小説 3 forgive and forget・4 いつまでも新人だ、半人前だって思ってたけど、いつの間にかレンの存在は、店に馴染んでたらしい。 「あれ、今日はあの子いないんだー?」 オープンしてすぐの客に、そう言われた。 「あの子って?」 「ほら、いつもタカ君が連れてんじゃーん。緊張してドモッちゃってて、ホストらしくなくて可愛いよね〜」 それを聞いて、ムカッとした。 好印象なのは教育係として喜ぶべきだし、日頃から「もっとアピールしろ」とか「自分の売りを見つけろ」とか言ってる分、実践できてんじゃんと感心しねーでもねぇ。 けど、自分の指名客に他のホストを誉められりゃ、面白くねーのは当たり前だろう。 「てめー、オレの目の前で他の男を誉めんなよな」 不機嫌なフリで足を組み、客の女をじろっと睨む。 「やーだぁ、嫉妬?」 機嫌良さそうに笑われて、ちっ、と舌打ちしたのは当然だろう。誰が誰に嫉妬すんだっつの。意味ワカンネー。 黙って立ち上がると、「やだぁ、待ってぇ」と縋られた。 「……何か飲みてぇ」 ぼそっと告げながらドスンとソファに座り、ホストらしく酒をねだる。 「いいよー、何にする?」 「ゴールド……って言いてぇとこだけど、ピンク」 ゴールドっつーのはドンペリの1種だ。店でボトル入れると、1本80万くらい。ピンク、ピンドンとも呼ばれるドンペリのロゼなら15万。 これ入れてくれんなら機嫌ぐらい直してやっても良かったけど、客の方も慣れたもんだ。 「ピンクはまた、あの子のいる時にね」 って言われた。 「だぁってぇ、不慣れな感じが可愛いんだもーん。あの子にシャンパンコールやって貰いたーい」 きゃらきゃら笑いながら言われて、ますますムカつく。可愛いって、なんだソレ。 レンのシャンパンコールは、とても見られたモンじゃねぇ。いっそ口パクしてろって感じだけど、しどろもどろになんのがウケるって言われて、リクエストが多いのもまた事実。 がっくり床にヒザを突き、涙目になって「許して下さい」つって謝るまでがワンセットで――。 『も、もう、許し、て』 涙目で、全裸で、訴えるレンの痴態がパッと一瞬よみがえり、慌てて頭を振って打ち消す。 ビキッと笑顔が引きつりそうになんのを、意志の力で抑え込み、オレは客の片手を捧げ持った。 「じゃあせめて、ピンクのガラスの靴履いてくれよ、姫」 ガラスの靴が意味すんのは、シンデレラシューって名前の飾りリキュール。まんまガラスの靴の形したボトルで、ピンク・赤・オレンジ・黄色・緑・青・白・黒……と、色も味も豊富だ。 ネットで買えば安いらしいが、店で入れれば5万円。 滅多にしねぇ「姫」呼びに、客の女も喜んで、「いいよー」とあっさりオーダーが通った。 「じゃあ、次来たときはピンドンな」 しっかりクギ差しておきながら、捧げ持った手の甲にキスを落とす。 「……っ、手、だけ……?」 感極まったように言われたけど、ゴールドくらい入れて貰わねーと、グロス塗りたくった口になんか触れんのも御免だ。 その点、レンは――。 いや、あの半人前ホストが何だっつーんだ。慌てて思考にダメ出しし、客にニヤッと笑いかける。 後輩の男にガッツいちまったっつーダメージは、例え媚薬のせいだとしても、自分で思うより深そうだった。 「今日はレン君いないの?」 そんなセリフを、1晩で何回聞かされただろう? オレ付きの新人っつーこともあって、オレといつも一緒だったからか、いねーのが不思議らしい。 地味に売り上げに貢献してたのにも気付いた。フルーツ盛り合わせの出が悪ぃ。客がいつも餌付けしてたのを、見てたようで見てなかった。 「あの子、美味しそうに食べるんだよね〜」 客がくすくす笑うのを聞くたび、どうしてもムカつく。 昼間、カフェで名刺渡した3人組みも店に来て、レンがいねーっつってガッカリしてた。 「不慣れなホスト君相手だと、こっちもあんま緊張しないし」 それは誉めてんのか舐めてんのかビミョーだと思ったけど、レンなら素直に喜びそうだ。 ラスト間際に来た常連には、「調子悪い?」って訊かれた。 「不機嫌そうなのはデフォだけど、いつものオラオラ感が薄いよ〜」 って。ケンカ売ってんのかって感じだ。 開けさせたモエのロゼで乾杯しながら、ソファにもたれて顔をしかめる。 ひらひらのミニドレスで足を組み、きわどい太股を見せつける女は、やっぱどっかの嬢なんだろう。男を煽んのがうまそうだ。 そのくせオレに対しては、何の興味も示さねーのが気に入ってるっつーんだから、大概変なシュミだと思う。 「ねぇー、たまにはアフター行こうよー」 しょっちゅうそんな風に誘われるけど、応じてやったことは1回もなかった。 客の方も、本気で誘ってる訳じゃねーんだろう。毎回「ふざけんな」つっただけで引き下がる。 アフターっつーのは、閉店後に待ち合わせしてデートしてやるサービスのことだ。開店前にデートして、そのまま店に向かう同伴とは違い、一切料金が入らねぇ。 客の奢りでメシ食ったりラブホ行ったり色々らしーけど、サービス残業みてーなモンだから、応じる意味が分かんなかった。 なんでサービス残業してまで、厚化粧の嬢なんかに手ぇ出さなきゃいけねーんだ? どうせ抱くなら、色白で肌のキレイな――。 脳裏にバッと浮かび上がる、誰かの顔を振り払い、手持ちのグラスをぐっとあおる。 「いーぜ。行こうかアフター」 初めてのオレの誘いに、客は「いいの!?」って破顔したけど、勿論デートする訳じゃねぇ。 これは、ただの保険で。 「レンの家庭訪問だけど、いーよな?」 そんな色気のねぇプランに、客も「いいよー」とうなずいた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |