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小説 3
バースディ・フール・4
 三橋は早朝5時に帰って来た。
 怒り狂った田島と泉が、後ろにいるかと思ったが、意外にも一人でほっとした。
 オレはダイニングテーブルに突っ伏して寝てて、カチャンと鉄扉の閉まる音で目が覚めた。
 はっと顔を上げると、三橋と目が合って……ヒデェ顔した三橋が、ぱっとうつむいて顔を逸らした。

 ただいま、とか何とか言ってくれりゃ、こっちも会話しやすいのに。
 内心そう思いながら、努めて明るい声を出す。
「ケーキ、あるぞ」

 ふおおお、と目を輝かせて「ケーキっ」と言ったり。
 ふにゃっと笑って、「ありがとう」と言ったり。
 不細工な飾りつけを見て、ふひっと変な顔で笑ったり。
 そんな反応が待ってると思ってた。
 何でかな? そう信じて、疑ってなかった。

 けど三橋は、オレの顔を見もしねーでぼそりと言った。
「いら、ない」
 ムッとした。
 けど、オレが何か言う前に、三橋がまたぼそりと言った。
「ごめん、ね、昨日。オレ……」
「謝んのはオレの方だろ」
 三橋が全くこっちを見ねーから、オレはイスから立ち上がって、三橋の方に近寄った。


 三橋はオレの気配を感じたのか、ピクンと振り向いた。キョドキョドと腫れ上がった目でオレを見て、オレの部屋のドアを見て、玄関を見た。
 そして、おずおずと言った。
「カノジョさん、は?」
 オレは、ちっと小さく舌打ちをして、素っ気なく応えた。
「あの後、即行で別れた。つか、多分、カノジョじゃなかった」

 三橋はぼんやりと、オレのセリフを反芻した。
「多分……カノジョじゃ、なかった……か、勘違い、ってこと?」
「あー、そうだな。好きかと思ったら違ってた、つーかな」
 オレがそう言って自嘲したら、三橋は、信じられないとでも言いたげに、首を振った。

「阿部君は、残酷、だ」
 
 予想外になじられて、オレはぐっと眉をひそめた。
 だって、そんな風に言われる理由がねぇし。

「てめーにゃ関係ねーだろ」

 はね付けるようにそう言うと、ひうっと音を立てて、三橋が息を吸った。
 そして、大声を出した。
「関係なく、ない、よっ!」
 でっかい目からぼたぼたと、でっかい水滴がこぼれ落ちる。

「だって、オレ、阿部君、が好きだ」

 はっとした。
 オレにとっては友達でも、こいつにとってオレは……友達じゃなかったって事、失念してた。
 琥珀色の大きなつり目が、まっすぐにオレを見つめる。
「こ、こ、これも勘違い、だと、思う?」

 オレは、肯定も否定もできねぇで、ただ一言、謝った。
「悪かったよ……」
 それは、何に対しての謝罪なのか、自分でもよく分からなかった。
 多分、三橋にも分からなかったんだろう。ひっく、としゃくりあげながら、大きく数回首を振った。
 そして、言った。

「オレは、阿部君が、好き、だ。好きだ。好き、です」

「三橋……」
 戸惑うオレの両腕を掴んで、ぼろぼろ泣きながら、三橋はオレの目を見て言った。

「付き合って下、さい」

 オレは、三橋の目をまっすぐ見れねーで、目を伏せた。
「ごめん」
 オレの短い返事を聞いて、三橋がゆっくりとオレの腕を放した。


 もし、これを言われたのが、去年の夏の終わりだったら、どうなってたんだろう? オレは何と返事しただろう?
 あの時、ちゃんと三橋の気持ちに気付いていたら?
 勘違いさせねーで、ちゃんと、振ってやっていたら?


 三橋が、ふいに顔を上げて、笑った。
「嘘、だよっ」
 声が震えていた。
「エイプリル・フールだよ」
「今、4月じゃねーぞ」
 ぼそりと指摘すると、三橋はふひっと笑って……。

「じゃ、じゃあ、バースディ・フール、だ、よ」

 そんな、無茶苦茶なことを言った。

「あ、阿部君、信じた? だまされた、ね。安心して。オレ、阿部君のこと、好きじゃない、よ」
 オレは、何て応えればいい?
 三橋がぼろぼろ泣いてんのに。

 泣かせるつもりじゃなかった、とか。
 泣きやんで欲しいとか。
 笑って欲しいとか思ってても、実際泣かせてんのはオレで。

 オレのこと好きだって事も全部、嘘にしちまおうとしてる三橋がいて。
 それで。
「だから、もう、阿部君とは住めない」
 
 それが嘘なのかどうかも、もう分かんなくなって。
「出て行って」
 とか言われて。

「嘘、だろう?」

 オレが力なく訊くと、三橋は、「嘘じゃない、よっ」と言って、目を伏せた。
 涙がつーっと頬を伝った。

(続く)

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