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小説 3
forgive and forget・7
「どうして、って何がだよ?」
 照れ隠し半分にコンビニ袋を投げ落とすと、「姫様、は?」って訊かれた。
 名前の分かんねー客を取り敢えず「姫」呼びすんのは、この業界じゃ常識だけど、本人のいねー時にまで律儀に守んなくていーっつの。
「タクシー乗せて帰らせたよ。部外者だし、当然だろ?」
「で、でもタカ、さん……」
 言いかけて口ごもるレンを「はあっ!?」と睨んで黙らせて、布団の横にドカッと座る。
「客のことより、てめぇ薬飲んだのか?」
 さっき投げ渡した薬袋は、ぽてんと床に転がったままだ。
 小さく首を振られて、はぁーっ、と何度目かのため息をつく。世話かかんなぁと思ったけど、昨日のせいかも知んねーから、一方的に責める訳にもいかねぇ。
 ほら、とミネラルウォーターを渡し、ゼリー飲料も渡す。
「さっさとチャージしてさっさと飲め。どうせメシ食ってねーんだろ? 塩粥温めてやっから、それ食って寝ろ」

 コンビニのレジ袋からレトルトの塩粥を取り出し、ついでにプリンとアイスも持って冷蔵庫に向かう。
 冷蔵庫ん中には卵が数個と竹輪ともやししか入ってねぇ。けどオレんとこだって、ビールとつまみしか入ってねーんだから似たようなモンだ。
 小さめの鍋に水を入れ、湯煎するべくコンロにかける。
 「あ、の……」とレンに声かけられたのは、ガスに火を点けた時だった。
「エース、って……」
 ごにょごにょと訊かれて振り向くと、レンは赤い顔してうつむいてる。
「エースってのは、一番金払いのいい客のことだよ。あと、売り上げが一番のホストもエースって呼ぶな」
「一、番……」
 神妙な顔して呟いてっけど、何か思うとこでもあったんだろうか?

「まあお前の場合、エース目指すより先に、半人前を卒業しねーとな」
 ぐつぐつ沸き始めた湯にレトルトを入れ、洗いカゴからプラスチックの丼を取り出す。茶碗と汁椀と皿とマグカップ、食器らしきモンは他になくて、貧しい食生活がうかがえる。
 だからあんな――、いや。
 昨日掴んだ細腰の記憶を無理矢理頭から追い散らし、丼にレトルトの中身を空ける。わざと乱暴に床に置き、スプーンを突っ込んで「食え」って言うと、レンはギクシャクとうなずいた。
 ずずっ、と音を立てて塩粥をすするレンを、床にあぐらかいて見守る。
 顔が赤いのは、やっぱ熱のせいか? 冷却シートを1枚取り出し、「おい」とこっちに顔を向けさせ、額に貼ってやると、大袈裟なくらい飛び跳ねられた。
「うひっ」
 色気のねぇ悲鳴と共に、空になった丼がカランと転がる。
「何やってんだ、もう寝ろ。薬飲んだのか?」
 小言言いながら丼を拾い、さっきの薬袋をアゴで差すと、どうやらまだ飲んでなかったみてーだ。レンがわたわたと、そこから中身を取り出した。

 白い錠剤が2種類と、白と緑のカプセル。どれが何の薬なのか知らねーし怪しいとは思うけど、多分熱には効くんだろう。
 ペットボトルの水で薬を飲むのを確認し、上着のポケットに片手を突っ込む。取り出したのは、裸のまま渡されたチューブ入りの軟膏だ。
 咳も出てるし、風邪なのは間違いなさそうだけど、発熱がヒデェのは尻の傷が原因かも知んねぇ。
 だったら、塗ってやんのがスジだろう。
「おい、薬塗ってやるから、尻を出せ」
 キッパリと要求すると、水を飲んでたレンがゴフッとむせた。
「ふあっ、なっ、な、な、な、な……」
 思いっきりドモられ、真っ赤になられて、話通じてなくてイラッとする。
「だから軟膏だって」
 小さなチューブをぐいっと見せると、拒むようにぶんぶん激しく首を振られた。

「熱出てんの、傷のせいかも知んねーだろ」
 苛立ちを抑えて言い聞かそうとしても無理で、じりじりと距離を取られる。
 ひとがせっかく薬塗ってやるっつーのに、その態度は何だっつの。オレだって男の尻穴に指突っ込むシュミはねぇ。
「じ、じ、自分、でっ」
 キョドりながら言われてまで、わざわざ塗ってやろうとは思わなかった。
 はぁーっ、と深くため息をつき、チューブの軟膏をぽいっと渡す。
「痛ぇとこに塗れよ」
 そう言うと、意外にもまた首を振られた。
「いっ、痛いとこ、ない、です」
 赤い顔のままごにょごにょ言われると、こっちまでちょっと気まずい。白い冷却シート貼り付けた間抜けな顔なのに、ダルそうに上気してんのが目について、あんま直視できなかった。

 落ち着かねぇ気分になんのは、多分罪悪感のせいだろう。
「……帰る」
 言い捨てて立ち上がると、「あの、オレっ」って呼び止められた。
「お、オレ。エース目指します、から」
 真っ赤な顔して、言いてぇのはそんなことか、ってまた思ったけど、ツッコミ入れる気分じゃなかった。
 エース目指すのはいーけど、トップ争いするより先に、最下位争いから抜け出せっつの。まだ指名客だってほとんどいねーくせに、生意気でムカつく。
「おー、頑張れよ」
 ふっと笑って口先だけでの応援をすると、レンはふへっと無防備に笑った。

 戸締りするように言い含め、ドアを開けて外廊下に出る。
 ガラの悪そうな借金取りの姿はねぇけど、相変わらず蛍光灯は外されたままで、真っ暗でボロくてすげー不気味だ。
 1階なのもどうかと思う。防犯意識、低過ぎじゃねーの? けど、大丈夫なのかよ、と問い詰めたくても、誰に訊きゃいーのか分かんねぇ。
 少なくともあんな無防備でバカな後輩を、これ以上こんな治安悪そうな場所に、住まわせたくねーなと思った。

(続く)

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