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小説 3
アフター9の恋人・7
 初めて来た最上階は、エレベーターホールから廊下まで、ずっと赤いカーペットが敷かれていた。
 二人の清掃員は、清掃員らしからぬ堂々さで、カーペットの道を歩いていく。
 やがて二人は、内部監査室、と書かれた部屋の前で立ち止まった。
 叶が、コンコンコン、と扉をノックして、返事も待たずにカチャッと開ける。
 アゴで促されて中を覗くと、まず目に付くのは、ごつくて大きな楕円形の黒テーブル。それを囲む革張りの肘掛け椅子。そして……。
 そこに座る、茶色いふわふわの髪の青年。

 驚かなかった、と言えば、嘘になる。
 何でこんな場所に、当たり前のように座ってんのか。問いただしたい気持ちも、ちょっとはあった。
 お前は何者なんだ、って……心の中で訊いたけど。でも、それより、顔を見られて嬉しかった。

「おか、えりー」
 三橋は入り口の方を見もしないで、手元の作業に取り組んでいた。
 そっと近いて後ろに立つ。
 パタンとドアが閉められて、見れば、叶も畠もいなくなってる。
 部屋の中には二人きり――。

 三橋。

 初めて見るスーツ姿は、作業服とは印象が違った。けど、これも何か似合ってなくて、ちょっと笑える。
 オレは後ろから、愛しい背中を抱き締めた。
「うひっ!」
 色っぽくねー悲鳴を上げて、三橋が振り向き、息を呑む。
「あ……」
 オレの名を呼ぼうとしたんかな。でもその続きは、オレが唇で塞ぐ。
 一週間ぶりのキス。
 一週間ぶりの甘い吐息。
「三橋。好きだ。……会いたかった」
「あ、べくん、何で?」

 三橋は顔を真っ赤にして、涙をちょっと浮かべながら、首を振った。
 けど、首なんてこれ以上振らせねー。
 オレは三橋のとなりの肘掛け椅子に座り、いつもの夜のように、手首を掴んで引き寄せた。
 三橋は一瞬抵抗したけど、もっかい強く引き寄せたら、今度は素直に従った。
 いつものようにひざに乗せ、細い体を抱き締める。

「何でかっつったら、こうしてーからに決まってんだろ」

 耳元で囁くと、三橋の肩がビクンと跳ねた。
「なあ、好きだ。お前は?」
 三橋は応えねーで、うつむいたままだ。
 でも、何でかな、不安はなかった。三橋の気持ち、聞かなくても分かってた。

「オレはお前と、これからもこうしてぇ。お前は?」

 もう一度尋ねながら、ヒザの上の双丘に手を滑らせる。
 狭間を指で辿り、秘所に当たりをつけて指先を曲げると、三橋は「あっ」と声を漏らし、オレの首に抱きついた。
 ほらな、体は正直だ。
 隠し事がいくらあったって、何度もこうやって愛し合った、あん時の気持ちに嘘はねーだろ。
 我ながら自信過剰かな? けど、マジそう思うんだから仕方なくね?

「好きでもねー男にさ、こんな事させるお前じゃねーだろ? オレのこと、好きだろ、三橋?」
 三度目にそう訊くと……三橋はひくっと喉を鳴らした。
 阿部君、と掠れた声でオレを呼ぶ。そして、小さな声ではっきりと言った。
「好き、だっ」

 ああ、分かってたけど、その言葉が聞きたかった。
 聞くとやっぱ、安心する。
 はは、と笑みがこぼれる。

 三橋がオレに、強く唇を押し当てて言った。
「ゴメン、オレ、阿部君、好きだっ」
「ん、知ってる」
 優しく返事して、もっかい口接ける。
 あ、と三橋が甘く喘ぐのを聞く。
「好きだ」
 息継ぎの合間に何度も告げて、何度も告げられる。オレも好きだって。
 三橋……。
 そうして二人、夢中で舌を絡め合っていたら、部屋の扉がコンコンコン、とノックされた。

 返事も聞かねーで、叶が扉をカチャッと開ける。
 咄嗟に唇は離したけど、でも三橋はまだオレのヒザの上で、少し息を荒くしてて……それを見た叶が、猫みてーな目を吊り上げた。




 翌日。昼休みになると同時に、オレは例の1課の社員に近付き、こっそりと耳打ちした。
「なぁ、昨日、チキンディアブル、美味かったよな」
 そいつはギョッとして振り向き、けどすぐに、なんでもない風を装って、「あー、じゃあ、また今日も行くか?」と言った。

 昨日の店の奥でそいつと向かい合い、「ランチ、ライス」と注文して、料理を待つ。
 今日のランチは、プロヴァンスチキンらしい。
 店員が去ってから、そいつが抑えた声で言った。
「何が望みだ?」
 はは、何だ、誤魔化すつもりもねーってか。
 オレはにやりと笑い、与えられたセリフを喋った。

「オレにもかませろよ」

 するとそいつは……オレと同様、にやりと笑った。

(続く)

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あきゅろす。
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