小説 3 Only・3 ――今日、寄れたら寄るかも―― そんなメールを受け取ってから、そわそわして仕方なかった。 部活中は忘れてても、練習が終わると途端に思い出す。夕飯の誘いも断って、コンビニでお弁当を買い、阿部君を待った。 阿部君がうちに泊まらないのは、他の遊び相手と同じ、だ。夜遅くに来ても、そのまま朝まではいてくれない。 終電があれば終電で帰るし、なくてもふらっと外に出る。 出た後で、どこに行くのかは知らない。まっすぐ家に帰るのかも知れないし、他の誰かのトコに行くのかも。 阿部君に訊いてもきっと笑われるだけで教えて貰えないし、訊く勇気もなかった。 阿部君から2通目のメールが来たのは、夜9時を回ってからだった。 ――先輩に遊び誘われたから、今日は行かねぇ―― 2度3度読み直して、がっくりとケータイを置いた。午後からずっと期待してた分、浮かれてた気分が急速に沈む。 たくさんの中の1人なんだし、しょっちゅう遊んで貰える訳じゃない。 ドタキャンだって珍しいことじゃなかったけど……やっぱり、会いたいものは会いたいし、ガッカリする時はガッカリする。 でも、そもそも「寄れたら」の話だったんだから、よく考えたらドタキャンですらなかった。 「会いたかった、な」 ぽつりと呟いて、ベッドの上で膝を抱える。 抱き合ってても、快感を追ってても、「好きだ」なんて嘘でも言ってくれない彼だけど、やっぱり顔を見たら嬉しいし、側にいたい。 でも阿部君にとってオレは結局、大勢の中の1人、で。 後から先輩に誘われれば、そっちの方を優先するような、つまりはその程度の存在でしかなかった。 今頃阿部君は、どういう遊びをしてるんだろう? いつもいつも爛れた遊びばっか、してる訳じゃないらしい、けど。カラオケとかバッセンとか、行ったりするのかな? 乱交パーティみたいな大人数じゃなくっても、4人とか6人とかで相手を変えて、セックスしたりもするんだって。 そういう時も、必ずゴムは忘れないらしいけど……だからって、気にしないってことにはならない。 いやだなぁって思うけど、思ってたってどうにもならない。 阿部君は、卒業するまで遊びを辞めない。 そして、遊びを辞めたら……オレとの関係もなくなっちゃうんだ。 ぶるんと首を振り、勢いをつけて立ち上がる。 「考えるのやめ、よう」 やめて、シャワーを浴びてリセットしよう。 何をどう考えても思考は堂々巡りするだけで、結局何の解決にもならない。ぐるぐる同じこと悩んで、拗ねて、諦めと嫉妬で疲れてく。 熱いシャワーを頭から浴びて、ヤケクソのように頭と体をゴシゴシ洗って――それから1つ、ため息が漏れた。 1日の疲れが、ドッと押し寄せてきた気分。 嫉妬するのも悩むのも、落ち込むのも、疲れるもんなんだなぁと思った。 諦めてベッドに入り、少し眠った後だったと思う。いきなりケータイに電話が掛かってきて、誰かと思ったら阿部君だった。 ドキッとしてモヤッとして胸がズキッと痛んだけど、オレに出ないっていう選択肢はない。 今から来てくれるのかな、って、そう思うとやっぱり嬉しい。 「もしもし?」 けど、いつも通りを装って電話に出ると――。 『もしもし、三橋君?』 知らない人が電話に出て、オレの名前を呼んだから、ビックリした。 「は、い。あの……?」 オレが戸惑ったのが分かったんだろう。電話の向こうのその人は、『阿部君の知り合いの、島崎と言います』って軽い調子で名乗ってくれた。 島崎さん。阿部君の仲間の1人、だ。 名前は何度も聞いてたのに、直接声を聞くのは初めてで緊張する。 『ごめんねー、こんな時間に。今、大丈夫?』 年上の人にそう言われたら、たとえ12時過ぎてても、取り敢えず「はい」って答えるしかない。 「大丈夫、です」 そう言うと、島崎さんはズバッとオレの住所を訊いてきた。 『三橋君、M大でしょ? 近くまで来てるからさー……ええと、ナビで出るかな? 何階? 何号室?』 早口で強引に訊かれて、促されるまま住所と部屋番号を言ったけど、状況がまるで理解できない。 近くまで来てる? 誰が? 何のために? ナビって、カーナビ? そもそも、なんで阿部君のケータイで? 考えてると、電話の向こうから阿部君の声が聞こえて来た。 『ちょー、女んちはラメれす、って』 何かロレツが回ってなさそうだ、けど、酔ってるの、かな? 阿部君、まだ誕生日来てない、けど。お酒飲んだの……か? 『女んちじゃねーよ、三橋君って子のトコ、送ってってやってっから』 島崎さんが、あやすように言うのが聞こえて、うちに来るのが分かって、ドキッとした。 うち!? えっ、今から来る、の? 阿部君、が? キョドってると、さらに阿部君の声が聞こえた。 『らからー、三橋ぁラメれす、って。あいつ女らし』 ロレツが怪しくて、でもちゃんと何言ってるか聞き取れてしまって、ハッと息が詰まった。 島崎さんが『何言ってんだ』って笑うのが聞こえたけど、オレは全然笑えない。 すごくショックで、鳥肌が立った。 何がショックなんだろう? 阿部君に女って言われたこと? それとも、オレじゃダメだって言われたことかな? 『んなこと言って。希少なトモダチだろ?』 『トモラチやないれすよ……』 電話越しに、阿部君の非情な言葉が耳に届く。 『おめー、トモダチいねぇもんなぁ』 からかうように島崎さんが言って、その後ろで誰かが笑った。 けど、ショックに呆然としてる暇もない。 『じゃあ三橋君、戸ォ開けて』 島崎さんがそう言って、一方的に電話を切った。 間もなく、車のエンジン音がかすかに響いて、バン、バン、とドアを閉める音が続いた。 話し声。階段を上がる足音。 ピンポーン、と呼び鈴が鳴ってドアを開けると――男の人2人に両脇から支えられつつ、目を閉じた阿部君が立っていた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |