小説 3 くろがね王と月の舞姫 2 きらびやかな装飾のわりに、シン、と静まった後宮の中を、王様がズカズカ歩いて行く。オレは彼の肩に担がれたまま、もう身動きも取れなかった。 だって、逆らっちゃダメだ。大人しくして、従わなきゃ。 聡明で勇猛な……と評判の王様が、「くろがねの王」と尊称されるのは、くろがね、つまり鉄剣の使い手だからなんだけど。もう一つ、処刑の多さにも由来してるって、前に誰かが話してた。 縛り首じゃなくて、ギロチンで。 王位に着いてから今までのわずかな間に、処刑された人はもう100人を超えたって。 でも、そんな怖そうな感じには見えなかったけど。偉ぶらないで、むしろ砕けた口調で、優しい人だって思ったけど。 そんな事を考えてる間に、目的の場所に着いたらしい。 王様が、声を張り上げて誰かを呼んだ。 「キクエ、キクエはいるか?」 そして、視界がぐるんと一回転する。 「うわっ」 ボスン、と体が沈みこみ、何か柔らかい物の上に投げ出されたんだと分かった。目を開けて、恐る恐る身を起こせば、オレは大きなクッションの上にいて、すぐ近くに、ブーツを履いた長い足がある。 しばらくして、数人の侍女が姿を現した。 「はいはい、陛下。おりますよ」 そう返事した人も、それから一緒に集まった侍女たちも、皆、40〜50歳代のようだった。 「湯を使う。それと、踊り子の装束を用意しろ。とびっきり豪華にな」 「まあ、かしこまりました」 王様の命令に、侍女たちは優雅に礼をして去っていく。明るい室内には、オレと王様の二人だけが残された。 こんな明るい場所は、いたたまれない。 オレは大きなクッションを頭の上に持ち上げ、顔を隠すように縮こまった。だって月明かりならともかく、こんなたくさんの照明の下では、オレのみにくさも隠しようがない。 せっかく王様が、「みにくくない」って言ってくれたのに……。 「おい、何してる?」 声と共に、突然、クッションが奪われた。 「や、やだ」 オレは慌てて両腕で頭を隠した。きらびやかな後宮の部屋の中に、こんな薄汚れた服の、みにくいオレ。場違いだった。生きてるのが恥ずかしいくらい。 「オレ、みにくい。みっともなくて、恥ずかしい」 言いながら、ぽろぽろと涙が出る。 「んなことねーって」 王様が言ってくれるけど、もう、ウソでも嬉しいとは思えなかった。 「お前はみにくくねーし、誰よりも見事な舞姫だっつの」 オレは返事もできなくて、ただ、何度も頭を横に振り続けた。 しばらくして、侍女たちが戻ってきた。 「湯殿の準備ができましたよ」 「ああ、分かった」 王様は、オレの髪の毛を掴んで、ぐいっと上を向かせた。見上げると、真っ黒な瞳がオレを覗き込んでいる。王様は言った。 「じゃあ、賭けようか。お前を磨き上げ、着飾らせて踊らせてやる。オレの言うとおり、皆がお前を『美しい、最高の舞姫』と称えればオレの勝ち。そうでなければお前の勝ちだ」 オレはうなずいた。だって、そんなの最初から賭けにならない。どうやったって、オレなんかが「美しい、最高の舞姫」なんてなれる訳ない、し。 オレがうなずいたのを見て、王様はにやりと唇を歪めた。 「じゃあ、オレが勝ったら、お前は一生オレに仕えろ。お前が勝ったら、どうする?」 「オ、オレが踊り子の真似して練習してたの、みんなに黙ってて下さい」 願いながら、ぽろぽろ涙が出る。だって、もしみんなに知られたら、また笑われるし、馬鹿にされる。絶対内緒にして欲しかった。 王様はしばらく黙った後、「分かった」と言った。そして、侍女たちに命じた。 「こいつを湯に入れて、磨き上げてくれ」 座り込んで泣いたままのオレを、とうの立った侍女たちが取り囲む。 「まあ可愛らしい」 「まあ細い」 「若いわねぇ」 いっぺんに顔を覗き込まれて、オレはちょっと怖くなり、キョドキョドと周りを見回した。 「あ、あ、あ、あ、の」 「さあさあ、湯殿に参りましょう」 うろたえるオレを、キクエさんが優しく促し、立ち上がらせてくれた。 