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小説 3
事件です、若旦那・10 (完結)
 若旦那に知られたことは、先輩メイドにとって、結果的に良かったのではないだろうか。
 若旦那のお金で、診療所に行かせて貰えて。しかも喜ばしいことに……どうやら、先輩の勘違いだったようなのだ。
 心配し過ぎたり、思い詰め過ぎたりすると、月のものは簡単に不順になるものらしい。
 そんなものか、と三橋はひどく感心した。

「キミも、他人事じゃないだろう」

 先輩に付き添って行った診療所で、医師が呆れたように言った。
「感心したようにうなずいてないで、ちゃんと色んな事、考えておきなさい」
「う、は、はい」
 三橋は顔を赤らめた。
 ついでに診て貰えば、などと言われて、おおいに焦った。
 ちょっと気まずかった。


 妊娠してはいなかったけれど、結局、先輩メイドはお屋敷を辞めることになった。
 やっぱり、お屋敷の制服で、いかがわしい真似をしたのは問題があったのだろう。
 けれど先輩は、晴れ晴れとしていた。取り敢えずは郷里に帰り、また働き口を探すそうだ。
「若旦那、優しいだけじゃなくて、頼りになるねぇ。あたし、狙っておけば良かったなぁ」
 先輩に言われて、また胸の奥がちりっとした。

「だめです、よ。エロくて、ヘンタイだし」

 三橋が言うと、先輩はおかしそうに笑った。
「誰も盗ったりしないわよ」
「そんな、事……」
 心配していない、と、言いそうになったけれど。三橋は口をつぐんだ。

「若旦那、ずっと前から気付いてたんだってさ。あたしがやってること。それでやめさせようと思って、姐さんにも頼んだりしたんだって」

 先輩が、恥ずかしそうに教えてくれた。
「ホントにいい人だよね、若旦那。三橋ちゃん、仲良くね」
 何と答えていいか分からず、三橋はただ、ふひっと笑った。



 西浦の町の外れまで、三橋は先輩を見送った。先輩の荷物は、それ程多くはなかった。
 自分に投影してみると……やはり、荷物はないだろうと思う。
 身一つで来たのだから、去る時も身一つだ。

 先輩が見えなくなった後。
 背後の路地陰に、人の気配が現れた。
「廉様……。やはり生きておいででしたか」
 ひそやかな声で、眼鏡男が言った。
 秋丸、と名乗ったその男は、榛名に雇われて、あの夜、若旦那を見守っていたらしい。
 ならば素人のメイドに見られたと思って、おおいに焦ったことだろう。
 三橋は、一年前の自分を思い出し、自嘲した。

 秋丸は、三橋の一族の里の者だ。殺しも守護も、金次第で何でも引き受ける、プロ集団。
 三橋はそこの、次期頭目候補だった。
 ……人相書きが、出回ってしまうまで。

「里の者みな、お帰りをお待ちしています」

 秋丸の言葉に、三橋は首を振った。
 自分はしくじったのだ。一体どんな顔して、里に帰ればいいというのか。
 一年前。
 手負いで屋敷の裏庭に潜んでいた三橋を、若旦那は助けてくれた。メイド服を着せ、女と偽り、匿ってくれた。
 今も……側に置いてくれている。
 必要としてくれている。
 多分、愛しく思われている。
 だから。

「オレは、帰らない、よっ」
 三橋が言うと、秋丸は、ふっと笑った。
「では、お気が変わるまで、お側に」

 三橋がぱっと振り向いた時、もう秋丸の姿はどこにも無かった。三橋は一瞬険しい顔をして……それから目を伏せ、首を振った。
 そして、ふひっと笑って、三橋は屋敷へと引き返す。

 背が高くて、色白の、可愛いメイドの顔をして。

  (完)

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あきゅろす。
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