[通常モード] [URL送信]

小説 3
forgive and forget・8
 出勤前に裏通りの薬局に行くと、松崎が店の前で掃除してた。古ぼけたドアは開け放されて、準備中なのか、店ん中は薄暗い。
「よぉ、昨日はどーも」
 声を掛けながら近寄ると、松崎は腰を伸ばし、柄の短いホウキ片手に「おはよう!」って笑った。
 相変わらずムダにハキハキしてて、爽やかだ。
 慣例なのは分かってっけど、夕方に「おはよう」もねーだろう。
「今日は何の薬? まだ準備中なんだけど、手数料倍額なら優遇するよ」
 って。どんだけボッタクリなんだっつの。どこまで冗談なのか分かんなくて、いつもながら胡散臭ぇ。
「いらねーよ。つーか、ちょっと訊きてーことあるんだけど」
 そう言うと、「なーんだ」と肩を竦められる。
「お客さんじゃないなら、用はないなぁ」
 がっかりしたように言われて、「はあっ!?」と凄むと、「冗談だよ」って。ノリがワカンネー。ホント苦手だ。

 気を取り直して、弁護士の知り合いはいねーかって訊くと、すげー笑顔で「なんで?」って訊かれた。
「もしかして、女絡み? 刺されそうなの? それとも、掘った相手に掘り返されたとか?」
「違ぇーよ、物騒な例え話すんな」
 思いっ切り睨み付けたけど、松崎には相変わらず通用しねぇ。
「秘密主義なのって、過去のトラウマから人を信用できない人が多いんだよね」
 って、わざとらしく神妙なフリして、困った顔で喋って来る。
 じゃあ逆に、詮索好きなヤツはどうなんだって話だ。つーかオレからしたら、何でもあれこれ踏み込んで来るヤツの方がどうかしてんじゃねーかって思う。

「違ぇーよ。何でも恋愛絡みに結びつけんな」
 バッサリ言い切ると、「じゃあ、金銭絡み?」って言われた。
「えっ、タカ君、借金あるの?」
「オレじゃねーよ!」
 思わずわめいてから、ちっ、と舌打ちを1つする。誘導されてんのが分かって、マジ不愉快でイラッとした。
「タカ君じゃないなら、昨日の菊のアレの相手かな? 男が世話焼きになる時って、意中の相手の気を引こうとしてる時が多いんだよね」
 爽やかにニッコリ言われて、もっかい「はあっ!?」と睨み付ける。
 菊の薬の相手ってのは間違いじゃねーけど、意中がどうこうってのは、見当違いもいいトコだ。
 つーか、世話焼きだ何だ言ってっけど、レンのあの状況見りゃ、誰だってヤベェなって思うだろう。事実、同行した客の女だって、アイツに小遣い渡してた。
 自分が教育係やってる新人が、あんな理不尽な追い詰められ方してるって聞いたら、放っとけねーのが当たり前だ。

 邪推にはムカつくけど、とにかく用があんのは弁護士であって胡散臭ぇ薬剤師じゃねぇ。
「知らねーならいーよ。邪魔したな」
 ムダにした時間に舌打ちしながら、店に戻るべく背を向ける。
「辰君」
 松崎にそう言われたのは、その時だった。
「はあ? 誰が辰だ? わざと名前間違ってんじゃねーよ」
 思いっ切り顔をしかめて振り向くと、「怖ぁっ」と大袈裟に仰け反られる。
「睨まないでよ、怖いなぁ。違うよ、弁護士でしょ。辰君だよ」
 誰のせいだ、と言い返そうとして、続いて告げられた情報にギョッとした。
 辰君、と呼ばれる相手に、心当たりは1人いる。半人前を卒業したばっかの、インテリを売りにした後輩だった。

 T大卒だとか、社会勉強中がどうとか、前に言ってたのを聞いたような覚えあるけど、盛ってる訳じゃなかったのか? つーか、弁護士(卵)ってヤツじゃねーの?
「マジ!? オーナーも知ってんのか!?」
 思わず問い詰めると「どうかなぁ」って、ホウキ持ったまま肩を竦められて、苛立ちが募った。
 演技臭ぇ反応にもウンザリするけど、胡散臭さにもウンザリする。
 ヤミ医者とか胡散臭い薬局とか妙齢のクラブオーナーとか弁護士ホストとか、どれもこれも怪し過ぎる。ダークな世界に足突っ込むのは御免だ。
 けど、レンのことを見て見ぬフリもできねーし、仕方ねぇ。
 内心ため息をつきながら店に戻ると、当の弁護士ホスト辰は、逆T字型の業務用ホウキ使って、談笑しながらフロア掃除してた。

 文貴やユウトを押しのけて、ぐいっと辰の腕を掴む。
「ちょっと相談あんだけど」
 あんま大声で話すことじゃねーと思って、フロアの端まで連れて行くと、文貴が緩い口調でヤジを飛ばした。
「タカ、店内でカツアゲはやめろよ〜?」
 のほほんとした顔にもムカつくけど、バカを相手にしてる暇はねぇ。さっきの松崎みてーに、ムダ話するつもりもなかった。
「お前、弁護士資格持ってるってホント?」
 ズバッと訊くと、別に隠してる訳じゃなかったらしい。「うん」とあっさりうなずかれた。
「よく知ってるねぇ」
 にこやかに言われたけど、とても誉められてるようには聞こえねぇ。
「バッジも一応持ってるよ、見る?」
 人の好さそうな申し出に、「いーよ」と首を振る。別に疑ってる訳じゃねーし、もうどうでもよかった。

「なんでホストやってんのかとか、お前の事情はどうでもいーや。オレが訊きてーのは、過払い金についてなんだ」
「過払い金?」
 目を見開いて訊き返され、黙ってうなずく。
「タカさんの?」
「違ぇーよ!」
 思わず怒鳴ると、「分かってるよぉ」って笑われた。
 まったく、どいつもこいつもマイペースな連中ばっかで、調子狂う。
「でも珍しいね、タカさんが誰かのために動くのって」
 って。意味ワカンネー。そりゃ、金になんねー仕事は面倒だしする気もねーけど、仲間が困ってんの見過ごす程、薄情じゃねぇつもりだ。

 じろっと睨むとちょっと怯む辺り、まだ食わせ者じゃねーと思うけど、よくワカンネー。
「男が突然世話焼きになるのは……」
「うるせーよ、松崎か」
 すかさずツッコむと、どうやらわざとだったらしい。辰は頬骨の目立つ顔を緩め、楽しそうに笑ってた。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!