小説 3 forgive and forget・3 結局ランチ食ってる間に、3人組と2人組と、計5人の女から声をかけられた。 「一緒に写真、いいですか?」 そんな図々しい頼みにも快く応じ、営業用のケータイで番号とアドレスを交換する。 「オレら、そこのNUってクラブのキャストだから。初回なら飲み放題3000円だし、友達誘って遊びに来いよ」 ニッコリ笑いながら誘いをかけて、名刺渡したのは勿論のことだ。 ちなみに、フードは飲み放題に入んねーんだけど、その辺のことは黙っとく。 「ほら、お前も」 足を蹴って促し、レンにも名刺を渡させる。 「む、……ぅお」 口ん中のモンを呑み込み、慌てて立ち上がって名刺を女に渡す様子は、どう見ても不慣れで素人臭ぇ。 女たちにもくすくす笑われてて、頭を抱えそうになった。 レンは、ほんの1ヶ月前に入って来たばっかの新人だ。 店の女オーナーから教育係に指名された時は、正直面倒臭ぇとしか思わなかったけど、しばらく一緒に行動してみて、成程なって納得した。 性格は従順で、ドモリがちでキョドリがち。積極性にかなり欠けてて、およそ接客業には向いてねぇ。その時点で、悠一郎たちみてーな友営はできそうにねーし、文貴みてーな営業も無理だ。 そしたら、指名の多いアイツらに貼り付かせとく意味もねーし、教育係は誰だって同じだろう。指名が少ねぇオレに回ってくんのは、妥当かも知んなかった。 ただ、ヘルプとして使えるかどうかはまた別の話だ。 「は、初めまし、て。レン、です」 たったそんだけの挨拶が言えるようになるまで、どんだけかかったか。 言えたら言えたでドモリまくりだし、名刺差し出すのもトロ臭ぇーし、1日1回は丸椅子から転ぶし、意味ワカンネー。 酔ったら多少は人見知りしなくなるかと思ったけど、あっという間に真っ赤になっちまって、一気飲み要員にもなりゃしねぇ。 ホストに向いてるとは思えなかった。 前に1度、ズバッと言ってやったことがある。 「お前ホスト向いてねーよ。なんでこの業界入ったんだ?」 そん時レンが口にしたのは、「お金が欲しくて」っつー理由だった。なんだ金かよ、って、ガッカリしたのを覚えてる。 そもそも誤解されがちだけど、ホストはそんな、誰でも稼げる職業じゃねぇ。 うちの店は給料プラス歩合制だから、例え指名が皆無でも、最低賃金ぐらいは貰えるようなシステムだ。 けどそんな店は少数派で、完全歩合制っつートコも多い。指名客がいっぱい金使ってくれりゃ、月収100万も夢じゃねーけど、底辺は月1万も稼げなかったりするらしい。 「金稼ぎてーなら、道路工事とかやった方がいーんじゃねーの?」 そりゃ肉体労働は、そんな長く続けられる仕事じゃねーだろうけど、それはホストだって同じだ。オッサンになっても続けられる仕事じゃねぇ。 そう言うと、レンは「ち、がう」と首を振った。 「最初はお金、が目的、だった、けど、今は違い、ます」 って。 「今はオレ、ホスト、楽しい。店のみんなも優しい、し、タカさん格好いい、し。もっともっと頑張って、1人前になり、たい」 店のみんなが優しいかどうかは知んねーけど、格好いいって言われりゃ悪い気はしねぇ。 相変わらずキョドリ癖はなくなんねーし、盛り上げも下手だし、名刺1つスマートには渡せてねーけど、頑張ってんのは分かってるつもりだ。 昨日は媚薬のせいで思いがけず事故っちまったけど、今後はレンも気を付けるだろうし、メシも奢ってやったことだし、互いに水に流せるだろう。 レンにメシを奢り、解散したのが13時。 店のオープンは18時からで、その2時間前にはスタンバイして開店準備を始めたり、キャッチに出たりし始める。 残り3時間かと思うと面倒だけど、昨日と同じスーツじゃお泊りしたのはバレバレだし、相手が相手だから体裁も悪ぃ。素直にマンションに帰り、洗濯しつつ、軽くシャワーを浴びることにした。 シャワーを浴びてるとき、一瞬、ラブホで見たレンの裸が脳裏に浮かんだけど、ぶるんと頭を振って残像を打ち消す。 男の裸なんて、思い出しても面白いモンじゃねぇ。 ちっ、と舌打ちを1つして、ケータイを取り出す。営業メールでも打とうかと思ったけど、なんでかレンの間抜け面が気になって、仕方ねーから短いメールを出すことにした。 ――お疲れ。もう家に着いたか?―― 予測変換で、勝手に出て来る短い文は、見送りした客へのアフターサービス。 一瞬悩んだけど、言いたいことは同じだし、テンプレでいいやと送信する。 けど、レンからの返信は結局なくて……。 「タカ君、今日レン君休みだから」 オーナーからそう告げられたのは、夕方4時、店に入った直後だった。 「風邪ひいたみたいだね。さっき電話貰ったんだけど、声がちょっとおかしかった」 そう言われてギクッとしたのは、身に覚えがあったからだ。 気まずかったし、あんま喋んなかったけど、そういや声が掠れてたっけ? 昨日の夜、さんざん啼かせた自覚はあって、さすがにちょっとヤベェと思った。 風邪じゃねーだろうとは思うけど、もし風邪だとしたら、アレだ。全裸であんあん言わせて、そのままベッドに放置してたからだ。 帰りもふらっふらしてたし、栄養ドリンクの1本くらい、飲ませてやっとくべきだったか? 「悪いんだけどクローズの後で、レン君の家まで様子見に行って貰えるかな? 裏の薬局に、薬頼んどくから」 「……寮じゃねーんスか?」 一応訊くと、違うって言われた。どうやら一人暮らししてるらしくて、そうなるとオーナーの頼みも断り辛ぇ。ちょっと迷ったけど「いーっスよ」と請け負う。 「さすが先輩、頼りになるね」 肩をぽんと叩いて、「よろしく!」と笑うオーナーは、人をその気にさせんのが上手い。 またそうでなきゃ、女だてらにホストクラブのオーナーなんか、務まんねーよなぁと思った。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |