小説 3
光巡る・3
三橋が寝てる間、薄明りの下で主に何やってるかっつったらネットだ。
視力落ちそうだな、と思うけど、それかTV見るかラジオ聴くかくらいしかやる事がねぇ。
つーか、情報集めんのにも便利だし、ぼうっとしてるよりは有意義だ。
「電気、点けてていい、よっ」
三橋はそう言ってくれるけど、それじゃそっちが寝らんねーだろうし。ただでさえ面倒かけてんのに、これ以上は負担になりたくなかった。
陰陽師仲間とは最低限の連絡しか取ってねぇ。
仲間っつっても、同じ業界の人間ってだけで、独立した今となってはみんなライバルだし、商売敵でもある。つーか、依頼によっては敵対することもある。
全面的に信頼できるような仲間って訳じゃなかった。
ただ、そんな世知辛い業界でも、一応情報交換の場ってのはあって。夜中に見てんのは大体、会員制のその手のサイトや掲示板だった。
――最近、阿部を見ないな。
とか。そんな書き込みがされ出したのは、最近のことだ。消息絶ってから1ヶ月経ってんのに、ほとんど心配もされてねーのがグサッと来る。
――書き込みしてないだけで、閲覧はしてるんじゃないか?
――消息が知れないのは、暗躍してるってことだろう。
――ヤバい目にでも遭ってんじゃねーの?
とか、好き勝手言ってくれるよな、とは思うけど、くだんねー軽口は別に放置しといてもいい。ただ……。
――阿部、見たら本部にすぐ連絡。
こういうのは見過ごせねぇ。定期連絡も無し、書き込みも無し、応答も無しじゃ怪し過ぎるかんな。
書き込み時間を見ると、今日の昼間だったみてーだ。
――何の用か聞いてますか?
左手で苦労して文字を打ち込み、反応を見る。
ホントにヤバい状況だとか、できるなら知られたくねぇ。
三橋みてーに、損得なしで動いてくれる人間なんか、この業界にはまずいなかった。
「代わりにその陰鬼、やっつけてやろうか」とか……嫌がらせのように仕掛けて来られても困るからだ。
けど、午前4時って時間だったせいか、ログインしてる仲間は他にいなかったらしい。それ以降、10分経っても他に書き込みはされなかった。
返信があんのに気付いたのは、朝7時頃のことだ。
夜は明けたけど、まだ三橋が起きんのには早い、そんな時間。
カーテンを半分開けて朝の光を満喫しながら、例のサイトにログインする。掲示板を見ると、書き込みがあって――。
――家賃の支払いが遅れてるそうだぞ。
そんな、気の抜けるようなことが書かれてた。
「うわ、家賃って」
呟いて、ちっ、と控えめに舌打ちする。
確かにここに匿って貰ってから、もう1ヶ月経ってる。今月の支払いを済ませてねぇ。
つっても、一般の大家から借りてるような物件じゃなくて、陰陽師用にって本部から紹介されてる物件だ。
家賃の振込先だって本部なんだから、1回や2回の遅延くらい大目に見ろよな。まあ……安くはして貰ってるけど。
こんなことなら自動引き落としの手続き、やっとけばよかった。って、後悔しても仕方ねぇ。
財布の中身をちらっと見る。
現金も足んねーが、一番の問題は、オレが外に出らんねーことだ。
朝だろうが昼間だろうが、関係ねぇ。三橋の光の結界から1歩、外に出れば――間違いなく、すぐに居場所を知られるだろう。
鬼に目印を付けられるってコトは、つまりそういうことだった。
けど、まさか「鬼に追われてて動けません」とか、ホントのコトなんか報告できねーし。
じゃあ、どうやって振り込みを済ますか?
三橋に頼むしかねーんだろうか?
「くそっ」
情けねぇ。
「ワリーんだけど、家賃の振り込み、代わりにやって来てくんねーか?」
起きた三橋にためらいながら頼むと、「分かった」って快く引き受けてくれた。
手持ちの金じゃ足りねーんで、仕方なく暗証番号添えて、キャッシュカードを渡す。
面倒なこと頼んでんのに、妙にふひふひ笑ってるなと思ったら、ホントに嬉しいらしくて驚いた。
「し、信頼されてる、って感じ、するっ」
って。当たり前だろっつの。
「お前以外に100%信用できるヤツなんて、いねーよ」
ちゅっとキスしながらそう言うと、真っ赤になって可愛かった。
その家賃の件が、本部側の罠だったって知ったのは翌日のことだ。
いや、一応仲間内ではあるんだから、「罠」なんて言い方しちゃいけねーのかも知んねーけどさ。
「あ、あの、なんか、メガネかけた人、から、手紙渡され、た」
「メガネェ?」
不審に顔しかめながら、渡されたって言う手紙を受け取る。
阿部隆也君へ、と書かれた封筒にはご丁寧に呪印が施されてて、術者しか開けらんねーようになっていた。
封筒の裏には、Hってイニシャルが書かれてる。
勿論……心当たりありありだった。
イニシャルHでメガネ男のパシリ、っつったら1人しかいねぇ。
つーかくそ、アイツ、人の名前はフルネームで漢字書きしといて、自分はアルファベット1文字かよ!
しかも動かねぇ右手で、三橋に手伝って貰って印を結んで、苦労して開けたって言うのに! 封筒の中には、たった1枚のメモ用紙に、たった一言「カワイー子じゃん」って。
んなことメールで送れっつの!
左手でぐしゃっと手紙を握りつぶしたオレに、三橋がためらいながら言った。
「お、オレ、阿部君の匂い、する、かな?」
って。
聞くと、メガネのパシリにそう言われたんだそうだ。「ニオイついてるね」って。
失礼だよな。そりゃ毎晩ヤリまくってたら、ニオイくらいつくだろうけど。大きなお世話だ。
「イヤなのかよ?」
ムカつきのあまり、冷たく問うと――。
「ううん、嬉、しい!」
三橋はニカッと笑って、オレにぎゅっと抱き付いた。
ホント、マジ、三橋の光は偉大だと思う。
たったそんだけで、イライラも全部吹き飛ばしてくれて。偉大だ。誰にも触らせねぇ。Hにも。
「じゃあ、今夜も念入りにマーキングしねーとな」
囁きながら、左手で腰を撫で回してやると、三橋は「もうっ」と怒った声を上げつつつ、やっぱ真っ赤になっていた。
(続く)
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