小説 3
くろがね王と月の舞姫 6 (完結)
バラのオイルでマッサージされた後、白い美しい服を着せて貰った。足元まで隠れる、長いドレス。これも艶やかな絹だ。昨日とはまた違う、豪華な額飾りも着けて貰った。耳飾りも、首飾りも。
ただ、鈴はなかった。今日はこれから踊るわけじゃないらしい。
オレ、踊ることしかできないのに、これからどうしたらいいんだろう?
「昨夜の宴会が、何の宴だったかご存知でしたか?」
王様のお母さんの侍女だったという、キクエさんが言った。
「陛下のお妃候補が、たくさんお見えになっていた宴でしたのよ」
「お、お、お妃候補……」
オレは全く知らなかったので、ぶんぶんと頭を横に振った。
いくら踊りを練習しても、宴会で躍らせて貰えなかった理由が、今なら少しは分かってた。どんくさいオレに、笑顔でお酌なんか絶対ムリだ。ムリだから、踊らせて貰えなかった。そして当然、これがどういう宴会なのか、知らされる事もなかったんだ。
大広間で目に入ったのは、仲間の踊り子と、楽師達。そして、王様の姿だけだった。あの場に誰がいたかなんて、覚えてすらいなかった。
お妃候補の美しい姫君達がいたことも……オレは当然気付かなかった。
もしかして、お妃選びの宴会だったんだろうか。
じゃあ、王様に連れられて、いきなり登場し、いきなり踊り、王様に抱かれて退場したオレは……もしかしなくても、宴会をぶち壊してしまったに違いない。
穴があったら入りたかった。
恥ずかしい。
でも、あれ、じゃあ王様はそんな大事な宴会を抜け出して、どうして暗い中庭なんかにいたんだろう?
すっかり支度が終わった後、オレはキクエさんに先導されて、城の中の明るい廊下を歩いた。オレの後ろには、数人の侍女たちが従ってついて来る。
キクエさんだけじゃなくて、後宮にいる侍女の人は皆、前の王妃様の侍女だったんだって。王様のお母さんが亡くなられてからは、王様しかここに住んでいなかったから、侍女の入れ替えもなくて、そのままなんだって。
「堂々と胸を張って歩けばいいですよ。そうしないと、陛下が恥をかかれますからね。あなたが見事に振舞えば、それが陛下のお為になるんですよ」
キクエさんに、あらかじめ言って貰っていたから、オレは背筋をピンと伸ばし、顔を上げ、鈴を鳴らさない足運びで歩いた。
キクエさんたちは、みんなオレにやさしい。前の王妃様が亡くなって、どのくらいかオレは知らないけれど、オレを新しくお世話できるって、喜んでくれてる。
歓迎されるのは、オレも嬉しかった。
やがて大きな扉の前で、キクエさんが立ち止まった。扉の前には兵士が二人立っていて、オレに向かって敬礼した。
扉が大きく開かれた。部屋の奥の一段高い所に王様がいた。その前には数人の人が立ち並び、何か大声で話をしてる。
もめてる……?
何か、イヤだな、この感じ。オレがいつも怒られてるのと同じ感じ、だ。
「……ですから、若輩王と侮られないよう、確固たる後見人が必要だと、申し上げているのです」
強い口調で言っているのは、あごヒゲを生やせた初老の人だ。王様は難しい顔で、その人の話を聞いている。昨日オレに見せてたような、余裕ある笑顔が消えている。
「きちんとした後見人のいる、きちんとした姫君こそお妃に相応しいでしょう」
あごヒゲの人が、部屋の中に入って来たオレを、じろっと睨みつけた。敵意。害意。イヤな感じ。
「いいですかな、私は、こんな茶番に付き合うつもりはありませんぞ!」
そして大股に歩き出し、扉の近くまで……つまりオレの近くまで来て、小声で言った。
「若輩王が」
若輩王。それは昨日、王様の口からも聞いた言葉だ。違う、くろがねの王は、若輩王じゃない。
「違う!」
オレはとっさに叫んでしまった。
「若輩王なんかじゃ、ありま、せん。オレは、ずっと旅をして、色んな街で噂、聞いたけど、若輩王なんて、誰も言ってない。くろがねの王って、聡明で勇猛なって、国中の皆、が言ってる。じゃ、若輩王、なんて、言ってるの、あなただけ、だ!」
夢中で一気に言って、ふと気付くと、まわりがシーンとしてた。
うわ、オレ、年かさの偉そうな人に、何て事を……。
顔を赤らめて、謝ろうとした時、一斉に拍手が起こった。キクエさんたち侍女も、その部屋にいた他の人も。拍手してないのはオレと、王様と、オレの目の前のヒゲの人だけだった。
ヒゲの人は顔を黒いくらい赤くして、一礼し、部屋を出て行った。
どうしよう、完全に怒らせた。うろたえるオレの肩を、キクエさんが宥めるように優しく叩いた。
「ははっ、まったくお前は」
王様がオレを手招きした。オレはためらったけど、王様の側に駆け寄った。
「ご、ごめんなさい、オレ、のせいで、王様はメーワク……?」
あの人が最初に怒ってたのは、多分、オレが調子乗って踊ったりしたからだ。多分、そういう事なんだ。その上、あんな偉そうなこと言って、余計に怒らせた。恥をかかせちゃった。もう、どうしよう。
オレ、王様に一生仕えるって誓ったけど、でも、結婚とかそんなの考えてなかったし、やっぱりムリだ。一緒にいられて、認めて貰って、触れ合えて幸せだったけど……踊る以上の幸せは、きっと望んじゃダメなんだ。
オレが泣きそうになったのを見て、王様が言った。
「何で泣くんだよ。オレ、すげぇ嬉しかったのに」
嬉しかった……?
思わず肩が、びくっと震えた。メーワクじゃ、ない?
「説明もなしに巻き込んじまって悪かったな。けど、オレは昨日、大広間にずらっと並んでた美姫よりも、お前が良かったんだ。だから抱いた」
王様が、オレに片手を差し伸べた。恐る恐るその手に手を重ねると、ぐいっと引っ張られて、ひざの上に座らされた。
まだ部屋には、他の人もいっぱいいるのに。オレは赤くなる顔を隠すように、王様の胸に顔を寄せた。
「しかし、陛下。今のは勿論ですけど、昨夜だって、溜飲が下がる思いでした」
「実は、私も」
「何だ、皆同じか。私もです」
さっき拍手してくれた人達が、口々に言い出した。
それを聞いて王様も、ははっと笑った。
「陛下が舞姫を連れて戻られた時の、あっけにとられた大臣の顔!」
「おお、私は見逃したな。そちらの舞姫ばかりを見てた」
「大臣は、まさか本当に陛下が戻って来られるとは思ってなかったんだろうからな」
ははは、と快活な笑い声が重なる。優しく髪を撫でられ、見上げると、王様が穏やかな顔でオレを見てた。
ここに来てすぐに感じた、イヤな雰囲気は、もうどこにもなかった。大臣っていうのは、きっとさっきのあごヒゲの人のことで、きっとあの大臣だけが、強く王様を批難するんだ。……若輩王とか。
王様と、部屋に残った人達は、それからもしばらく話を続けた。その話を聞いて、オレは自分が知らなかった、昨日の夜の出来事を知った。
国内外の王族・貴族の姫君が、昨日の大広間には集められていたらしい。そしてその中で、どうしても一人、選ばなきゃいけなかったんだって。ホントはもうずっと前から迫られてたのを、ずっと先延ばしにしてて、とうとう待てないって言われたのが、昨日だったんだって。
けど、どの姫も気に入らなかった王様は、「結婚相手は自分で見つけて来る」と啖呵を切って、大広間を出て来ちゃった、らしい。
そして、オレを見付けた。
月明かりの中、誰も見てないのに、夢中で踊ってたオレを。みにくいって思い込んでて、まともに踊るだけの自信すらなかったオレを。
王様は見つけてくれたんだ……。
「正直、あの宴会をぶち壊せれば、良かっただけなんだけどな」
二人きりになった後、王様が言った。
「でもお前は、ずらっと並んで座ってるだけの、どの姫よりも可憐で、美しく、情熱的な目でオレを見てた。オレのものになりたいって、オレを誘ってた。……違うか?」
「さそっ……」
誘ってはないと、思うけど。
「誘っただろ、レン?」
唇を重ねられれば、もう、王様には抗えなくて。オレは王様を見上げ、うっとりと応えた。
「はい、タカヤさま」
オレは踊ることしかできないけど、でも、そんなオレでいいなら、そばにいたい。聡明で勇猛で、若く美しい……くろがねの王の、すぐそばに。
(完)
5万打御礼フリリク・くろがね王と黄金の王妃 に続きます。
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