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小説 3
この恋は病んでいる・SideM (原作沿い高1・ヤンデレ注意)
 放課後の投球練習中、ふと視線を感じて何だろうと思ったら、フェンスの向こうに榛名さんが立っていた。
 ギョッとして振り向くと、すごく険しい顔でオレの方を見てたっぽくて、ゾクッとする。
 投球練習、だから? 偵察?
 整った顔立ちの人って、目力があるからじっと見られると怖い、よね。試合中なら睨まれたって怖くないのに、こんな時だとちょっとビビる。
 阿部君もすぐに気付いたみたいで、マスクを上げて立ち上がった。
 カチャカチャと防具を鳴らしつつ、フェンスの向こうに出て行く阿部君。以前のいざこざを知ってるから、大ゲンカが始まるんじゃないかと思って、心配した。
 そう思ったのはオレだけじゃないみたい。
「おい、大丈夫か……?」
 花井君が、心配そうに呟いた。

 けど、何も心配することはなかったみたい。榛名さんと向き合った途端、阿部君がぱぁっと笑顔になった。
「わざわざ来てくれたんスか、元希さん!」
 弾んだ声が、こっちまで聞こえて来て、ドキッとする。
 ケンカにならなくてホッとしたハズなのに、なんだかすっごくイヤな気分、だ。
 だってオレ、阿部君と付き合ってるのに――あんなふうに笑って、弾んだ声を上げる彼を、見たことがなかった。
 それまで不機嫌そうだった榛名さんも、阿部君が笑った途端、険しい顔を緩めてる。
「おめーが来させたんだろ?」
 照れたようにそう言って、榛名さんは持ってた紙袋を阿部君にぐいっと押し付けた。

「オレが武蔵野行ってもいーんスよ?」
 って。単に、物理的な意味で「行く」ってコトだと思うのに、ズキッと胸が痛んだ。
 ここでオレたちと甲子園優勝目指すハズなのに。
 夏に、「もし阿部君がいたら、榛名さんは……」って仮定の話をしただけで、無茶苦茶怒ったくせに。
「アンタの投球、マスク被ってじっくり見てみてーからさ」
 榛名さんに笑顔でそんなこと言うの、どうして、かな?
 やっぱ秋大で対戦して、そのスゴさを思い出した?
 オレ、自分のコト、もうダメピーだとは思ってない。榛名さんからアウト取ったし、武蔵野にも勝った。次に対戦したって、オレたちが勝つ。
 今のオレにはあの剛速球は投げられないけど、フォームも見直して、バックスピン練習して、今よりもっと進化する。
 それでいいと思ってたのに――阿部君も、そう思ってくれてるハズだったのに。ねぇ、違うの?

 笑顔の阿部君に対して、榛名さんの方はちょっと呆れ顔だ。
「ばーか、お前にオレの球なんか受けさせっかよ」
 そう言って、ちらっとオレの方を見た。
 なんか、値踏みするみたいにじろじろ見られて、カーッと顔が熱くなる。
 榛名さんはいい人だ。ぶつかった時も優しかったし、筋肉触らせてくれたし、オレにバックスピン、練習するようアドバイスもくれた。いい人、だ。
 でも、いくらいい人でも、譲れないものがあるんだよ。
 勝負も。……阿部君、も。
 唇をグイッと引き結び、フェンスの向こうで談笑してる2人をじっと見る。
 やがて榛名さんは後ろ手を振って去ってったけど、その背中が遠く消えるまで、目を離すことができなかった。

 一方の阿部君は、グラウンドに戻るなりみんなに囲まれて質問責めにされた。
「おい、何だよさっきの?」
「榛名さん、何しに来たの?」
 阿部君はベンチに戻り、榛名さんに渡された紙袋を大事そうにしまってる。
「大した用じゃねーよ。今度、戸田北のOB会あるらしーからさ、その関係」
 戸田北、って確か、阿部君や榛名さんがいたチームの名前、だ。
 ユニフォームは縦じまで――。
 夏に榛名さんの試合の後、監督さんたちに会ったのを思い出して、モヤッとする。

「シニアのOB会? 集まって何すんの?」
 誰かの質問に、阿部君は「決まってんだろ」って嬉しそうに笑った。
「OB対現役で、バッテリー組んで試合だよ」

 それを聞いて、足元が崩れるくらい不安になった。


 練習の後、阿部くんちに行っても不安は消えなかった。
 なんでかって言ったら、阿部君がずーっと榛名さんの話ばかりしてるから、だ。「OB会楽しみだ」とか、「球威増してっかんな」とか。
 ……「やっぱ、荒れ球捕んのにも、技術が試されるよな」とか。
 じゃあ、オレだって荒れ球投げた方がいいのかな? 全力投球ばっかした方がいいってこと?
 そう訊くと、阿部君はおかしそうに「ははっ」って笑った。
「お前の場合、全力投球ったって、たかが知れてんだろ」
 ガーンと来た。
 自分でも分かってる事だけど、そんな風に笑いながら言われて、ショックだった。

 それよりショックなのは、阿部君の部屋にシニアのユニフォームが、ハンガーで掛けられてたことだ。
「久々に着るし、虫干ししねーとな」
 って。
 嬉しそうに笑いながら縦じまのユニフォームを優しく撫でる、その手つきにも笑顔にも、嫉妬した。
 もうそんなの見たくない。
 何で? 阿部君、前に「中学ん時もおめーと組めてたらなぁ」って言ってたよね? オレのコト、投手としても好きだって言ってくれたよね?
 それともやっぱり、榛名さんの方が上なの、か?

「西浦のユニフォームも悪くねーけど、やっぱココのユニフォームはデザインがいーんだよな」
 そんな風に過去を懐かしむ、阿部君が今はスゴく遠い。
 今まで何とも思ってなかった、阿部君の過去がスゴく憎い。
 そんなユニフォーム、見せないで。羽織らないで。もうしまって。
「あべ、くん……」
 泣きそうなくらい心細くて、阿部君が羽織った、縦じまのユニフォームの袖を引いた時――。

 ムー。ムー。阿部君の服のポケットで、ケータイがマナー音を響かせた。

「あ、ワリー、榛名だ」
 そう言って、阿部君が嬉しそうに立ち上がる。
 電話くらい別に、ここでしてたっていいのに。
「ちょっと待って貰えますか」
 電話の向こうにそう言って、自分の部屋から出て行こうとするの、ねぇ、なんで? オレに聞かれたくない内容? ホントにOB会のこと?
「えっ、ああ、さっきの紙袋? いや、まだ開けてねーっス。今、邪魔がいるんで、後でゆっくり開けますよ」
 はははっ、と笑う声を聞いて、胸の奥が冷たくなった。
 「邪魔」って誰のコト? オレのコト? オレ、お邪魔なの? 家族が留守だからって、部屋に呼んだのは阿部君の方なのに?
 じわじわと胸が黒く染まって、ぶるぶると手が震える。
 憎たらしい縦じまのユニフォームが、パサッとオレの前に落ちてくる。
 その背中に背番号は付いてないけど……。

「三橋、机の上、ハサミ危ねーから触んなよ」

 部屋を出てく直前、阿部君にそう言われて、オレは導かれるように勉強机の上を見た。
 そこには、家庭科に使う裁ちバサミが無造作に置かれてて。
 震える手でそれを掴んだ瞬間、頭の中が真っ白になった。

(続く)

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