕の中で嗚咽に震える。
 拒絶されなかった事に安堵しながら、オレは三橋に「好きだ」と告げた。
 
「なあ、写真のこと、自惚れていいか? まだお前に好かれてるって思っていいだろ? あの部屋にまた、戻って来ていいだろ?」

 三橋は返事をしなかった。
 うなずきも、首を振りもしなかった。
 迷ってんのかな。
 それとも、遠慮してんのかな? 気遣ってんのかな? まだ甘えて貰えねーのかな?

 オレが返事待って抱き締めてる間に、安心したのか何だか、三橋はまた眠っちまってた。
 くったりと力のなくなった体を、そっとベッドに横たえる。
 額にかかる髪を、そっと指先で払いながら、オレは三橋の寝顔を見つめた。
 また朝になったら、もっかい言おう。好きだって、側にいさせてくれって、ちゃんと頼もう。
 もっかいちゃんと謝ろう。


 オレは写真みてーに、いつもいつも笑顔じゃねーし、黙ってねーで文句も言うし、なるべく気を付けるつもりだけど、また三橋を泣かすかも知れねー。
 でも、写真と違って、返事はできる。
 他にも色々できるって言いてぇとこだけど……最低限、返事ぐらいはしてやろう。

 田島とか泉辺りから、そして三橋からも「写真以下」だって思われたりしねーように。
 もう、悲しい嘘、こいつにつかせねぇですむように。

  (完)

※みり様:フリリクのご参加ありがとうございました。「VDのような切ない系、健気な三橋」でしたが、いかがだったでしょうか? ラスト、曖昧な感じで終わらせましたが、何か簡単に阿部を許すのもなぁと思っただけです。もし、明確なハッピーエンドがよろしければ書き直しますのでおっしゃって下さい。

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あきゅろす。
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