[携帯モード] [URL送信]

小説 3
夜明けの向こう・1 (社会人・旅の途中で出会うアベミハ)
 今年から社員の福利厚生のためにっつー名目で、全社員に1人ずつ4日間の連休をくれることに決まったらしい。
 くれるっつーか、実質的には有給休暇の押しつけだ。余った有給の買い取りも見直しされる方針だとかで、損か得かっつったら、間違いなく損だろう。
 けど、オレみてーな一般社員が文句を言ったところで、トップダウンでの通達が覆るハズもない。
「阿部、5月末辺りに連休どうだ?」
 上司にそう言われたのは、4月の下旬、ゴールデンウィークに入る直前のことだった。

 勿論、一旦は抵抗してみた。
「はあ? なんでっスか? 別に今連休なんか欲しくねーっスよ」
 けど、業務が忙しくなさそうな時期を見計らい、課の全員に順番に連休を取らせようと思うと、誰かが5月に取らなきゃいけねぇ計算らしい。
 誰それは法事に合わせて9月希望、誰それは子供の夏休みに合わせて8月末希望、誰それは6月に引っ越しの予定があって……って聞かされると、確かにオレが抜けられそうなのは、5月末か10月か。
 10月にはもしかすると、有給も取れねぇくらい忙しいかも知んねぇ。そう考えれば、消去法で5月ぐらいしか選べそうになかった。
 別にどうしてもイヤって訳じゃねーんなら、ここで我を通すのは得策じゃねぇ。
「分かりました。じゃあ、火曜から金曜まで有給取って、土日挟んで月曜に出社させて貰います」
 潔くそう言うと、課長はホッとしたように「よろしく」とうなずいた。

 そんな訳で、欲しくもねーのに取ることになった連休。
 欲しくなかったから、あんま意識もしてなくて――ゴールデンウィークを過ぎ、連休中に山積みになった仕事を片付け、日常業務にいそしむ内に、すっかり記憶の外にあった。
 思い出したのは、直前になってからのことだ。
「阿部、火曜から連休だな。じゃあ月曜は出社するんだな?」
 課長に言われて、一瞬意味が分かんなかった。
 勿論、何の予定も入れてねぇ。「休むのナシにしちゃダメっスか?」って言いたかったけど、言わねぇ程度の分別は持ってた。
「さっそく取んのか。連休、何すんの?」
 同僚に無邪気に訊かれ、思いつくままぼそっと呟く。
「そうっスね、旅にでも出ようかな」

 考えてみりゃ旅行らしい旅行っつったら、高校ん時の修学旅行に行ったのが最後だ。ちなみに行先は広島で、原爆ドーム行ったり宮島行ったり、呉で軍艦見たりした。
 広島の先には、何があるんだろう?
 いや、勿論、地理的なものは一応頭に入ってるけどさ。ともかく、ふとそう思って、広島の先を見に行くことにした。
 思い立ったら、後は行動あるのみだ。
 火曜からと言わず、月曜の夜に出発してもいい。ネットで時刻表を見ると、東京駅22時発の寝台特急があって、おおっと思った。
 残念ながら広島は通らねぇらしいけど、別に広島に行きたかった訳じゃねーし。終点の出雲にも惹かれるし、途中で気が変われば、岡山で適当に乗り換えたっていい。
 自由に行動できるよう、現金は多めに持って行こう。できるだけ身軽に歩けるよう、着替えは最小限にしよう。
 たまにはこういう、行き先を決めねぇ旅もいい。
 オレが寝台特急サンライズエクスプレスに乗ったのは、そういうイキサツからのことで――そこで運命の出会いをするなんて、この時点では考えてもなかった。

 サンライズエクスプレスは、出雲行きの「サンライズ出雲」と高松行きの「サンライズ瀬戸」が連結した形で運行される。早朝の岡山で連結を外し、それぞれの行先に分かれるそうだ。
「今日出発のサンライズ、東京から出雲まで、大人1枚」
 東京駅に着いてから窓口で切符を買おうとしたら、もう個室は売り切れだって言われた。
 イマドキ寝台特急なんて、って思ったけど、意外にビジネス客に人気らしい。
 まあ確かに、早朝現地に着くことを考えりゃ、宿泊なしで用事を済ませられるもんな。早く着くし、寝られるし、ホテル代も浮かせられて、一石二鳥だろう。
 オレの方も、別に個室にこだわりがあった訳じゃねぇ。
 自由席っつーのはねぇらしいけど、カーペットの上に毛布借りて寝られる、のびのび座席っつーのがあった。
「じゃあ、それで」
「往復のご予定はありますか?」
 職員に訊かれて、一瞬だけ考える。けど、出雲からどこ行くかも決めてねーし。いつ帰るかも決めてねぇ。帰りの切符は、そん時になってから考えりゃいい。
 今は、行き当たりバッタリの旅を楽しもうと思った。

 東京駅で適当に飯を食った後、出発の少し前にサンライズに乗った。肌色っぽい薄オレンジと、紫がかった濃いピンクのツートンカラーの特急だ。
 オレの座席は12号車の下段、真ん中あたりの4bになる。
 12号車のドアから入ると、まず最初に通路の狭さにびっくりした。すれ違いに苦労しそうなくらい狭い。リゾート向きじゃなくて、やっぱビジネス向きなんだなって感じだ。
 シートはずらっと横に引っ付いた2段別ベッド形式で、予想よりも縦に余裕があった。横幅はシングルベッドより狭いくらいか、まあ、両手を広げる程のスペースはねぇ。
 頭の部分にしか仕切りがねーから、視界はそんなに遮らんねーけど、2段ベッドなだけに、とにかく天井が低い。
 いや別に寝るだけなんだし、立って歩けねぇって訳でもねーし、快適さを求めたって仕方ねーんだけど……とにかく圧迫感があった。

 まあ、カプセルホテルよりは何倍もマシだ。
 それに夜行バスに乗るより、何倍も自由がきく。何事も、経験してみねーと分かんねーよな。
 窓の外を見ると、目線がホームのほぼスレスレだ。
 外から覗かれたくねぇからか、車両のあちこちでシャッとカーテンを閉める音がする。
 けどオレは何かもったいねぇような気がして、なかなかカーテンを閉める気にはなんなかった。

 東京駅の夜10時。ラッシュこそ過ぎたけど、まだまだ人の波は途切れなくて、ホームを行き交う人々の足もせわしない。
 スーツに革靴はいた仕事帰りのリーマン達を、低い窓からちらっと見上げる。
 ほんの数時間前まで、オレもスーツ着てあの集団の中にいたんだけどな。それ考えると、こんな平日にこんな列車乗って、旅に出ようとしてる自分が、すげー不思議だ。
 感慨に耽る間もなく、ドアが閉まり、ゆっくりと列車が動き出す。
『お待たせしました。この列車はサンライズ瀬戸号、サンライズ出雲号……』
 車内放送を聞きながら、窓の外から目を離す。
 車掌の切符確認が終わったら、自販機でも探しに出歩こう。それまでケータイで、出雲の観光情報を検索しとこうかと思った。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!