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小説 3
ノーサイン・3
 ノーサイン。
 ノーサイン。
 何だよ、ノーサインで受けれる事が、偉いわけじゃねーだろ?
 捕手の仕事は、壁だけじゃねーだろ?
 捕手は、投手の為だけにいるんじゃねーだろ?

 榛名と秋丸みてーになりてーってか?
 剛速球の荒れ球を、ノーサインで捕れるような?
 そんなにスゲーか?
 うらやましいか?
 
 でも、あの秋丸って奴、スローイングもフィールディングもダメだったじゃねーか!

 それでもいいのかよ?
 そんなんで、いいのかよ?

「三橋ぃっ!」

 オレは三橋に駆け寄り、胸倉を掴みあげた。

「お前の言う集中ってのは、ノーサインで変化球捕れって事なんか? だったら、いーぜ。捕ってやる。今すぐ投げろ、何球でも捕ってやるっつの。くそっ」

 田島を押しのけ、座って三橋にミットを向ける。
「ほら、投げろ!」

 三橋は一瞬ためらって、それから大きく深呼吸して、投げた。

 真っ直ぐ、真ん中。
 なんだ、構えたとこに投げただけじゃん。
 馬鹿らしい。
「もっと揺さぶってみろよ。お前の遅い球なんか、余裕で捕れる」
 言いながら、ボールを投げ返す。
 三橋はグローブでそれを受け、一瞬、悲しそうな顔をした。

 三橋がもう一度、振りかぶる。
 今度はまっすぐ、速い球。
 パシィン。いい音が響いて、ドキンとする。
 けど、それが何だ。
 三橋の球で、ミットが鳴って、それが何だ。

「もう一球!」
 ボールを投げ返して、ミットを構える。
「変化球投げてみろよ」
 三橋はその球をキャッチして、唇を歪めた。
 泣く? いや、また……昨日と同じ顔。

 感情を全部殺したような顔。

 投げる時、あいつはいつも真剣で。
 試合の時も、そうでない時も。真剣で。だけど。
 こんな顔で投げてた事なんて、無かったんじゃなかったか?

 三橋が振りかぶって投げた。
 また真っ直ぐ、速い球。……いや、シュート!
 左にクッと曲がった球を、慌ててミットが追いかける。けど、捕逸とかする訳ねーし。

 はっ。ほらどうだ、ちゃんと集中できてんじゃねーか。これでもう文句ねーだろ。
 それともまだ試してーか?
 オレは立ち上がり、受けたボールを三橋に返した。

「もう、いい、よ」
 
 三橋が固い声で言った。

「もういい。オレが、我がまま、だった、んだ。ごめん。もういい、よ。ごめん」

 冷たい顔でそう言った三橋は、「顔、洗って来る」と言って、水道の方へ向かった。
「何だ? あの態度」
 オレがぼそっと呟くと、田島が「おい」とオレを呼んだ。
「三橋、泣かしてんなよ」
 ……泣かして?
 オレが?

「中学ん時、あいつ、ノーサインで投げてたんだろ。忘れたんかよ? 別に今更、ノーサインで投げてぇ訳じゃねーだろ。あいつが欲しいのは集中だ。昨日もそう言ってたじゃねーか!」

 田島の言葉にはっとする。

 集中。
 集中?
 ……でも、オレ、ちゃんと集中してねーか?

 混乱するオレに、田島が言った。

「三橋はな、お前がいーんだよ。お前に投げてーんだよ。2年で残り、一万球。全部勝って、全部投げて、それでも残りあと、一万球ねーかも知れねーんだよ!」

(続く)

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