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小説 3
星の中で歌わせて・7 (完結)
 「Fly Me To The Moon」は、オレたちの定番中の定番だった。客から特にリクエストがなけりゃ、1曲目はいつもコレだ。
 楽譜がぶっ飛んでも指が覚えてそうなモンだけど、いつもより強めに鍵盤を叩いてたせいで、勘が働かねぇ。
 歌に入る直前のメロディはどうだった?
 ヤベェって思えば思う程、何も考えらんなくなって、指の動きが遅くなる。
 くそっ、と思った時――。

  Fly me to the moon
  Let me play among the stars
  Let me see what spring is like
  On a-Jupiter and Mars

 RENがいつも通りの甘い声で、歌い始めた。
 いや、いつも通りじゃねぇ、滅多にやんねぇアレンジしてる。リズムを少し変えて、いつもより甘く、いつもより色っぽく歌ってる。
 もっと自由に歌わせてやらねーと。そう思いつつ、辛うじてリズムだけを刻んでると、ふいにRENがマイクを持ってオレの方を振り向いた。

  In other words, hold my hand
  In other words, baby, kiss me

 甘く歌いながらオレの右手をそっと握り、にへっと笑いながら、指先にちゅっとキスをくれるREN。
 ビックリし過ぎて左手も一瞬止まっちまったけど、RENは構わず歌い続けた。

  Fill my heart with song
  And let me sing for ever more
  You are all I long for
  All I worship and adore
  In other words, please be true
  In other words, I love you

 客席じゃなくて、オレの方を見ながらの歌。まるで、昼間のオレの告白の返事をくれたみてぇで、胸の奥にじんと来る。
 そういや、初めて会ったあの夜も、こんな風に助けてくれたんだっけ。
 甘い歌声は滅多に聴けねぇアレンジを含んで、高く低く、低く高く、オクターブを越えて伸びやかに響く。
 一体どんだけ好きになればいいんだろう?
 ひざまずいて愛を乞いてぇ。女神のように愛してる。

 RENが繋いだ右手を放し、そっとスタンドにマイクを戻した。
 サビのヴォーカルが終わった直後、再び両手に戻るピアノ。さっきまでのRENのヴォーカルに合わせ、高く低く、低く高く、オクターブを越えたアレンジを決める。
 楽譜がぶっ飛んだショックは、もうカケラも残ってなかった。先輩に対する気負いもねぇ。RENに捧げるためのスイング。
 月にでもどこにでも連れて行こう。星の中で存分に歌おう。
 RENがいれば、どこにだって行ける。木星にも火星にも、未来にも。

 さっきまでの失態を埋めるべく、ちょっと長めの間奏を入れて、再びいつもの和音を3つ。
 その合図にちらっとオレの方を見て、RENが蕩けるように笑った。


 その後は平穏に1時間が過ぎた。2曲目は「Night and Day」、3曲目は「A Night In Tunisia」、4曲目は客からのリクエストで、「When You Wish Upon a Star」。偶然だろうけど、星とか夜とかばっかだな。
 いつもよりちょっと盛大な拍手を貰って、RENと一緒に控室に下がる。
 ドアをパタンと閉めた途端、一気にドッと気が抜けて、情けねぇけど足元がよろけた。
「うお、だ、大丈、夫?」
 RENにぐいっと支えられ、「ああ……」って返事して苦笑する。
「助かった。ごめん、あんがとな」
 オレの謝罪にRENは一瞬首を傾げ、それから思い出したようにうなずいた。

「緊張、した?」
「ああ、した」
 短い問いに素直にうなずき、こわばった手を熱いお絞りでほぐす。まだかすかに震えが残ってて情けねぇ。
 乾杯の後、くーっとあおったワインでノドも胸も温まって、ようやく気分が楽になった。
「客席にさ、例の先輩がいたんだよ。昼間、『枯葉』やってたビッグバンドにもいたんだ。なんでここに、つって頭が真っ白になっちまって……」
 説明しながら、はっ、と苦笑を漏らす。
 多分、無意識にイイトコ見せようとしちまったんだろう。我ながらダセェ。他にも、オレの音を聴かせてぇとか、オレの音楽を認めさせてぇとか、対抗心があった。
 そんでピアノが止まっちまうとか、本末転倒もいいとこだ。
「助かった。ありがとな」
 改めてもっかい礼を言い、RENの右手を握る。その指先に軽くキスすると、RENがぼんっと赤くなった。

 けど、せっかくのいい雰囲気は、無粋なノックと共にお預けになった。
「TAKA、お客様からご指名だ。挨拶したいって」
 ノックと共にドアを開けたホールスタッフが、オレに1枚の名刺を差し出す。
――武蔵野第一 Jazz Orchestra 榛名元希――
 そこには先輩のフルネームが、バンド名と共に書かれてた。
「知り合いか?」
 ホールスタッフの問いに、「ああ」とうなずいて立ち上がる。RENにちらっと視線を向けると、いつになく神妙な顔で、オレを心配そうに見つめてる。
 正直言うと、会いたくなかった。
 もう関係ねぇ人間だし、失態やらかした後だし。ライブとライブの間の休憩中だし。「いねぇ」とか適当にウソ言って断って貰うこともできた。
 でも同時に、逃げたくねぇとも思った。

 オレはピアニストだ。サックス奏者じゃねーし、同じ土俵で競う相手でもねぇ。
 背中を見せられて焦る必要もねぇ。オレが聴くべきなのはRENの歌で、見るべきなのもRENだ。
 最高の相棒と一緒なら、月にだって舞い上がれる。
 誰も知らねぇ景色を見れる。
 どんな見事なサックスも、RENの歌ほどオレん中に響かねぇ。委縮する必要なんかなかった。
「会うよ。そんで、お前のことも紹介する。最高の相棒だって自慢してやろーぜ」
 RENの目を見てそう言うと、RENも「うん」ってうなずいた。

 いつか、RENと一緒にジャズフェスに出られりゃいいなと思う。
 RENのこと「ヘタクソ」ってなじった、昔の仲間にも会いてぇとも思う。そいつらに、最高の相棒のピアノで歌う、RENの姿を見せてぇと思う。
 互いの過去を乗り越えて、もっともっと先へ行こう。
 RENと一緒なら宇宙にも行ける。それと同様、オレと一緒ならどこにでも行けるんだ、って、RENにも感じて欲しいなと思った。

   (終)

※真米様:キリリクありがとうございました。「ジャズ演奏家でユニットを組むアベミハ」でしたが、いかがだったでしょうか。「ここをもうちょっとこんな感じで」などのご希望があれば、修正しますのでお知らせください。ご本人様に限り、お持ち帰り自由です。改めまして、キリ番Get、おめでとうございました。

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