小説 3 アフター9の恋人・1 (社会人・R18) 夜9時。 明かりの殆ど落とされたオフィスで、一人パソコン作業をしていると、ふわりとコーヒーの匂いが漂う。 「お、疲れ、サマ」 紙コップのコーヒーを差し出したのは、清掃員の作業服を着た、オレの恋人、三橋廉だ。 「おー、あんがとな」 コーヒーを受け取り、一口飲む。100円自販機のコーヒーだけど、温かくてほっとする。 「サービス残業、は、ダメです、よ?」 三橋はオレのデスクの隣の席にちょこんと座り、自分も何かを飲んでいる。 「ああ、やってねーよ」 オレは紙コップをデスクに置き、ついでに三橋の飲んでるのも取り上げた。 手首を掴んで引き寄せ、オレのヒザに座らせて、唇を重ねる。 舌を差し込んで絡めると、ほんのり甘い……あ、ミルクティー。 「ん……あ、べく、ん」 三橋がとろんとした目でオレを見つめ、上擦って掠れた声で名前を呼んだ。 オレの頬にそっと触れる三橋の指先は、ちょっと荒れてザラザラしてる。仕事を頑張ってる手だ。 三橋はこのビルの新米清掃員で、朝から晩まで、真面目に熱心によく働いてる。色々要領が良くないのか、同僚のゴツイ奴によく怒鳴られてるけど、それでもめげずに頑張ってる。 ふわふわの茶色い髪で、色白で、細身で……なんだか作業服が全然似合ってねーんだけど、新米なんだから、これからって事かな? 廊下やトイレを掃除してたり、1日数回、各フロア各デスクのゴミ箱を、一つ一つ空にして回ったり。時にはリフトに乗って、ビルの外窓を拭いてたりもする。 前にそれを見かけた時は、同僚のゴツイ奴がスゲーへっぴり腰なのに、三橋の方は満面の笑顔だったから、ホント笑えた。 実はオレ、一度三橋に助けて貰ってんだ。 明日の本会議までに部長に出しとけ、って言われた書類が、机の上に置いといたの、なくなっちまって。 係長と課長のハンコまで貰った後だから、まさか失くしたとも言えねーし、期日は明日だし。 どうしよう、っつって真っ青になってるところに、「あのぅ……」って、こいつに話しかけられた。 「これ、大事な書類、じゃ、ないです、か?」 そう言って差し出された書類は、まさにオレが捜してたものだった。 礼を言ったら、「よかった」って言って、ふひっと笑ったんだ。 「ゴミ箱に、紛れてました、よー」 その笑顔が、何つーか、もうスゲー可愛くて、ツボだった。同い年の男に、可愛いってんのもなんだけどさ。 とにかくそれが馴れ初めで……今は、誰にも秘密だけど、こうして付き合ってる。 片付けたオレのデスクに、両手を突いた三橋の体を、後ろから貫いて、ゆるく揺さぶる。 「あ、……あん、あ……」 オフィスに似つかわしくねぇ、色っぽい声。 たまに右回り、左回り、円を描くように腰を回してやると、上擦った声で「やだ」とか言う。 ズボンだけ引き下ろした作業服は、ちょっとブカブカで、上体の細さを余計に感じさせて好きだ。 ホントは丸ごとひん剥いて素っ裸にして、全身を舐めるように愛してぇ。 けど、オフィスじゃ突然誰が来っか分かんねーから、オレも三橋も、最低限の露出しかできねぇ。 オレのアパートに来るのは渋るし、ホテルも「誰かに、入るとこ見られたら困る」とか言うし。三橋本人は、一人暮らしじゃねーって言うし。 だから色々不満はあるけど、結局このオフィスでしか、こうやって愛し合うことができねーでいる。 ゆるく抜き差ししながら、作業着の裾から手を入れて、肌をまさぐる。 背中をを少し捲り上げて、白い素肌に舌を這わすと、三橋が仰け反って、「はぅ」と切なげに息を吐いた。 それが何かたまんなくなって、腰を引っ掴んで激しく突く。 「あっ、は、げしっ、いいっ………んむっ」 声が抑えらんなくて、ちょっとデカくなっちまったのに焦ったのか、三橋が自分の口を右手で塞いだ。 上体の支えが足りなくなって、がくりとデスクの上に崩れ落ちる。 「んっ、んっ、んんっ」 口を塞いでも、漏れてくる声。 切羽詰ってる。オレもヤベェ。 「くっ」 歯を食いしばって、腰の動きを緩めようとしたら、三橋が激しくイヤイヤをした。 「やだ、もっと。もっとがイイ、よぉっ」 そんなこと言われたら、止めようとしたって止まる訳がねぇ。 「み、はしっ!」 オレは三橋を背中から抱き締め、縋るように抱きついて、尚更激しく突き上げた。 「あっ、いいっ、もっ、とっ」 三橋のねだる声と、オレの激しい息遣い。そして肌を打ち合う高い音が、暗いオフィスの中に響く。 今、誰か来たら、確実にアウトだ……そんなこと頭の片隅で考えながら、でも思考の9割以上が快感で塗りつぶされて、真っ白で。 ただ、先に見えてきた、終わりしか選べねぇ。 「あああっ」 三橋がビクビクと震えて、オレのデスクに白濁を散らした。それからキュウッとオレのを締め付けるから、オレももう、トドメを刺されて、限界だった。 射精する間際に、三橋から抜いて背中に散らす。 上の服を大きく捲り上げていたけど、オレの勢いの方が強くて、少し汚しちまった。 「悪ぃ……」 息を整えながら、背中をタオルで拭いてやる。 三橋はガクガクと足を震わせながら、体を起こしてふひっと笑った。 「オレ、こそ、ゴメン」 「あー」 オレのデスクの上には、三橋の出したものが、パソコンの方にまで飛び散ってる。けどまあ、これも、初めてじゃねぇ。 「いーよ、オレのせいだし」 三橋が、タオルを取って拭こうとするのを押しとどめ、ずり降ろしてた下着とズボンをはかせてやる。 オレ自身も、くつろげてたスラックスの前を整えて、デスクチェアに座りなおした。また三橋の手を取り、ひざの上に座らせる。 「阿部君……」 今度は三橋からキスをしてくれた。 甘い吐息。まだゆっくり上下する肩。ザラザラの指先。 何もかも愛おしい。 「好きだ」 オレは三橋を抱きしめて言った。 「慣れねー仕事、頑張ってるお前が好きだ」 荒れた指に、そっと口接ける。 「この手が好きだ」 すると三橋は……切なそうに「うん」とうなずき、もう一度オレに、キスをした。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |