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小説 3
forgive and forget・5
 アフターを約束した客と店の前で待ち合わせ、まずは裏通りの薬局に行った。
 「薬局」つって呼んでるけど、表通りにあるみてーな、真っ当で明るい店とは違う。パッと見、古ぼけたバーにも見える煤けたガラスのドアを開けると、もうすぐそこがカウンターだ。
「いらっしゃいませ!」
 夜中だっつーのに、無駄にハツラツとした声をかけて来んのは、松崎って名前の白衣の男。
 頭のてっぺん立たせた茶髪で、チャラそうで、白衣が全く似合ってねぇ。薬剤師なのかそうでないのかも分かんねーし、年上だと思うけど大学生にも見えるし、正体不明だ。
 その後ろには、壁一面、調剤薬局なみに薬の箱がずらっと並んでて、それも怪しい。「毒」とか「劇」とか書かれた鍵付きの棚が見えてて、余計に胡散臭かった。
「お疲れ、タカ君。百枝さんから聞いてるよ」
 百枝っつーのは、うちの女オーナーだ。
 どういう知り合いか知らねーけど、オーナー自体も謎の人だし、よく分かんねー。

「何ぃ、ここぉ?」
 連れの客も、不審そうにキョロキョロ周りを見回してる。まあ、怪しいよな、怪しいだろう。
 カウンターの上にぽんと乗せられた薬袋を、黙ってスーツのポケットに押し込む。
「1日3回2個ずつね。4回飲んでもいいけど、6回飲むと倒れるから」
 って。どんな説明だと毎回思うけど、どうせ風邪じゃねーんだろうし、どうでもいい。
 抗生物質とか睡眠剤とかピルとかが、処方箋なしで買える時点で怪しいけど、ここのオーナーが医師免許持ってっから大丈夫なんだって、前に聞いた。
 ヤミ医者、の4文字が頭ん中に浮かんだけど、怪し過ぎてそれ以上は聞いてねぇ。ダークな世界に足突っ込むのは御免だった。
「それより、菊の薬ある?」
 菊っつーのは、まんま、肛門の隠語だ。
「えっ、何、タカ君、掘られちゃったの?」
 大袈裟に仰け反りながら訊かれて、「違ぇーよ!」と思わずわめく。

 夜中だっつーのに、このテンションはいつ見てもウゼェ。分かって言ってそうなとこも、更にウゼェ。
「じゃあ、堀っちゃったの?」
「うるせーよ! どーでもいーだろ! っつーかてめー、最近誰かに媚薬売りつけただろ?」
 大声でわめいてじろっと睨むと、塗り薬を出しながら、わざとらしくキョトンとされた。
「ここ2、3ヶ月は売ってないねぇ」
「ウソつけ!」
 懐から財布出しながら睨んでも、松崎には通用しねぇ。「ホント、ホント」といなされる。
「疑い深い人って大抵、信じてた人に裏切られた過去を持つんだよね〜。100%人を信じると、1%のすれ違いにも傷付いちゃうから、20%くらいは疑った方がいいよ」
 って。その発言が胡散臭ぇっつの。決めつけんな。

「てめーのことは20%も信じてねーよ!」
「大声を出す人は、自己中で独占欲高い人が多いんだよね」
 畳み掛けるように言ってくるトコも、ホント苦手だ。イラッとする。女が横で笑ってんのにもイラッとする。
 箱に入ってねぇ、添付文書もねぇ。裸のまま出された薬のチューブを引っ掴み、金を払ってポケットに入れると、ようやく松崎が、連れの女に目を向けた。
「そちらはオーフリィのレイナさんですね? 噂通りおキレイですねぇ」
 噂って、どんな噂だっつの。ムダに爽やかに、さらっと声かけてくんのも胡散臭ぇことこの上ねーけど、客の女は動じねーみてーだ。「きゃあ」とわざとらしく笑い声を上げた。
「えー、知ってるんですかぁ? 今度指名してくださぁい」
「いやぁ、当店は女性の味方ですから。レイナさんこそ、何か御用の際はぜひ」

 松崎のセールストークに、客がオレをみてニコッと笑う。
 どういう御用なのか、何を売りつけるつもりなのか? やっぱコイツは信用できねぇ。
 イヤな予感に顔をしかめながら、「行くぞ」と先に店を出ると、女は松崎に手ぇ振って、それから小走りで寄って来た。
「ねぇ、何買ったの?」
 媚びるように訊きながら、左腕に女が絡みつく。ウゼェと思いつつ振り払わねーのは、一応これでも太客だからだ。
 はーっ、とため息をつきながらタクシーを呼び止め、女の後からドカッと乗り込む。
「あの店、面白いね」
「どこがだよ」
 不機嫌を隠さねーまま言い捨てると、客が隣でくすくす笑った。

 オーナーから渡された住所を運転手に見せて、着いた先はビックリするくらいのボロアパートだった。ペンキのはげた鉄階段の柵に、「西浦荘」って錆びたプレートがかかってる。
「はあ? ここ?」
 タクシーチケットを渡しながら運転手に訊くと、「はい」って短くうなずかれた。
 金が欲しかったとか、ホストになった理由を聞いたけど、予想以上の光景に、さすがにどん引く。
 階段は勿論、アパートの外廊下の1階にも2階にも電灯が点いてねぇ。月明かりの中、おっかなびっくり近寄ると、蛍光灯そのものが抜かれてると分かった。
「こんなとこ、東京にあるんだ?」
 客の女が、ますます強くオレの左腕にしがみつく。さすがに衝撃が大きすぎて、ウザさも感じる余裕がねぇ。
 錆びたドアの横にあんのは、インターホンじゃなくて呼び鈴だ。けど、それすら配線がブチ切れてて、まるでただの飾りだった。

 夜中にどうよ、と思いつつ、ちょっと控え目にドアを叩く。
 コンコン、コンコン。けど、何度か叩いても一向にレンから返事がねぇ。
 寝てんのか? それとも、どっかに出かけてんだろうか? 念の為ケータイに電話をかけると、中から着信音がして、すぐに切れた。
「いるんじゃねーか! おい、開けろ!」
 思わず怒鳴って扉を蹴ると、ドガンとデカい音が響く。
 両隣の部屋にパッと明かりがついて、さすがにヤベェと思ったけど、なんでか「うるせーぞ」って文句を言われたりはしなかった。
「ちょっと、タカ君」
 左手に絡みついたままの客が、抑えた声でたしなめる。
 「ワリー」って小声で謝りながら視線を落とすと、気のせいかドアの下の方に、何度も蹴られたみてーな痕が見えた。

――これ、何だ?

「おいレン、オレだ、タカだ。風邪だって? オーナーに言われて薬持って来た。開けろ」
 声を抑えて呼びかけ、錆びた鉄のドアをコンコン叩く。
「レンくーん、怖い人だけじゃないから大丈夫だよぉ、開けて」
「はあ!?」
 怖い人、って。何だそれ?
 思わず客を睨みつけると、目の前のドアがキィッとかすかに音を立てた。
「た……タカ、さん?」
 震える声で名前を呼ばれ、「おー」とうなずく。
 女に言われたから開けんのかよ、と一瞬ムカついたけど――直後、レンがふらっと倒れ込んできて、ムカつきが一瞬で吹き飛んだ。

 レンの顔は、すげー真っ赤で。
 抱き留めた服越しにも、熱が高ぇのが分かった。

(続く)

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