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小説 3
Only・11 (完結)
「三橋……」
 やがて阿部君が、ためらうように口を開いた。
「オレはずっと、お前の勘違いじゃねーのかって思ってた。オレを好きだっつーのはさ、尊敬と過剰な友情、それに正捕手としてのオレへの執着と、独占欲……そういうのを、恋愛感情だと錯覚してんじゃねーのか、って」

「さ、っかく……?」
 阿部君の言葉をすぐには理解できなくて、頭の中で繰り返す。
 今、阿部君は何て言った? オレのカンチガイ? なんで?
「さ、錯覚じゃない。カンチガイ、してない、よっ!」
 言い返しながら、ズキッと痛む胸を抱える。
 オレ、何もカンチガイしてない。そう思ったのは2度目で、1度目は……あの、酔った阿部君が来た夜、だ。
 あの時のカンチガイと、今のカンチガイは多分違う、けど。でも、どっちも心外で、どっちも的外れで、そう思われてるのが悔しい。
 うまく言えないけど、モヤモヤが募る。
 尊敬と、過剰な友情? 正捕手としての阿部君への、執着と独占欲? それは勿論、否定できないけど――でも。

「オレ、カンチガイして、ない! ほっ、ホントに阿部君のこと、好きなんだ、よ? 阿部君が、遊んでるって話聞くたびに、すごくイヤだった、し。他の女の子と、今頃遊んでるんじゃないか、て、考えるのもイヤだ、った。阿部君にとっては遊びで、ほ、本命、になんて、なれっこない、のも、ちゃんと分かってて、分かってた、けど……好きで……」

 言ってるうちに、また訳が分かんなくなっちゃって困った。
 悔しくて、泣きたくないのに涙が溢れて、両手の甲でぐいぐいとぬぐう。
「おっ、オレ、の気持ち、勝手に決め、ないでっ」
 阿部君の目を見てそう言うと、また静かに「ごめん」って言われて、なんでか余計に胸が詰まる。
 今更阿部君に縋りたくないのに、抱き締められると震えた。彼の体温を全身の細胞が喜んでて、まだ好きなの否定できなくて、悲しい。
 セックス以外でこんな風に、しっかり抱き合うことなんてなかったのに。なんで今なんだろう?
 本命がいるのに。なんでオレに、優しくするんだろう?
 トモダチだから?

 だったら――。
「オレ、やっぱり阿部君、と、トモダチに戻れそうに、ない。ごめん」
 オレはそう言って、そっと阿部君の胸を押し返した。
「分かってる。オレも戻れねぇ」
 阿部君の言葉にズキッと胸を刺されつつ、何も言えなくて、こくりとうなずく。
 ちらっと見上げた阿部君は、やっぱり思い詰めたような、静かで真剣な顔してた。

「三橋」
 真剣な顔、真剣な声で阿部君が言った。
 びりっと背筋が震える。息が詰まるような緊張。
「もっかい最初から、やり直しさせてくれ」
 その緊張の中で、言われたセリフにも息が詰まった。
 意味が分かんなくて、視線が泳ぐ。
「もっかい……?」
「そう。もっかい、最初から」

 最初から、って、高1から? それとも、体の関係が始まった去年から?
 どっちか分かんなくて、真意も分かんなくて、黙ったまま答えないでいたら、「好きだ」って言われた。
「前はオレ、『遊んでやる』なんてヒデェ誘い方したけど、遊びじゃなくて、ちゃんと付き合ってくれ」
 って。
「この1ヶ月、どうにか諦めようとしたけどムリだった」
 って。

「オレの本命は、お前だ」
 突然そう言われても、そんな単純に喜べない。
「ウソ、だぁ」
 思わずそう言ってしまったのは、仕方ないと思う。だって、現実味がない。
 緩く首を振ると、阿部君が泣きそうな顔で小さく笑った。
「前にもこういうことあったな」
 そんなセリフと共に、右手をぎゅっと握られる。
 阿部君の手は、冷たくてちょっと震えてた。

「好きだ」
 感情を抑えたような、ちょっと掠れた声で、阿部君が繰り返した。
「頑張ってるとこも、すぐ泣く割に強いとこも、強がりなとこも、前向きなとこも、優しいとこも、真面目なとこも、頑固なとこも……メンドクサイとこも。全部、好きだ。三橋」
 真剣な声で名前を呼ばれて、ドキンと心臓が跳ねる。
 もう「ウソだ」って勝手に否定はできなくて、でも信じることもできなくて、何て言えばいいのか分からず、途方に暮れた。
 バカみたいに目も口もぽかんと開けたまま、呆然と阿部君を見つめ返す。
 阿部君は格好いい。
 遊んでても、遊ぶのを辞めても、軽薄そうに笑ってても、真剣な顔してても。格好よくて、ズルい。

「島崎さんに言われた通り、過去は変えらんねーし、遊んでた事実もなくなんねぇ」
 静かにそう言って、阿部君がオレの右手を両手で握った。
 筋張った厚い大きな手。長い指の指先はやっぱまだ冷たくて、緊張してるのが分かる。
 阿部君は真剣、だ。真剣にオレに話してる。

「今まで散々爛れた遊びして、体も心も正直、汚れまくってると思う。それをイヤだっつーなら仕方ねーけど……でも、頼む。もっかい、チャンスくんねーか?」 

 手を握られたまま、目の前で頭を下げられて――こんな時、なんて言えばいいんだろう?

「オ、レは……」
 ずっと阿部君が好きだった。
 たくさんの「遊び相手」の1人にしか過ぎないって、分かってても好きだった。相手にして貰えないより、ずっとマシだと思ってた。
 でもホントはずっと辛かった。
 オレだけ見て欲しくて、阿部君を独り占めしたくて、「好き」って言って欲しくて、他のみんなに嫉妬して、思いに押し潰されそうで、イヤだった。
 向き合って欲しかった。
 優先して欲しかった。
 ウソでも「お前だけ」って言って欲しかった。

「も……遊びじゃない……?」
 震える声で訊くと、手をぎゅっと握られて、「遊びじゃねェ」って言われた。
 阿部君の手は冷たいままで、それをどうにかしてあげたいって反射的に思ってしまって、じわっと涙腺が緩む。
「オレ、だけ……?」
「お前だけ」
 欲しかった言葉を貰えて、「誓う」って言われて、抱き締められて崩れる。
「随分前から、とうにお前だけなんだ、三橋。言ってやんなくてごめん。大事にして、2度と泣かさねーって誓うから、やり直しさせてくれ」

 懐かしい温もりの中、固い胸に抱かれる。
 耳元に、大好きだった低い声が響く。
 「随分前から」って、いつからだろうって、ちょっと思ったけど訊かなかった。
 過去なんて、どうでもいい。今オレだけを見て、この先も一緒にいられるなら。ホントに真剣に、約束してくれるなら。信じてもいいと思った。
 今度は辛くない恋がしたい。
「わ、かった」
 うなずくと同時に、キスされる。
 触れるだけの、誓いのキス。そして、初めての恋人のキス。

 初めての恋人のえっちは、すごく優しくて、すごく気持ち良くて――初めて2人で迎えた朝は、なんでか恥ずかしかったけど、すごく幸せで嬉しかった。


 急に真面目になったとしても、広まった評判は簡単には消えないみたいで、その後も阿部君の噂を耳にした。格好いい、とか、遊んでる、とか……調子乗ってる、とか。
 でも、当分は仕方ないのかな?
 あのホクロ男子は、髪も眉も全部剃られた顔で、大学に来てるのを1度だけ見た。向こうもオレに近寄らなかったし、オレからも声は掛けなかった。
 一緒にいた女の子やメガネの男子は、どうなったのか分かんない。
 オレとしてはただ、阿部君のこと、諦めてくれればそれで良かった。

 阿部君がオレんちに頻繁に来てるのも、やっぱ見てる人は見てるみたいで、今でも「紹介して」って頼まれることがある。
 そういう時にはどよんとするし、嫉妬するし、面白くはないけど、ちゃんとホントのこと言うようにしてる。
「阿部君には恋人いるから、諦めた方がいいよ」
 って。
 断る時、イジワルな顔もしてないみたい。
 逆に、「なんで嬉しそうなの?」って訊かれて、無自覚に笑ってたみたいで、鏡を見るのが恥ずかしかった。
 「どんな子?」って訊かれると困るけど、心が真っ黒になるようなことは、もうない。

 阿部君は格好いいし、モテるし、昔は散々遊んでたけど――今は真面目で。オレだけを愛してくれるから。
 今はそれだけで、幸せだった。

   (完)

※ほのか様:キリ番おめでとうございました。リクありがとうございます。「たくさんの人と関係を持つ阿部、三橋はその中の1人、そのうち耐えられなくなる三橋」でしたが、こんな感じでどうでしょうか? また「この辺はもっとこんな感じで」などの細かなご希望などがあれば、修正しますのでお知らせください。ご本人様に限りお持ち帰りOKです。お楽しみいただければ嬉しいです。

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あきゅろす。
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