小説 3
くろがね王と月の舞姫 3
オレが王様にエスコートされ、大広間に入ると、大きなどよめきが起きた。
仲間の楽師の人達は、広間の隅の方でずっと音楽を奏でてた。踊り子の人達は、あちこちに散らばって、お酌をしてた。それを見てびっくりした。踊るだけがお仕事じゃなかったんだって、初めて知った。
「極上の舞姫を連れて来た。楽の用意を」
王様がよく響く声で言った。
オレの仲間の楽師達は、一瞬顔を見合わせたけど、すぐに前の方に駆け寄って、楽器を構えてくれた。
「行って来い」
王様に言われ、オレはうなずいて笑った。
もうオレに迷いは無かった。王様が力強い声で、言葉で、「やれる」って言うならそう思えた。「信じろ」って言われたら信じられた。
すうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
憧れの赤いカーペットの上で、楽師を従えて。両手をぴんと上に伸ばし、足を前後に軽く開く。目線は真っ直ぐ目の前に……玉座に座る、王様に向ける。
大丈夫。月が見てなくても、王様が見てるから。
リャン、と最初の音が鳴った。
たちまち続けられる、軽快な音色。ハープが、木琴が、横笛が旋律を奏で、小太鼓がリズムを刻む。
オレは手首をひねり、ステップを踏んで鈴を鳴らし、きりっとターンして衣をひるがえし、王様の為に踊った。
指の先の先まで伸ばす。足を真っ直ぐ高く上げる。シャンシャンと鈴が鳴る。耳飾りがチリチリ揺れる。風を受けてふくらむ衣。オレの為に奏でる音楽、オレに贈られる手拍子、拍手。
嬉しかった。幸せだった。
踊れるなら何でもいいなんて、ウソだ。
月明かりの下でどんなに独り、踊っても、満足した汗をかいても、こんな幸せになれなかった。全部王様がくれたんだ。踊るための衣装も、舞台も……勇気も。こんな明るい場所に連れて来てくれたのは、王様だ。全部王様のお陰なんだ。
王様。
手を胸に当てステップを踏む。高く差し伸べてターンする。ずっと王様を見つめたままで。
王様、王様。
オレは想った。玉座に座り、オレを見つめる黒い瞳を。その主を。
ずっとあなたの為に踊りたいです。
あなたを想って踊りたいです。
両手を玉座に差し伸べる。幸せで幸せで笑みがこぼれる。周りからの多くの拍手より、目の前の王様の、たった一つのうなずきが嬉しい。
きり、きり、きり、と3連続のターンと共に、音楽が終わった。オレは最後のポーズを決めたまま、肩でぜいぜいと呼吸した。
幸せと酸欠でくらくらする。でも、視線を王様から離せない。
一拍置いて、どわっと、大広間中に歓声が響いた。
「美しい」
「素晴らしい」
「なんて見事な」
「なんときれいな」
口々に賞賛が贈られる。拍手の嵐にくらくらする。王様がゆっくり立ち上がる。オレの方へ歩いて来る。オレは両腕をそっと下ろし、へなへなと床に座り込む。王様から目が離せない。くらくらする。
力強い腕が伸ばされ、オレを軽々と抱き上げた。
「オレの勝ちだ」
耳元で囁かれ、オレは震えて言葉も出せず、王様の首に両腕を巻いた。もう目を開けていられなかった。くらくらした。
オレは王様の肩口に額を寄せ、目を閉じた。そのままどこかに運ばれて行くけど、どこへ行くのかも分からない。もう一度さっきのお部屋に行けるのか、それとも元の暗い廊下に捨てられるのか。
どちらでもないと知ったのは、月明かりの部屋の中、広く豪華な寝台の上に、ぽい、と投げ落とされたとき。
背中が弾んだあと、目を開ければ、すぐ近くに王様の顔があった。ゆっくりと顔が寄せられ、唇が重なる。
これから何が始まるのかもオレは分からず、求められるままに王様の舌を受け入れた。
「ん……」
気持ちよさにぼうっとする。王様の舌は厚く、長く、オレの舌を掘り起こし、優しく内を愛撫する。
離れては重なり、重ねては離れる唇の合間に、伸ばされる舌が、首筋を這う。
「あ……っ」
思いがけない気持ちよさに、背中の後ろがビリビリ痺れた。
王様がマントをばさりと放った。豪華な上着の留め具を外し、同じく床に脱ぎ捨てれば、カシャンと硬い音が響く。
それに驚いて身を起こす。でもトンと押されて倒される。ゆっくりと絹の衣装がはぎ取られる。細くてガリガリの貧相な体があらわにされ、オレは恥ずかしくて、両手を交差して胸元を隠した。
「隠すな」
低い声で囁かれ、そのまま耳を舐められる。着けたままの耳飾りが、ちりちりと微かに音を立てる。
「だっ……て……んんっ」
こめかみから額へと、伸ばされる王様の舌。眉間に唇を寄せられ、声を漏らす。
「初めてか?」
もう一度唇を重ねた後、王様が尋ねた。オレは意味が分からなかった。
「何が、ですか?」
それこそが答えだったようで、王様はふっと笑った。
「初めてなんだな」
黒い瞳が、オレの顔を覗き込む。なんて美しい人だろう。なんて完璧なんだろう。うっとり見上げるオレに、王様が言った。
「いいか、今から始まんのは儀式だ」
「儀式……?」
「そう。お前がオレのものになり、一生おれに仕えると誓う儀式だ」
王様は、胸元で交差させてたオレの両手首を掴み、開いて、顔の両脇に押し付けた。手首に着けたままの鈴が、耳の側でシャリンと鳴った。
「誓うか?」
王様に問われ、オレはうなずいて答えた。
「誓い、ます」
王様は満足げに微笑み、オレの胸元に口接けた。
(続く)
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