「久々に腕が鳴るわねー」 「特別念入りに仕上げましょう」 侍女たちが口々にお喋りしながら、オレの背中を軽く押す。 連れて行かれた湯殿は、広い部屋いっぱいが大きな湯船になっていて、贅沢に大量の湯が張られていた。湯の中には、バラの花びらが浮かんでて、湯殿中にいい匂いが立ち込めている。 「さあさあ、脱いで脱いで」 侍女たちは躊躇なく、オレを真っ裸にして、湯の中に放り込んだ。 そもそも湯浴みなんて贅沢な習慣のないオレは、あっという間にのぼせて、つかっていられなくなった。 「あらあら、じゃあ、体を洗ってしまいましょうね」 侍女たちは笑いながら、寄ってたかって、オレの全身をガシガシ洗った。長年の垢を落として磨き上げた肌は、自分でもびっくりするくらい白かった。 もう一度湯につかった後、今度は脇に置いてある寝台の上で、うつぶせに寝かされて、マッサージされた。 バラの香りがふわりとする。マッサージしながら、オレの全身にオイルを塗り込んでくれてるみたい。ガサガサの足の裏も、荒れ放題の手の指も、丁寧に優しくマッサージしてくれた。 仰向けでマッサージされるのは、正直、恥ずかしかったけど……でも、侍女たちはちゃんと分かってるみたいで、恥ずかしい場所には、布を一枚かぶせてくれた。 ボサボサの髪の毛にも、同じオイルがたっぷりと使われた。オイルを使ったって、艶めく黒髪になれる訳じゃないけど……こんなみすぼらしい薄茶の髪でも、少しはマシになってくれればと思った。 マッサージが終わった後、絹の衣装を着せて貰った。艶やかな生地、きれいな色、夢みたいだ。 豪華な宝飾も着けさせて貰えた。金に輝く額飾り、揺れる耳飾り、幾重も巻かれた首飾り。手首と足首には、鈴が着けられた。嬉しい。これで踊れたら、どんなに幸せだろう。 最後に、お化粧もして貰えた。「みにくくない」と「美しい」はだいぶ違う。でも……お化粧でみにくさが、少しでも誤魔化されるかなと思ったら、それだけでなんだか嬉しかった。 オレはキクエさんたちに連れられて、再びもとの部屋に戻った。オレの姿を見て、王様は一瞬驚き、そしてやんわりと微笑んだ。 ドキッとした。 さっきまではパニックになってて、王様のお顔をよく見ていなかったんだ。よく見なくても王様は、評判どおり美しかった。いや、美しいって言うより、完璧だって思った。凛々しく釣り上がった眉も、整った鼻筋も、色っぽく垂れた黒い瞳も、精悍な輪郭も。首も、肩も、腕も、足も。なんて完璧なんだろう。なんて素敵なんだろう。 それに比べてオレは、なんて恥ずかしいんだろう。ちょっとくらいお化粧したって、彼に並べる程美しくはなれない。「みにくくない」と「美しい」は違うんだ。 涙ぐんだオレに気付いたのか、王様が一つため息をついた。そして、オレのあごに手をかけ、ぐいっと上を向かせた。 「まだ賭けは始まってもねーぞ。泣くには早ぇ。これからお前には、大広間で踊ってもらうんだからな」 「え………」 オレは驚きに声も出なかった。 だって、大広間で踊るって……そんなのムリだ。できっこない。 「できるよ。オレはさっき言っただろ、お前の踊りは見事だった」 オレは首を振った。耳飾りがちりちり音を立てた。 「できるって、オレを信じろ」 「ムリです」 「できるって」 「ウソだ……」 すると、王様の顔がびくりと強張った。はっとする間も無く、大声で怒鳴られる。 「おれが大丈夫っつってんだ。信用しろ!」 オレはびっくりして、顔を上げた。目と目が合った。そして悟る。王様の美しい黒い瞳は、深い闇の色なんだって。 気付いたら、口に出していた。 「信じます。オレ、王様のお言葉、信じます」 「じゃあ、ちゃんと賭けを続けるな?」 「はい」 王様が右手を差し出し、オレの手を捧げ持った。 「じゃあ、今から、大広間で踊るんだな?」 それには、う、とためらったけど……唇を引き締めて、うなずいた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |